【完結】初恋は、

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その後

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 手を繋いだまま春と共に大学の校舎内を歩く雅が、キョロキョロと辺りを見回す。
 そうすればすれ違う人や遠くの方からでもチラチラと二人を見ては目を見開く人々の姿が目に入り、男同士で手を繋いでいるからだろうか。やら、やっぱりバレたのだろうか。等と思っていた雅だったが、しかし、どうやらそうではなく。
 確かに初めは皆一様に男同士で手を繋いでいる事に怪訝そうな表情をするのだが、けれどもそれが春だという事に気付いた瞬間、ポッカリと口を開けたり、ショックという風に目を見開いては、絶句しているのだ。
 その露骨な態度は男女問わずであり、それに、……んん?? と雅が頭を捻っていた、その瞬間。

『……えっ、うそ、あの手繋いで歩いてる男二人、一人は王子じゃん!』
『えっ!? あっ、うそ、まじだ! え、なんであんなガラ悪い男と手ぇ繋いでんの!?』 
『知らないよ!! ていうかあれ誰!?』

 だなんて二人組の女の子の話し声が聞こえ、雅は、えっ。と目を丸くした。

 今なんて、……王子? 王子ってなに。

 と頭の中で女の子が言った言葉を繰り返していた雅だったが、春はそんな周りの視線も声も気付いていないのか、嬉しそうに雅を見ては、ふふっと可愛らしく笑うだけで。
 その悩殺スマイルにまたしてもウッと雅が身悶え、途端に考えを放棄し、へらりと情けない笑みを返す。
 そうすれば、えへへっ。なんて更に笑った春がトンと肩をぶつけ密着してくるので、雅はもう堪らず天を仰ぎながら、あー可愛い!! と心の中で大絶叫する術しかなかった。



「ここがダンスレッスン室です!」

 数回曲がったあと、奥まった所にある扉の前に立ち手を離した春が、ジャジャーン! とポーズをする。
 それですら可愛く、一分一秒ですら可愛くない瞬間がないのかといっそ恐ろしくなりながらも、扉を開け中に入る春のあとに雅も続いた。

 広々とした空間は壁の一面が鏡になっており、隅にピアノや音響機材が置かれていて。
 そのまさにレッスンスタジオという風の場所に、どんな音響を使っているのだろうか。と場違いな好奇心が沸きつつも、雅はキョロキョロとその部屋を見回した。

「……ここでいつも練習してるんだな」
「はい」

 ニコニコと微笑む春が、床に放られたままだった自身の荷物を見つけ、あった! と駆け寄っていく。
 春の着ている黒のポンチョがふわふわと揺れ愛らしく、しかし黒のスキニーズボンが春の美しくもしっかりと筋肉の付いた足をぴたりと魅惑的に覆っていて。
 その、全身ブラックコーデながらもキュートさとどことなくセクシーさを匂わせる絶妙なバランスに、今日は小悪魔ちゃんスタイルなのか。なんて気色悪い事を考えながら、雅は春の方へと寄っていき、しゃがんでいる春を後ろからぎゅっと抱き締めた。

「わっ、あは、何ですか、雅さん」
「んー……、俺の恋人が可愛い過ぎるなぁって思って」
「っ、な、何言って……、」
「だってほんとだもん」
「っ、……だもんって、そんな事言う雅さんの方がよっぽど可愛いんですけど!」

 雅の可愛い子ぶりっ子な言い方に息を飲み、春がぐるんと振り返っては、雅をきつく抱き締め返す。
 蜂蜜色の柔らかな髪の毛が頬を擽り、そこから良い匂いがするのを雅はうっとりとした顔をしながらクンクンと鼻を鳴らし、それから穏やかに微笑み春を見つめた。


「……春、好きだよ」
「俺も好きです」

 好きだと言い合い、えへへ。と笑い合った二人が、そっと触れるだけのキスをする。
 それはひどく可愛らしいキスで、春の柔らかな唇を堪能していた雅だったが、しかし微笑みながら春がすっと唇を離した。

 それに、なんで。と少しだけ不満げな表情をする雅。
 そんな雅に小さく笑ったあと、春は、頬をぽわりと染めながらもどこか照れ臭そうに、口を開いた。

「……雅さん、」
「ん?」
「……ダンス、見ます?」
「……へっ、」
「この間ノリで撮った動画しか送れなかったから……だからその、」

 だなんて口ごもり、今ちょうどここに居るし。というように俯いている春。
 その気恥ずかしそうな仕草が堪らなかったが、けれども春のダンスを生で見れるなら願ってもない事だと、雅は途端に表情を明るくさせ、こくこくと必死に頷いた。

「み、見たい。まじで見たい」
「……あはっ、可愛い」

 雅の必死さに、可愛い。と呟き、ちゅっと触れるだけのキスをしてから春が立ち上がる。
 それは男前であり、キュンと胸を高鳴らせた雅はしかし、ちょっと預かっててください。とポンチョを脱いだ春から服を受け取って、座りながら春を見上げた。

 春の体をぴたりと包む、黒のタートルネック。

 それは春の無駄な脂肪など一切ないとても良く引き締まった体をまざまざと見せつけており、すらりと細い春にとても良く似合っていて。
 だがやはりぴったりとしたズボンから分かる発達した太ももが目に毒で、そして春が音楽をかけようと機材の方へと歩いていく後ろ姿から見える、きゅっと引き締まった綺麗な丸いお尻に、うっ、と雅は邪な想いで小さく唸ってしまった。

「雅さん?」
「な、何でもない」

 突然低い声で唸った雅を心配したのか振り返った春の純粋な眼差しが刺さり、春と恋仲になってからすぐにネットであれやこれやと調べ、“男同士はケツを使う”という知識を得ている雅はしかし、慌ててパッパと雑念を振り払い小さく笑った。

 そんな何とも言えぬ笑顔に、ん? と春が首を傾げたが、それから微笑み返し、携帯とスピーカーを連動させては、良し。と振り返った。


 ──その春の顔はいつもの柔らかな愛らしさを潜めさせ、精悍な男性美を剥き出しにしていて。

 それに雅がビリッと背筋を震わせ息を飲めば、春は真っ直ぐにセンターへと歩き、そこでピタリと足をクロスしながら止まって、俯いた。

 そして音楽が流れた、瞬間。

 前を向いてこちらを見る姿はもう雅の知っている愛らしい青年ではなく。瞬く間に一人のダンサーが、宙を舞っていた。


 助走もなくくるりと宙返りをしたかと思うと、ビートに合わせ軽やかに、そしてしなやかにフロアを踊り走る、春。
 指先まで洗練された美しさを纏い、バレエのような柔軟さ、しかし武術のような鋭利さを含んだ動きは素早くて。

 春のダンスを見た瞬間周りの景色は消え、春にスポットライトが当たっているかのような錯覚さえ起こさせるほど、その姿はあまりにも綺麗であり魅惑的でもあって、ぶわりと全身に鳥肌を立たせた雅が目も口も開いたまま、春だけを見た。

 ダンッと響く春の着地音ですら音楽にマッチしており、しかしふわりと飛ぶ瞬間は音もなく、まるで重力などないよう、春は自身の体を意のままに操っている。

 細い体はそれでもありありと存在感を示し、例え今この場に沢山のダンサーが居たとしても春はきっと誰よりも輝いているだろうと分かるほどのその圧倒的なダンススキルに、やはり雅はあんぐりと口を開けるしかなく。

 そんな雅に時折ちらりと視線を投げては妖しく笑う春は耽美そのもので、ごくん。と思わず無意識に生唾を飲み込む雅。
 そんな雅を他所に、春は体を翻し、軽やかに宙を舞い、フロアを我が物にしていて。

 曲は重く甘く、春のセクシーさと美しさ、それでも滲む愛らしさにぴったりとマッチしている。
 その魅惑的な音楽に合わせ縦横無尽にフロアを踊り舞う姿は、あまりにも息を飲むほど綺麗で素晴らしく、正しく“アート”だった。




 
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