逃げられない檻のなかで

舞尾

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五月下旬

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 あの熱の一件以来、俺達は頻繁に会うようになった。正人が飯を作ってくれとせがむようになったからだ。
 確かにあの食生活では不安がありすぎるし、一人前を作るよりか二人前作る方が食材が余らない。だから俺は駐在所に飯を作りに行っている。

 しかし今日は飯を作りに来たわけではない。なんたって今日は俺の失恋を癒やす大宴会なのだから。
 酒とつまみを大量に買い込み、客間の隣にある居間を臨時会場として宴を始めた。ちなみにこんな田舎にコンビニはない。近場のスーパー的な場所で酒を調達している。
 俺は酒を一気にあおり、叫んだ。

「俺のどこが駄目だったんだよおおおおお!!左遷か!左遷だな!!」

 俺は荒れに荒れていた。入社以来付き合っていた彼女にフラれたのだ。飲まなきゃやってやれない。やけ酒だやけ酒。

「6年も続いていたのに、昇進の見込みがないと分かるとバイバイなんて酷くないか!?」
「女なんてそんなもんだろ」
「手厳しいな!正人くんは!」

 正人は荒れている俺を冷めた目で見ている。もうちょっと同情とか労りの言葉をかけてくれてもいいんじゃないのだろうか?同情してくれない正人に、俺は不貞腐れてビールをちびちび飲む。

「都会に戻ったらヨリ戻してくれるかなあ……」

 俺のこの言葉に正人はピクリと反応した。眉間にシワを寄せて、持っていたビールをぐいっと一気に飲む。こいつなんでちょっと不機嫌になってんだ?
 カコンとビールの缶を置いて正人が俺に聞いてきた。

「……だいたい彼女のどこが良かったんだ」
「えっだって、柔らかいし、暖かいし」
「体だけか」
「いやそんなはずは……」
「他に彼女の良いところは?」
「柔らかい……」
「体だけじゃないか」

 正人は呆れた目で俺を見ている。
 あれ、何で俺こんなに彼女の良いところを思い出せないんだ?酒のせいもあるだろうけど、それにしてもふわふわすぎる。俺、彼女のどこが好きだったんだっけ?

「お前本当にソイツ好きだったのか?」
「そう言われると、うーん?」

 そう言われれば、そうかも?
 正人に指摘されて、彼女のこと本当に好きだったのかわからなくなってしまった。いや、最初は好きだったはずだ。でも長年付き合ううちにその気持ちも薄れてきて……最近は惰性で付き合っていた気がする。仕事も忙しかったし、彼女を気にかける余裕などなかったのだ。そりゃ捨てられるはずだな。彼女を大切に思っていなかったのだから。

「じゃ、良かったじゃないか。別れられて」
「それもそうか?」

 なんだか誘導されたような気もしたが、核心を突かれた俺は失恋などどうでもよくなってしまった。

「でもさあ、いつか家族は持ちたいじゃん?暖かい家庭っての憧れるし。だから彼女と付き合っていたのかなあ……」
「……!」

 俺も結婚適齢期だ。回りの同期達も次々と結婚している。惰性だったとしても結婚する相手としてキープしておきたかったのだろう。最悪だな、俺…
 自身のクズさに辟易する。さらにビールをあおろうとしたが、目線を下に向け暗い目をしている正人に気付き、思わず問いかけてしまった。

「正人?どうした?」
「……必ずしも暖かい家庭になるとは限らないだろ。めちゃくちゃな家庭で育った子供は悲惨だ」

 影を落として言うその姿に、自分の事を言っているのだと気づく。そこまで踏み込んでいいのかとちょっと迷ったが、あまりにも寂しそうな姿している正人を放っておけず、聞くことにした。

「お前ん家ややこしいのか?」
「…そうだな。両親とは家族らしい事をしたことが一度もない。飯だっていつも一人で食べていた」

 どこか冷めた顔をしながら、正人は語った。薄々は感じていた。正人の食生活は少し異常だったから。
 正人は視線を下に向けて話を続ける。握っている缶はへこみ始めていた。

「俺の家、代々続く警察官の家系なんだ。全員、家より仕事。だから仕事で忙しいといって家に帰ってこない。そもそも、あいつらは家族なんてどうでもいいんだ。子供を権力闘争に使う駒としか考えてないからな」
「駒って……」
「……キャリアとノンキャリアって知ってるか?」
「ああ、警察のエリート的な存在とそれ以外の人たちのことだろ?」

 正人の言葉に頷いた。キャリアとノンキャリアでは最終的に就ける役職が全く違う聞いたことがある。キャリアは相当狭き門らしい。だからキャリアとして働く時点で幹部候補になるのだとか。

「そうだ。父は俺をキャリアにしようとしていた。自分の権力闘争の駒に使う為に。俺はそれが嫌で……ノンキャリアの警察官になったんだ。そしたらここに来た」
「お前それ……」

 正人の言葉に驚いた。熱で倒れる前に言っていたことは、こういうことだったのか。

「ああ、事実上の左遷だな。駐在所って既婚者の人が大体するんだ。でも独身なのに、ここに来た。つまりは厄介払いだ。俺はここから異動することもないだろう」
「…お前それで良かったのか?」
「ああ、精々している。あの家族と関わらなくて済むからな。それに、この村は良い人達ばかりだから過ごしやすいし」

 でも、その表情はまるで迷子の子供のようで…手に持っていたビールの缶はべっこりとへこんでいた。俺はなんて声をかけたらいいか分からず、黙ってしまう。長い沈黙が二人を包んだ。

「そか……なんか、プライベートな事聞いて悪かったな」
「いや、いずれ遥には話そうと思っていたから」

 何とか声を出し、話を終わらせる。今の俺には正人を慮るような言葉を見つけることができなかった。
 正人はやっと目線を合わせて、俺に話しかけてくれた。

「それに熱出た時も、今も、俺と一緒に飯食ってくれて嬉しく思う。誰かと一緒に食べる飯が美味しいとは知らなかったんだ」
「お前っ……!兄ちゃんがこれからも飯作ってやるからな!」
「同い年だろう」
「学年は上だろ!」

 正人の言葉に思わず言い返す。それに正人は笑った。
 良かった、正人のテンションもこの場の雰囲気も戻ったようだ。俺は安堵して酒を飲む。

 正人の込み入った話を思いかけず聞いてしまった。俺も大概だがこいつも苦労してんだな。なんだか似た者同士の正人に親近感が沸いてきた。これからできるだけ正人を気にかける事にしよう。

 その日は俺が飲み過ぎてぐでんぐでんになってしまったため駐在所に泊まる事にした。
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