逃げられない檻のなかで

舞尾

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十月

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 俺はあれから、一度都会へと戻った。俺の名誉回復と、正式に退職するために。

 上司の悪事は完全にバレており、俺は無実だったということを証明することができた。会社から戻らないかと声をかけられたが、俺はそれを断り退職する旨を伝えた。もうここに興味などみじんもない。俺には居場所があるのだから。

 退職後は出向先だった保険会社に就職し、またあの小さな村担当となった。つまり正式に野田さんの部下となったのだ。じきに仕事を全部引き継いで、この村を支えることになるだろう。


 1日に数本しかないバスに乗って村へと向かう。いろいろと手続きがあったから村に戻るのは1ヶ月ぶりだった。

『次はー紅蛇神社前、紅蛇神社前ー』

 車内アナウンスが流れ、降車ボタンを押す。ゆっくりとバスは減速し、バス停に止まった。荷物を持ってバスから降りる。
 バス停には正人が待っていた。俺の姿を見つけると勢いよく立ち上がった。お前、今仕事中じゃないのか。

「正人、久しぶ……」
 
 バスから降りた瞬間、正人に抱きつかれた。俺はそれを受け止める。

「もう、戻ってこないかと思った……」
「毎日連絡してただろ、バカだな」

 そして軽くキスを交わす。久しぶりのキスになんだかこそばゆくなった。しばらくそうしていたあと、ゆっくりと正人が離れポケットから小箱を取り出した。

「遥、これを受け取ってほしい」

 小箱を開くと二対の指輪が入っていた。これはどうみても結婚指輪だ。

「お前っ…なんてもん持ってきてんだ」
「遥を逃がさないために用意した」
「逃げないつってんだろ」

 俺は苦笑する。前科があるので強くは言えなかったけれど。
 はめてほしいと正人は言う。俺は正人がしたいようにさせた。どうせ日常でははめないだろうし、こういう時ぐらいいいだろう。
 そう思った俺が馬鹿だったと後で気づく。

 正人は俺の左手をとり、指輪を薬指にはめようとする。しかし指輪が小さいのか上手く入らなかった。

「正人、サイズ間違ってるんじゃないか?」
「いや、これであってる」

 そして力ずくで無理矢理はめられた。

「いっ!?」

 めちゃくちゃ痛かった。骨にヒビ入ったかと思ったぞ。
 そのお陰か指輪は薬指にしっかりとはめられていた。手にかざし、眺める。こういうのもいいな……

「じゃ、次は俺の番な!」
「えっ」

 俺も正人の薬指に指輪をはめる。正人は驚いているようだったが、俺も無理矢理はめてやった。お互いお揃いの指輪が薬指に光っている。なんだか結婚式みたいで面白かった。

「これで俺達は夫婦だな」
「男同士だろ」

 俺達は笑いあう。形だけでも嬉しかった。ひとしきり結婚式ごっこをしたあと、指輪を外そうとする。

「あれ……?」

 しかし、指輪は全く動かなかった。外そうとするが、外せない。これはやばい。

「お前っ!!これどうすんだ!!外れないじゃないか!!」
「外れないように小さめのサイズを買ったんだ。逃げないように」

 こいつ確信犯か。俺はため息をついた。本当に逃げられないらしい。

「マジで責任とれよ。お前」
「ああ、一生添い遂げよう」

 俺達は手を繋いで家へ戻った。お互いの薬指を絡ませて。

 檻の中は案外心地いい。
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