逃げられない檻のなかで

舞尾

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四月

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澄んだ綺麗な青空、小川のせせらぎ。
 そして見渡す限りの山、山、山。
 この小さな村が今日から俺の仕事場所だ。

 俺、高取遥は都市部の銀行マンだった。入行後本店営業部に配属され、若干26歳で融資審査部に配属。誰もがうらやむエリートコースを爆走した。そのうえ茶色みがかったさらさらの髪に甘いマスク。自分でいうのもなんだがそこそこ人気があった…はずだ。
 ではなぜこんな僻地に飛ばされてしまったのか。

 答えは簡単。融資を回収出来ず会社に大損害を出してしまった上司の身代わりにされたからである。
 だいたい俺は注意したんだ。このまま融資を通すのは危ないと。年下の俺に口出しされた事が相当腹立ったのだろう。無能な上司は半ばムキになって融資を通した。
 結局融資を回収できず大損害。無能な上司は全て俺に責任を擦り付け逃げ仰せやがった。無能なわりにエリート部署にいたのは立ち回りが上手かったらしい。俺の言うことは誰も取り合ってくれず、ハイ出向サヨナラだ。20代で出向は出世コースなんて言われたが、こんな僻地に飛ばされればどう考えても左遷だ。
 転職しようかとも考えたが、このままやられたままで終わりたくない。俺は絶対に!ここで成果を出し!本部に戻ってやる!!そして無能な上司に倍返しだ!どこぞの銀行員のごとく闘志を燃やしていたが、しかし現実は厳しい。
 
 俺が出向された先は銀行の子会社である保険会社の代理店。場末も場末だ。さらに、この限界を感じすぎている限界集落。保険の新規契約を取って手柄を上げようにも、そもそも契約者すらいないのでは……?という不安に襲われる。
 いや、でもきっとなんとかなるはずだ。

 俺は気を引きしめ、仕事場所へと向かった。見渡す限り田んぼの中、二階建ての建物がポツンと現れる。ここの二階が代理店の事務所だ。金属製の階段を登り、事務所の扉を開けた。

「おはようございます!今日からお世話になります。高取遥と申します!」

 開口一番大きな声を出して挨拶した。本店営業部にいた頃絶賛された笑顔も付け加える。第一印象は大事だからな。
 しかし気合いを言われて挨拶したのに、そこには60代ぐらいの剥げた優しいおじさんしかいなかった。

「ああ!君が都会から来てくれた子だね。私は野田といいます。よろしくね」

 野田さんは近寄り手を差し出した。俺もそれに答えて握手をする。野田さん。この村にぴったりの名前だ。いや、注目すべきは名前ではなくて。

「いやあ、助かるよ。最近持病の腰痛で動くの大変でねぇ~」
「えと、他の、人は?」
「ここは私一人でやってるよ。もともと個人営業していたんだけど、最近君の出向元の保険会社に吸収されたんだ。まあ、私もそろそろ限界感じてたし、君のような若い子に後を引き継げるなら万々歳だ」
「は、はあ……」

 まさか新しい職場の人が上司一人だけとは。つまり一人でも十分にカバーできる仕事ってことになる。しかも野田さんは俺に仕事を引き継ぐ気満々だ。俺はとんでもないところに飛ばされてしまった。

「本当助かるよ~!これからよろしくね!」

 いや俺都会に戻るから!という言葉は野田さんの嬉しそうな顔を前に言い出すことはできなかった。


 午前中はあらかたの仕事の説明を受けて終わった。取り扱う商品も事前に勉強してきたし、まあ大丈夫だろう。午後からはお客様のところへあいさつ回りだ。
 買ってきた弁当を食べ終え、野田さんに声をかける。午後イチで動き出す為にも、車の準備などは済ませておきたい。

「野田さん、社用車はどこにありますか?」
「ないよ?」
「え?」

 いや、そんな馬鹿な。曲がりなりにも会社だろ。絶句している俺をよそに、野田さんは引き出しから鍵を取り出し扉から出ていった。俺は慌てて野田さんを追いかける。

「お客さんの所にはこれで回るからね!狭い村だしこれで十分だよ」

 そうして見せられたものは、カブだ。野菜じゃない。よくカブと略される、スーパーカブという種類のバイクだ。初めて見た。
 つまり、それに乗ってお客さんを回れと?それに乗って営業しろと?それに乗って仕事しろと?
 くっそダサい……!!
 俺は天を仰いだ。本部でキラキラと働いていたのに、理不尽な左遷により田舎でカブを転がし働く羽目になろうとは!絶対本部に戻ってやる!!俺は決心を固めた。


 午後からは野田さんとともにお客様の元へ行き、引き継ぎのあいさつ回りをした。顔合わせした客はじい、ばあ、じい、じい、ばあ。この村には若人はいないのか!!
 意気消沈しながら最後のお客さんの家を出る。もちろん顔合わせは完璧にやったが、あまりにも高すぎる平均年齢に少々うちひしがれていた。誰でもいい、同年代と話したい……

「あと、大事な人を紹介しなきゃね。ついてきて」

 そう言って野田さんはカブに乗って走り出した。ちょっ…待って!カブの操作方法独特で俺慣れてないんだってば!
 俺はまた慌てて野田さんを追いかける。数分走ったあと、野田さんはある場所で止まった。

 そこは一軒家のような場所だった。しかし、立て掛けてある看板を見て普通の家ではないことに気づく。
―駐在所。

「おーい、駐在さーん!」

 野田さんはバイクを置き、中の人に声をかけた。俺もそれに倣いバイクを置く。
 そこから出てきた人物は、俺より背の高い…凛とした青年。かきあげた黒髪と凛々しい眉は彼の精悍さを際立たせていた。先に青年が俺に声をかける。

「高取正人です。よろしく」
「高取遥、です。よろしく!」
「あっ!二人名字同じだねぇ!あまり聞かない名字なのに!」

 野田さんが朗らかに笑う。確かに俺たちは同じ名字だった。『たかとり』なんてあまり聞かない名字なのに。
 しかし、それよりも俺は目の前の若者の存在に心踊らせていた。俺と同年代の人が目の前にいるんだ!
 俺はウキウキしながら声をかけた。

「えーと、高取正人さん…は、何歳?」
「俺は27です」
「えっまじで!?俺も27!何月生まれ?」
「4月です。4月2日」
「あーじゃあ学年は俺が上かあ!俺3月生まれだから最近誕生日来たんだよね!まあ、でも同い年だし敬語はいいよな?名前もめんどくさいから下の名前で呼んでいい?」
「…大丈夫だ」
「やった!これからよろしくな!正人!」
「…ああ、遥」

 俺たちは固い握手をした。自分と年齢の近い人物に会えたことをこんなにも嬉しく思うなんて。田舎おそろしや。

「若者同士仲良くなったみたいで何よりだよ。駐在さんはこの村唯一の警察官だからね。何かあったら頼るといいよ」

 その言葉に驚く。確かに、駐在所には正人以外の警察官はいなさそうだった。

「え、一人でやってんの?」
「…まあ、俺独り身なんで」

 独り身?なんで独身かそうでないかの話が出てくるんだ?俺が不思議そうな顔をしていると野田さんが教えてくれた。

「ああ、駐在所は家族でしてることが多いんだよ。前任の人も奥さんが手伝ってたし」

 なるほど、そうなのか。都会にずっといたから知らなかった。田舎の警察官ってのは大変なんだな。

「お前大変だな。何かあれば手伝うよ!」
「…ありがとう」

 帰り際お互いの連絡先を交換し、今度ゆっくり話そうと約束して別れた。話が合う同年代がいることは本当にありがたい。これから正人とは関わる事が多そうだ。
 こうして、俺の一日目の仕事が終わった。
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