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その後
翌四月3
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「……げ」
ザワザワと人が行き交う繁華街。
そこにあるバス停の時刻表を見て俺は呆然とした。
「村へのバスもう終わってんじゃん……」
会社の研修がこの繁華街であり、俺はバスを使ってここに来ていた。研修が終わったあとすぐに帰ればよかったのだが、せっかく街に来たのだからとさっきまで店巡りに勤しんでいた。その結果、見事にバスを逃したのである。
最近正人のせいで村に籠りっきりだったから、すっかりバスの時刻の事を忘れていた。
「仕方ない、タクシー使うか……えっ一万円!?」
スマホでタクシー代を調べてみると思ったより高額だった。確かに片道二時間かかるけれど、まさかこんなに料金をとられてしまうとは。田舎恐るべし。
「こりゃ、もう帰らない方がいいかなあ……」
タクシー使って無理に帰るより、ホテルに泊まって明日帰った方が安く済むだろう。都合良く明日は休みだし、明日に帰っても何も問題はない。だから今日は家に帰らない事に決めた。スマホで家にいるだろう正人に電話する。
「あ、正人?」
『どうしたんだ、遥』
「今日俺家に帰れないわ。バス逃しちゃって」
『……本当か』
「だから、今日こっちでホテルに泊まって、明日帰ることにしたから。飯は昨日の残りとか食べてくれ」
『俺が迎えに行くぞ』
「え?いや、いいよ。明日俺休みだし、ホテルに泊まってから帰るよ」
『…俺も明日は休みだ』
「いやでもお前上がり夕方じゃん。村からここまで二時間ぐらいかかるし、さすがに申し訳ないわ」
『……迎えに行くから』
「だからいいって。じゃあよろしくなー」
そうして俺は一方的に電話を切った。
さすがにこんな長距離を迎えに越させるわけにはいかない。そのうえ、ここまでの道は山道で非常に危ないのだ。夜に山道を走る危険を犯してまで迎えに来てほしくはない。
それに今日はセックスしなくて済むと思うとちょっとだけ嬉しかった。明日が休みってことは、もしかしたら今日も営む気だったのかもしれない。けれど、たまには正人もゆっくり寝てほしい。仕事中船こいでいる所を見たことがあるから。
お互いの為に必要な事なんだ、と何故か言い訳しながら店が立ち並ぶ通りへと戻った。
「さて、俺はホテルを探さなきゃな」
見つけたホテル全てを訪ねて、部屋が空いていないか聞く。しかし今日は金曜日のせいか、どこも予約が一杯で部屋が埋まっていた。
スマホで空いているホテルがないかと探すが、どこも部屋は満室。これはネカフェも覚悟しないとな、と思っていた時、旅行予約サイトで空いているホテルを一つだけ発見した。場所も今いる場所から遠くないし、値段も手頃だ。
ここに決めよう。急いで部屋を予約すると、すぐに予約完了のメールが届いた。無事部屋をとることができたみたいだ。これでゆっくりと寝ることができる。ほっと息をついた。
すると安心したのか、タイミングよくお腹がグウ~と音を鳴らす。時刻は7時近くになっていた。
「あとは飯か。あっ焼き肉もいいな!」
いい店はないかと見上げた先、有名焼き肉チェーン店を発見した。美味しそうな焼き肉の匂いが漂ってきて、じゅるりと唾が出る。
村に外食する場所などなく、外食しようと思ったら30分ぐらいかかる隣町に行かないといけない。つまり、なかなか焼き肉なんて食べる機会はないのだ。
「たまにはいいよな!」
日頃から頑張ってんだ。今日ぐらい、自分にご褒美をあげてもいいだろう。ウキウキしながら見つけた焼き肉屋へと入る。
久しぶりに来た街に、俺は少し浮き足だっていた。
「……げっ」
焼き肉屋で腹を満たしたあと、俺はホテルへ向かう事にした。スマホで道順検索しながら進むと、だんだんと立ち並ぶ店がいかがわしくなっていく。不安になりながらも地図を見て進んで行くと、いわゆる夜のお店…言ってしまえばソープ街にたどり着いた。
「マジか……」
俺が予約したホテルはソープ街の先にあるらしい。ソープ街の奥に小さく、予約したホテルの看板が見えた。
だから空いていたのか、失敗した。がっくりと肩を落とす。
別に男だからここを通っても心配することないが、男だからこそキャッチがめちゃくちゃしつこいのだ。俺には正人がいるし、連日営んでいるので全く行く気はない。それよりゆっくり寝たい。
それにここを通っていたと正人の耳に入ってしまったら…心底恐ろしい。俺は何されるか分からない。マジで。
だから急いで駆け抜ける事に決めた。落としそうな荷物は全てカバンの中に入れ、軽く体操する。
準備が全て整い、一気に駆け抜けようとした時――
「オニーサン!寄ってかない!?」
「ぐぅっ!?」
金髪のお兄さんに肩を捕まれてしまった。しかも力がめちゃくちゃ強く、逃げようとしてもがっしり捕まれていて逃げられない。これは話を聞かないと離してくれないタイプだろう。仕方ないので一旦話を聞くことにした。
「入浴料五千円ポッキリ!いろいろサービスするヨ!」
なんだか発音が怪しい。もしかしたら日本人ではないのかもしれない。というか、五千円はいくらなんでも安すぎないか?非常に怪しく思えてきた。
「アーでも、生はダメよ?」
「いや、そもそも行く気ないから!失礼します!」
キッパリ断って先に進もうとするが、俺の肩を掴むお兄さんの力が強すぎて前に進めない。
「オニーサン、既婚者?アー分かるヨ。でもたまには自由になってもイインジャナイ?」
「今まさに自由になってないんですけど!!」
俺この通りに一分一秒ともいたくないんだってば!しかし、向こうも必死に引き留める。お兄さんと俺の力比べが始まってしまった。
「ワカッタワカッタ!じゃあ五万円ポッキリよ!これでドウ!?」
「値上がりしてんじゃねーか!!」
ヤバい。ここは絶対ぼったくり的な何かだ。連れて行かれればきっと大変な事になってしまうだろう。けれど、お兄さんの力がめっちゃ強く、俺はずるずると引きずられていく。ヤバいヤバいヤバい!!
正人!助けてっ!!
「…遥」
「っ!?」
すると、凛とした声が響いた。
その声に驚く。望んでいた声なのに、こんな所にいるはずがない人物の声で。
おそるおそると、振り返ると――そこには正人がいた。仕事を終わらせて来たのか、正人は私服だった。Tシャツにズボンに、ジャケットを引っかけただけの、相当ラフな格好。もしかしたら急いでここまで来たのかもしれない。
ゆっくりと正人が近づいてくる。その目は俺の近くにいるお兄さんを見据えていた。
これはヤバい。最悪の事態だと今更ながら気づく。正人に早くこの状況を説明しなければ!じゃないと、大変な事になる!
「正人……あのっ!」
慌てて正人にこの状況を説明しようとするが、正人は俺を掴んでいるお兄さんを見据えて目を離さない。その眼光の強さに思わず口を噤んでしまった。
事情を知らないキャッチのお兄さんは正人へ気軽に話しかける。俺から手を離し、正人へ手を伸ばした。
「ナニナニ?お連れサン?ならお連れサンも一緒に――」
お兄さんの手が正人の肩に触れようとしたとき、正人が素早く動いてぐるんと腕を捻りあげた。俺も、お兄さんも一瞬の出来事に驚く。あれだ、護身術って奴だろう。まさかこんな所で見るなんて。
「強引なキャッチは取り締まり対象だぞ」
「…け、ケーサツ…!!うわああああ!!」
ポケットから警察手帳を取り出し、脅すように見せる。それを見たお兄さんは一目散に逃げていった。
ポツンとその場に俺達二人が残される。お兄さんの姿はもう見えない。
どうやら俺の危機は去ったようだ。しかし、もうひとつの危機が眼前に迫っている。
正人はゆっくりと俺の方を振り向いた。その目はいつしか見た真っ黒い底なし沼のような目をしていた。
「遥、迎えに来たぞ」
微笑みながら、俺に言う。しかし、その目は笑っていない。
俺は知っている。この目をする正人は本当にヤバいって。これはもしかすると、怪しいお兄さんについていった方が無事だったかもしれない。
「正人違うんだ!キャッチに捕まってただけで……!」
とにかく誤解だけはといておきたい。俺は行く気なんてなかったと、本当にキャッチに捕まっていただけだと、必死に説明した。
けれどそれを聞いているのか聞いていないのか、正人は俺の手を掴みずんずんと歩きだす。俺は引きずられるように後を着いていった。
「言っただろう。迎えに行くって」
「さすがにここは管轄外だからパトカーは使わなかった」
「車は佐藤さんに借りたんだ」
「こっちに停めてある」
一方的に話す正人は怒っているのかなんなのかさっぱり分からない。俺は手を引かれるままについていった。
たどり着いた所はコインパーキング。その片隅に車は停めてあった。
「先に乗っていてくれ。料金支払ってくる」
「お、おう……」
キーレスで車を開け、正人は駐車料金を支払いに行った。佐藤さんの車はワゴン車だ。後部座席を開けて荷物を置き、俺は助手席に乗る。
しばらくすると料金を支払った正人が戻ってきた。運転席に乗り、シートベルトをはめる。
「遥、喉乾いていないか?」
「あ、うん。ありがと……」
エンジンをかけながら、収納ポケットに入っていたペットボトルを渡される。焼き肉食べたせいか、喉はカラカラだった。それをありがたく受けとる。
ペットボトルは既に開けられていた。まあ、俺と正人の中だし、気にしないけれど。それを一気にごくごくと飲む。カラカラだった喉が潤された。
車はゆっくりと動き出す。
「……焼肉食べたのか?」
「えっ!?俺そんなニンニク臭い!?」
「いや、炭の匂いがするから」
「マジか全然気づかなかったわ」
クンクンと自分を嗅いでみるが、さっぱりわからない。やっぱり匂いは染み付いてしまうもんなんだな。
そこの焼き肉旨かったんだ。今度行こうぜ!と、このまま焼き肉に話題をシフトしようと思ったのだが――
「……そして、あの通りに行ったのか」
その言葉に一気に青ざめる。やっぱりこの話から逃れる事はできなかった。
「本当に違うんだ!あの先に予約したホテルがあったんだよ!」
「…そうか」
必死に説明するが、正人は生返事を続ける。こいつ全然信じてないな?
俺はスマホを取り出し証拠を突きつけようとした。けれど俺の視界は急に歪む。
「あ……れ?」
意識が段々と薄らいでいく。瞼が下がることを止められない。
「……やっぱり外に出したらいけないな」
その言葉をうっすらと聞きながら俺は意識を失った。
ザワザワと人が行き交う繁華街。
そこにあるバス停の時刻表を見て俺は呆然とした。
「村へのバスもう終わってんじゃん……」
会社の研修がこの繁華街であり、俺はバスを使ってここに来ていた。研修が終わったあとすぐに帰ればよかったのだが、せっかく街に来たのだからとさっきまで店巡りに勤しんでいた。その結果、見事にバスを逃したのである。
最近正人のせいで村に籠りっきりだったから、すっかりバスの時刻の事を忘れていた。
「仕方ない、タクシー使うか……えっ一万円!?」
スマホでタクシー代を調べてみると思ったより高額だった。確かに片道二時間かかるけれど、まさかこんなに料金をとられてしまうとは。田舎恐るべし。
「こりゃ、もう帰らない方がいいかなあ……」
タクシー使って無理に帰るより、ホテルに泊まって明日帰った方が安く済むだろう。都合良く明日は休みだし、明日に帰っても何も問題はない。だから今日は家に帰らない事に決めた。スマホで家にいるだろう正人に電話する。
「あ、正人?」
『どうしたんだ、遥』
「今日俺家に帰れないわ。バス逃しちゃって」
『……本当か』
「だから、今日こっちでホテルに泊まって、明日帰ることにしたから。飯は昨日の残りとか食べてくれ」
『俺が迎えに行くぞ』
「え?いや、いいよ。明日俺休みだし、ホテルに泊まってから帰るよ」
『…俺も明日は休みだ』
「いやでもお前上がり夕方じゃん。村からここまで二時間ぐらいかかるし、さすがに申し訳ないわ」
『……迎えに行くから』
「だからいいって。じゃあよろしくなー」
そうして俺は一方的に電話を切った。
さすがにこんな長距離を迎えに越させるわけにはいかない。そのうえ、ここまでの道は山道で非常に危ないのだ。夜に山道を走る危険を犯してまで迎えに来てほしくはない。
それに今日はセックスしなくて済むと思うとちょっとだけ嬉しかった。明日が休みってことは、もしかしたら今日も営む気だったのかもしれない。けれど、たまには正人もゆっくり寝てほしい。仕事中船こいでいる所を見たことがあるから。
お互いの為に必要な事なんだ、と何故か言い訳しながら店が立ち並ぶ通りへと戻った。
「さて、俺はホテルを探さなきゃな」
見つけたホテル全てを訪ねて、部屋が空いていないか聞く。しかし今日は金曜日のせいか、どこも予約が一杯で部屋が埋まっていた。
スマホで空いているホテルがないかと探すが、どこも部屋は満室。これはネカフェも覚悟しないとな、と思っていた時、旅行予約サイトで空いているホテルを一つだけ発見した。場所も今いる場所から遠くないし、値段も手頃だ。
ここに決めよう。急いで部屋を予約すると、すぐに予約完了のメールが届いた。無事部屋をとることができたみたいだ。これでゆっくりと寝ることができる。ほっと息をついた。
すると安心したのか、タイミングよくお腹がグウ~と音を鳴らす。時刻は7時近くになっていた。
「あとは飯か。あっ焼き肉もいいな!」
いい店はないかと見上げた先、有名焼き肉チェーン店を発見した。美味しそうな焼き肉の匂いが漂ってきて、じゅるりと唾が出る。
村に外食する場所などなく、外食しようと思ったら30分ぐらいかかる隣町に行かないといけない。つまり、なかなか焼き肉なんて食べる機会はないのだ。
「たまにはいいよな!」
日頃から頑張ってんだ。今日ぐらい、自分にご褒美をあげてもいいだろう。ウキウキしながら見つけた焼き肉屋へと入る。
久しぶりに来た街に、俺は少し浮き足だっていた。
「……げっ」
焼き肉屋で腹を満たしたあと、俺はホテルへ向かう事にした。スマホで道順検索しながら進むと、だんだんと立ち並ぶ店がいかがわしくなっていく。不安になりながらも地図を見て進んで行くと、いわゆる夜のお店…言ってしまえばソープ街にたどり着いた。
「マジか……」
俺が予約したホテルはソープ街の先にあるらしい。ソープ街の奥に小さく、予約したホテルの看板が見えた。
だから空いていたのか、失敗した。がっくりと肩を落とす。
別に男だからここを通っても心配することないが、男だからこそキャッチがめちゃくちゃしつこいのだ。俺には正人がいるし、連日営んでいるので全く行く気はない。それよりゆっくり寝たい。
それにここを通っていたと正人の耳に入ってしまったら…心底恐ろしい。俺は何されるか分からない。マジで。
だから急いで駆け抜ける事に決めた。落としそうな荷物は全てカバンの中に入れ、軽く体操する。
準備が全て整い、一気に駆け抜けようとした時――
「オニーサン!寄ってかない!?」
「ぐぅっ!?」
金髪のお兄さんに肩を捕まれてしまった。しかも力がめちゃくちゃ強く、逃げようとしてもがっしり捕まれていて逃げられない。これは話を聞かないと離してくれないタイプだろう。仕方ないので一旦話を聞くことにした。
「入浴料五千円ポッキリ!いろいろサービスするヨ!」
なんだか発音が怪しい。もしかしたら日本人ではないのかもしれない。というか、五千円はいくらなんでも安すぎないか?非常に怪しく思えてきた。
「アーでも、生はダメよ?」
「いや、そもそも行く気ないから!失礼します!」
キッパリ断って先に進もうとするが、俺の肩を掴むお兄さんの力が強すぎて前に進めない。
「オニーサン、既婚者?アー分かるヨ。でもたまには自由になってもイインジャナイ?」
「今まさに自由になってないんですけど!!」
俺この通りに一分一秒ともいたくないんだってば!しかし、向こうも必死に引き留める。お兄さんと俺の力比べが始まってしまった。
「ワカッタワカッタ!じゃあ五万円ポッキリよ!これでドウ!?」
「値上がりしてんじゃねーか!!」
ヤバい。ここは絶対ぼったくり的な何かだ。連れて行かれればきっと大変な事になってしまうだろう。けれど、お兄さんの力がめっちゃ強く、俺はずるずると引きずられていく。ヤバいヤバいヤバい!!
正人!助けてっ!!
「…遥」
「っ!?」
すると、凛とした声が響いた。
その声に驚く。望んでいた声なのに、こんな所にいるはずがない人物の声で。
おそるおそると、振り返ると――そこには正人がいた。仕事を終わらせて来たのか、正人は私服だった。Tシャツにズボンに、ジャケットを引っかけただけの、相当ラフな格好。もしかしたら急いでここまで来たのかもしれない。
ゆっくりと正人が近づいてくる。その目は俺の近くにいるお兄さんを見据えていた。
これはヤバい。最悪の事態だと今更ながら気づく。正人に早くこの状況を説明しなければ!じゃないと、大変な事になる!
「正人……あのっ!」
慌てて正人にこの状況を説明しようとするが、正人は俺を掴んでいるお兄さんを見据えて目を離さない。その眼光の強さに思わず口を噤んでしまった。
事情を知らないキャッチのお兄さんは正人へ気軽に話しかける。俺から手を離し、正人へ手を伸ばした。
「ナニナニ?お連れサン?ならお連れサンも一緒に――」
お兄さんの手が正人の肩に触れようとしたとき、正人が素早く動いてぐるんと腕を捻りあげた。俺も、お兄さんも一瞬の出来事に驚く。あれだ、護身術って奴だろう。まさかこんな所で見るなんて。
「強引なキャッチは取り締まり対象だぞ」
「…け、ケーサツ…!!うわああああ!!」
ポケットから警察手帳を取り出し、脅すように見せる。それを見たお兄さんは一目散に逃げていった。
ポツンとその場に俺達二人が残される。お兄さんの姿はもう見えない。
どうやら俺の危機は去ったようだ。しかし、もうひとつの危機が眼前に迫っている。
正人はゆっくりと俺の方を振り向いた。その目はいつしか見た真っ黒い底なし沼のような目をしていた。
「遥、迎えに来たぞ」
微笑みながら、俺に言う。しかし、その目は笑っていない。
俺は知っている。この目をする正人は本当にヤバいって。これはもしかすると、怪しいお兄さんについていった方が無事だったかもしれない。
「正人違うんだ!キャッチに捕まってただけで……!」
とにかく誤解だけはといておきたい。俺は行く気なんてなかったと、本当にキャッチに捕まっていただけだと、必死に説明した。
けれどそれを聞いているのか聞いていないのか、正人は俺の手を掴みずんずんと歩きだす。俺は引きずられるように後を着いていった。
「言っただろう。迎えに行くって」
「さすがにここは管轄外だからパトカーは使わなかった」
「車は佐藤さんに借りたんだ」
「こっちに停めてある」
一方的に話す正人は怒っているのかなんなのかさっぱり分からない。俺は手を引かれるままについていった。
たどり着いた所はコインパーキング。その片隅に車は停めてあった。
「先に乗っていてくれ。料金支払ってくる」
「お、おう……」
キーレスで車を開け、正人は駐車料金を支払いに行った。佐藤さんの車はワゴン車だ。後部座席を開けて荷物を置き、俺は助手席に乗る。
しばらくすると料金を支払った正人が戻ってきた。運転席に乗り、シートベルトをはめる。
「遥、喉乾いていないか?」
「あ、うん。ありがと……」
エンジンをかけながら、収納ポケットに入っていたペットボトルを渡される。焼き肉食べたせいか、喉はカラカラだった。それをありがたく受けとる。
ペットボトルは既に開けられていた。まあ、俺と正人の中だし、気にしないけれど。それを一気にごくごくと飲む。カラカラだった喉が潤された。
車はゆっくりと動き出す。
「……焼肉食べたのか?」
「えっ!?俺そんなニンニク臭い!?」
「いや、炭の匂いがするから」
「マジか全然気づかなかったわ」
クンクンと自分を嗅いでみるが、さっぱりわからない。やっぱり匂いは染み付いてしまうもんなんだな。
そこの焼き肉旨かったんだ。今度行こうぜ!と、このまま焼き肉に話題をシフトしようと思ったのだが――
「……そして、あの通りに行ったのか」
その言葉に一気に青ざめる。やっぱりこの話から逃れる事はできなかった。
「本当に違うんだ!あの先に予約したホテルがあったんだよ!」
「…そうか」
必死に説明するが、正人は生返事を続ける。こいつ全然信じてないな?
俺はスマホを取り出し証拠を突きつけようとした。けれど俺の視界は急に歪む。
「あ……れ?」
意識が段々と薄らいでいく。瞼が下がることを止められない。
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