逃げられない檻のなかで

舞尾

文字の大きさ
上 下
6 / 25

七月下旬

しおりを挟む
 正人との同居して早数週間。
 早々に役割分担を決めたおかげか、お互い喧嘩する事なく平穏に暮らしている。ちなみに俺が料理担当、正人が洗濯担当だ。掃除は休みの時交互にしている。

 俺の部屋は二階の和室になった。正人の部屋の向かい側になる。
 トントンと正人が家の中を歩く音は俺の心を穏やかにした。誰かと一緒に住むこと、それはとても心地良い。一人じゃないと思えるから。じいちゃんばあちゃんが死んで、久しぶりに感じた気持ちだった。


 1日の仕事を終え、家に帰って来た俺は晩飯作りに取りかかる。今日は昨日から味を染み込ませていたからあげだ。下ごしらえは済ませているから、あとは揚げるのみ。早速油を用意して揚げ始める。そこへ仕事を終えた正人が台所へやってきた。

「今日の飯はなんだ?」
「今日はからあげだ。皿を出してくれないか?」

 二人で今日あった事を話しながら晩飯の準備をする。正人と話をしていたら、あっという間にからあげがキツネ色に変化した。急いでからあげを掬いあげる。からっと揚げられたからあげはとても美味しそうだ。皿に盛り付け食卓に用意して、二人で食べ始める。
 うん、揚げたてのからあげは最高に美味しい!今日も上手く作れたな!
 自画自賛しながら、ほくほくとからあげを食べていると正人に話しかけられた。

「遥、飯作るの上手いな。元々家事やっていたのか?」
「まあな。じいちゃんばあちゃんも歳だったからさあ、あんまり無理させたくなくて。だから家事は一通りできるようになったんだ」
「えらいな」
「……どうも」

 正人は微笑みながら俺を誉めてくれた。こうも真っ直ぐに誉められると照れてしまう。正人はたまに、このような優しい目で俺を見る。その目を見るとなんだか照れ臭くて、どうしようもない気持ちになるんだ。だから俺はそれを誤魔化すように別の話題を出した。

「そうそう!今日新規の案件取れるかと思ったんだけど断られてさあ!めっちゃ悔しくて!せっかく成績上げるチャンスだったのに!」

 机に拳を叩きつけて悔しがる。今日は神社の神主である赤水さんの保険の見直しに行っていた。そのついでに子供さんの保険を提案したのだけれど、子供さん本人が現れ断られてしまった。いろいろ説得したが、うちも家計が苦しいからと言われればこちらはもう何も言えない。まだ中学生だろうに、しっかりした子供さんだった。
 俺が悔しがっていると、正人から意外な事を言われた。

「俺が入ろうか?」
「えっ!?マジで!?」

 俺は勢いよく顔を上げる。正人からその言葉を聞くなんて思ってもみないことだった。

「前から保険に入ろうかと迷ってはいたんだ。その、迷惑じゃなければ詳しく教えてほしい」
「教える教える!やった新規契約だ!」

 これで成績を上げることができる!
 正人の両手を掴み、お礼を言う。成績を上げれば本部へ帰れる可能性も出てくるからだ。俺はまだ本部へ戻ることを諦めてはいない。
 でも、正人はずっと保険に興味がなかったはずだ。一体どんな心変わりがあったのだろう?

「正人、保険入る気なかっただろ?なんで入ろうと思ったんだ?」
「将来を大切にしたいと思ったんだ」

 俺を褒めたときと同じ優しげな目でそう答えた。その視線に、なぜだかいたたまれなくなって俺は目を反らした。


 ご飯を食べ終わった後、ちゃぶ台に持ってきた資料を広げ保険の仕組みなどを説明する。正人の飲み込みは早くすぐに理解してくれた。

「保険金の受け取りは親族しかできないのか」
「まーホラ、保険金殺人とかあるからじゃないの?」
「そうか、残念だ」

 正人は非常に残念な顔をした。
 別に受取人は自分だけにすることもできるし、親族とか関係なく入ることができるけれど…
 俺が不思議そうな顔をしていると、正人が笑いながら話してくれた。

「保険金、受取人は遥になってもらいたかったから」
「なんで俺だよ」
「ここまで仲良くなった人はいなかったからな。両親よりも……」

 そう言って正人は微笑む。
 俺もここまで仲良くなった人物はいない。正人も同じように思っていたことを嬉しく思う。もっと早く知り合いになっていたら、もっと楽しい生活が送れていただろう。

「名字も同じだし、血が繋がっていたりするかもれないだろう?」
「あっ!俺の名字、父方のなんだけどさ、父方の詳細全く分からないんだよね。意外とそうかもな!」

 正人の冗談に、俺も冗談っぽく言って返す。父方の詳細がよく分からないということは事実だけれど。
 その一言を聞いた正人は蕩けそうな甘い目で呟いた。

「遥と繋がっていたら――」

 そう呟いた後の言葉を俺は聞くことができなかった。

 結局、正人は保険に入ってくれた。
 この村に来て初めてとれた新規契約。本部に戻るためにはもっと契約を取らないと。
 ここにずっといては駄目かもしれない。俺は少しずつそう思い始めていた。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

もしかして俺の人生って詰んでるかもしれない

バナナ男さん
BL
唯一の仇名が《 根暗の根本君 》である地味男である< 根本 源 >には、まるで王子様の様なキラキラ幼馴染< 空野 翔 >がいる。 ある日、そんな幼馴染と仲良くなりたいカースト上位女子に呼び出され、金魚のフンと言われてしまい、改めて自分の立ち位置というモノを冷静に考えたが……あれ?なんか俺達っておかしくない?? イケメンヤンデレ男子✕地味な平凡男子のちょっとした日常の一コマ話です。

モブなのに執着系ヤンデレ美形の友達にいつの間にか、なってしまっていた

マルン円
BL
執着系ヤンデレ美形×鈍感平凡主人公。全4話のサクッと読めるBL短編です(タイトルを変えました)。 主人公は妹がしていた乙女ゲームの世界に転生し、今はロニーとして地味な高校生活を送っている。内気なロニーが気軽に学校で話せる友達は同級生のエドだけで、ロニーとエドはいっしょにいることが多かった。 しかし、ロニーはある日、髪をばっさり切ってイメチェンしたエドを見て、エドがヒロインに執着しまくるメインキャラの一人だったことを思い出す。 平凡な生活を送りたいロニーは、これからヒロインのことを好きになるであろうエドとは距離を置こうと決意する。 タイトルを変えました。 前のタイトルは、「モブなのに、いつのまにかヒロインに執着しまくるキャラの友達になってしまっていた」です。 急に変えてしまい、すみません。  

変なαとΩに両脇を包囲されたβが、色々奪われながら頑張る話

ベポ田
BL
ヒトの性別が、雄と雌、さらにα、β、Ωの三種類のバース性に分類される世界。総人口の僅か5%しか存在しないαとΩは、フェロモンの分泌器官・受容体の発達度合いで、さらにI型、II型、Ⅲ型に分類される。 βである主人公・九条博人の通う私立帝高校高校は、αやΩ、さらにI型、II型が多く所属する伝統ある名門校だった。 そんな魔境のなかで、変なI型αとII型Ωに理不尽に執着されては、色々な物を奪われ、手に入れながら頑張る不憫なβの話。 イベントにて頒布予定の合同誌サンプルです。 3部構成のうち、1部まで公開予定です。 イラストは、漫画・イラスト担当のいぽいぽさんが描いたものです。 最新はTwitterに掲載しています。

花香る人

佐治尚実
BL
平凡な高校生のユイトは、なぜか美形ハイスペックの同学年のカイと親友であった。 いつも自分のことを気に掛けてくれるカイは、とても美しく優しい。 自分のような取り柄もない人間はカイに不釣り合いだ、とユイトは内心悩んでいた。 ある高校二年の冬、二人は図書館で過ごしていた。毎日カイが聞いてくる問いに、ユイトはその日初めて嘘を吐いた。 もしも親友が主人公に思いを寄せてたら ユイト 平凡、大人しい カイ 美形、変態、裏表激しい 今作は個人サイト、各投稿サイトにて掲載しています。

Original drug

佐治尚実
BL
ある薬を愛しい恋人の翔祐に服用させた医薬品会社に勤める一条は、この日を数年間も待ち望んでいた。 翔祐(しょうすけ) 一条との家に軟禁されている 平凡 一条の恋人 敬語 一条(いちじょう) 医薬品会社の執行役員 今作は個人サイト、各投稿サイトにて掲載しています。

隠れヤンデレは自制しながら、鈍感幼なじみを溺愛する

知世
BL
大輝は悩んでいた。 完璧な幼なじみ―聖にとって、自分の存在は負担なんじゃないか。 自分に優しい…むしろ甘い聖は、俺のせいで、色んなことを我慢しているのでは? 自分は聖の邪魔なのでは? ネガティブな思考に陥った大輝は、ある日、決断する。 幼なじみ離れをしよう、と。 一方で、聖もまた、悩んでいた。 彼は狂おしいまでの愛情を抑え込み、大輝の隣にいる。 自制しがたい恋情を、暴走してしまいそうな心身を、理性でひたすら耐えていた。 心から愛する人を、大切にしたい、慈しみたい、その一心で。 大輝が望むなら、ずっと親友でいるよ。頼りになって、甘えられる、そんな幼なじみのままでいい。 だから、せめて、隣にいたい。一生。死ぬまで共にいよう、大輝。 それが叶わないなら、俺は…。俺は、大輝の望む、幼なじみで親友の聖、ではいられなくなるかもしれない。 小説未満、小ネタ以上、な短編です(スランプの時、思い付いたので書きました) 受けと攻め、交互に視点が変わります。 受けは現在、攻めは過去から現在の話です。 拙い文章ですが、少しでも楽しんで頂けたら幸いです。 宜しくお願い致します。

片桐くんはただの幼馴染

ベポ田
BL
俺とアイツは同小同中ってだけなので、そのチョコは直接片桐くんに渡してあげてください。 藤白侑希 バレー部。眠そうな地味顔。知らないうちに部屋に置かれていた水槽にいつの間にか住み着いていた亀が、気付いたらいなくなっていた。 右成夕陽 バレー部。精悍な顔つきの黒髪美形。特に親しくない人の水筒から無断で茶を飲む。 片桐秀司 バスケ部。爽やかな風が吹く黒髪美形。部活生の9割は黒髪か坊主。 佐伯浩平 こーくん。キリッとした塩顔。藤白のジュニアからの先輩。藤白を先輩離れさせようと努力していたが、ちゃんと高校まで追ってきて涙ぐんだ。

告白ゲームの攻略対象にされたので面倒くさい奴になって嫌われることにした

雨宮里玖
BL
《あらすじ》 昼休みに乃木は、イケメン三人の話に聞き耳を立てていた。そこで「それぞれが最初にぶつかった奴を口説いて告白する。それで一番早く告白オッケーもらえた奴が勝ち」という告白ゲームをする話を聞いた。 その直後、乃木は三人のうちで一番のモテ男・早坂とぶつかってしまった。 その日の放課後から早坂は乃木にぐいぐい近づいてきて——。 早坂(18)モッテモテのイケメン帰国子女。勉強運動なんでもできる。物静か。 乃木(18)普通の高校三年生。 波田野(17)早坂の友人。 蓑島(17)早坂の友人。 石井(18)乃木の友人。

処理中です...