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その後
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しおりを挟むさらり。と髪の毛を撫でられる感触。
それに夢の淵を漂っていた雅はムズムズと鼻をひくつかせ、眉間に皺を寄せながら目を開けた。
──その、視界の先。
「起こしちゃいましたか? ごめんなさい」
だなんて謝りながらも微笑み、雅の髪の毛をまたしても優しく梳く天使、もとい春の顔があって。
窓から入り込む朝日に照らされキラキラと輝くそのあまりの美しさに、俺いつの間に死んだんだ……? と天使がお迎えに来てくれたのかと錯覚しかけた雅だったが、いや違う俺のスーパー可愛い恋人だったわ。と目をかっぴらいた。
「は、はる……」
「ふふ、可愛い……。おはようございます」
「おは、よう…… 」
寝起きに神々しい光を浴び、目をシパシパとさせながら雅が挨拶を返す。
いつの間にかソファで共に寝てしまっていたらしく、体がバキバキと痛んでいたが、しかしそれよりも春の寝起きの神々しさと愛らしさに雅はやはりここは天国ではないかと思いながらも、隣に座る春の少しだけ乱れた髪の毛へと手を伸ばした。
「ごめんなさい。せっかく泊まっていくって言ってくれたのに、ろくにおもてなしも出来なかったしこんなソファで寝かせちゃって……」
「……いや、昨日は楽しかったし、気にしなくて良い」
指通りの良いサラサラふわふわの春の髪の毛を撫で整えながら、雅が笑う。
その優しい指の感触に、申し訳なさそうにしていた春が気持ち良さそうに目を細め、その愛らしい仕草に雅は堪らずぐっと春の頭を引き寄せ、ちゅっとキスをした。
「んっ」
漏れる声は甘く、ふにゃりと重なった唇は柔らかい。
そのまま顔を傾け、ちゅ、ちゅ、と春の唇を吸い、それからしっとりと唇を重ね合わせた雅に、春もまた、雅の首に腕を回してはもっとと引き寄せてくる。
春の肩越しには未だ寄り添い寝ている良介と悠希の姿があり、ここで二人が起きたら気まずいというのは重々承知だが、しかし春の魅惑の唇はそんな気持ちさえ吹き飛ばしては、魅了してくるばかりで。
静かで明るい部屋に、二人の吐息とリップ音だけがしっとりと響いてゆく。
そんな、爽やかな朝にはおよそ似つかわしくない濃密な空気が孕み始め、堪らず雅が春の唇の隙間から舌を差し込めば、春はやはり抵抗することなく、ゆるりと口を開いた。
「ぁ、ん……、」
ぴちゃ。と水音が小さく鳴り響き、春の柔らかく熱い咥内を舐めれば、鼻に抜けた甘い声が春から落ちてゆく。
そして春もまた必死に雅の舌に自身の舌を絡めてはちうちうと吸い付いてくるので、その拙さが愛らしく、しかしぞくぞくと背筋を震わせた雅は、春の腰にそっと手を這わせた。
「んっ」
ひくん、と身を震わせた春がきゅっと首に回す腕に力を込める。
それですら可愛く、するすると服の中に手を忍び込ませ、春の薄くも硬い腹筋や脇腹を撫でてゆく雅。
それにビクビクと春の体が震え、キシッとソファが揺れ動いた、その瞬間──。
「んんぅ……、」
と悠希が漏らした唸り声が、部屋を裂いた。
「「っ、」」
その声にピシッと体を固まらせ、咄嗟に唇を離しては顔を見合わせる二人。
しかしどうやら起きた様子はなく、横の良介にすり寄ってまたしてもスヤスヤと寝息を立て始めた悠希に、二人は安堵の息を吐いた。
「……あはは、」
「……ごめん」
「いえ、」
「いや、まじでごめん……」
気恥ずかしそうに笑う春だったが、しかし雅は、ハァー……。と深い息を吐き、春から腕を離しては項垂れ始めていて。
そんな雅に、突然どうしたんですか。と春は雅の背中を撫でた。
「雅さん?」
「……ごめん」
「いやだから別にそんな謝る事じゃ……、」
「……春の事、大事にしたいのに、すぐ手が出ちまう……」
「っ、」
「こんなんじゃ駄目だって、もっとちゃんとゆっくり話したり、デートしたり、春とゆっくり関係を築きたいと思ってるのに、どうしても近くに居たら触りたくなって、触れたらもっとって欲が出て……」
「み、雅さ……、」
雅の懺悔めいた言葉に、小さく息を飲み顔を赤くする春。
しかし雅は、今まで“セックスだけ”だという言葉でフラれてきており、それがトラウマになりかけていて。
だからこそ春の事も、春との事も大事に大事にしたいと思っているのだが、しかし思い返してみれば告白が成功したその日にお持ち帰りし、最後までは致さなかったものの、すぐに手を出してしまっている訳で。
それに昨夜だって、悠希達が帰ってこなければ自制できずに手を出してしまっていただろう。
そして今も、もっと触りたいと欲を出してしまった自分の堪え性の無さに不甲斐ない思いでいっぱいになった雅は、もう一度ごめんと呟いた。
「ごめん、春……」
「……なんの、ごめんですか」
「え、いや、だからその……、すぐに手を出そうとして、ごめん……。もうそうならないように気を付けようって思ってたんだけど……、お前を前にすると……」
「もう、 って言いました? どういう意味ですか?」
「そ、れは……、」
鋭く気付いた春の追及めいた言葉に、雅が言い淀む。
しかし尚もじっと見つめてくる春の眼差しは強く、雅は情けなくて言いたくなかったんだがとポリポリ頬を搔きながらも、素直に口を開いた。
「その、実は俺、昔からすぐフラれてて……」
「……え、」
「……男としては良いけど、彼氏としては最低でつまんないって言われてフラれるんだ」
「っ、」
「いや、それは確かにそうだったと思う。あっちからアプローチされて、何となく付き合って、セックスして……、でも、それだけだった。だからセックスが上手いだけが取り柄でそれ以外は良いところなんてないって言われても、仕方なかったんだよ」
「そんな事ない!」
雅の自虐的な言葉に、春がすぐさま怒った様子で声をあげる。
しかしそれから隣で寝ている良介と悠希にハッとしそろりと見たあと、起きる様子がない事に春がホッと胸を撫で下ろしたのが分かった。
「……そんな、雅さんの良いところがそれだけなんて、そんなの全然違う……、そんなの……、」
「……それは春だから」
泣きそうになりながら、そんなの全然違う。と必死に首を横に振る春に、……ああ愛しい。と目を細めたまま、雅はそっと春の頬を撫でた。
「ほんとに俺最低な奴だったからさ。それを春に出会って、気付けたんだ。……春にだけなんだよ。初めて、ずっと、もっと一緒に居たいって、笑ってくれただけで嬉しくて、名前を呼んでくれただけで胸が高鳴って、幸せにしたいって思ったのは、春だけ。だから、そんな事ないって言ってくれて嬉しい。ありがとな」
「っ、」
「でも、だから大事にしたくて……、春にだけは、つまらない奴だなんてフラれたくないから。……まぁどの口が言ってんだって感じだけど、でも触りたいと思ったのも春だけで……、だから俺今まじでほんと猿並みの思考回路しかなくて……、すぐ手を出そうとして、ほんとごめん……」
そうなるのは春だけ。なんて格好もつかないがせめてそれだけは知っていてくれ。と申し訳なさそうに謝りながらも、そう言い切る雅。
そんな雅に春は何とも言い難い表情をしたあと、それから雅の手を取った。
「来てください」
「へっ、」
「良いから来て。立って」
そうどこか抑揚のない声で言う春が立ち上がり、雅の手を引く。
その突然さと、やはり少しだけ不満さが含んでいるような気がする春の顔に、怒らせたか……? なんて雅は情けなく眉を下げながらも、歩きだした春に引きずられるようソファから立ち上がり、あとをついていった。
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