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しおりを挟む「あ、そうだ! さっきも中途半端で終わっちゃったから言えなかったんですけど、チケット代いくらですか?」
「いや、いいって」
「だから、いいわけないじゃないですか!」
「……」
「いくらですか」
「……いらないって。年下にまで払ってもらうほど困ってない」
「……」
「……」
「……」
街灯がぽわりとその場だけを照らす、薄暗い公園。
そんな暗い冬空の下、ベンチに並んで座り気恥ずかしげに笑い合っていた二人だったが、払う要らないの押し問答を続け、互いの頑なな態度に、しんと重苦しい空気が流れ始めていた。
黙ってしまった春に、最後突き放すような冷たい言い方をしてしまったか。と気まずさからポリポリと首の後ろを搔いた雅。
しかし未だお互い黙り込み、ますます春が不満げに眉間に皺を寄せるのを見た雅は、……そういう表情は男らしく見えるな。なんて場違いな事を考え新たな一面にときめきながらも、恥ずかしげに口を開いた。
「……見に来てくれるだけで、嬉しいから、いい」
そう正直に話した雅に、分かりやすく春が目を見開く。
その顔は愛らしく、鼻の頭を擦りつつ雅もチラリと春を見つめ返した。
「……まじで、それだけでいいから」
「……それ、誰にでも……、」
「え?」
春がぼそりと呟いた声が聞き取れず、え? と雅が聞き返したが、春は何だか儚く笑うだけで。
「……いえ、何でもないです」
「え、いや、でも何か……」
「何でもないです。……じゃあもう今回はお言葉に甘えさせてもらいますね。ありがとうございます」
「……あ、あぁ、うん……」
「ライブ、楽しみです」
「……別にそんな凄いライブじゃないけど」
「何言ってるんですか! 絶対凄いって分かってますから! それに、早く拓真さんと慎一さんにも会ってみたいですし」
「……煩いだけだから会わなくていい」
「あはっ、本当に仲良しなんですね」
「今の会話で何でそうなるんだよ」
先ほどの春の様子が気にかかりつつも、自身の事を話した際に拓真と慎一の名前も出していた雅は、早く会いたい。だなんて笑う春に、途端にげんなりとした表情をした。
まじで煩いだけだから。と再度念押しをした雅だったが、春はケラケラと笑い声をあげるだけ。
それが可愛らしく、ぼうっと見惚れていた雅はしかし、寒さから堪らずくしゃみをしてしまった。
「……っ、へっくし」
「わ、大丈夫ですか?」
「……ん、でも寒すぎる」
「……マフラーも手袋もしてないですもんね……」
「マスクもしてくるの忘れたから顔も痛いわ」
「……あ、それでちょっと気になってたんですけど、いつもマスクしてるのってやっぱり身バレ防止とかなんですか?」
「は? 何、身バレ防止って。別にマスクしてるのに意味なんてないけど」
「えっ!? わざと隠してるのかなって思ってたんですけど!」
「何でだよ。そもそも何でわざと隠すわけ」
「だってほら、有名ですし」
「は?」
「ラッパー"K"って検索したら、めちゃくちゃラップが上手くてイケメンってネットにですら出てきますもん。有名じゃないですか」
「っ、」
アンダーグラウンドで活動しているとはいえ、確かに雅の人気は凄く。
ネットで名前を検索すればあらゆる情報や画像が出回っている。
それを今まで特に気にしていなかったが、けれども春がわざわざ自身の名前を検索したという事に雅は息を飲み、良い情報やマシな画像であってくれ。だなんてもう何度もダサい所を見られているというのにそんな事を思いながら、しかし何と返事をすればいいのか分からず、視線をさ迷わせた。
「……」
「……あ、ネットに出てるなんて言われるの、嫌ですよね……」
「いや、そこは別に。……ただ、春が見た記事とかそういうのに良い事だけ書かれてれば良いなと思っただけ」
「っ、……安心してください。今人気急上昇の天才ラッパーとか、超絶高速フロウラッパーとか、鋭く美しい見目から吐き出される多彩な声と挑発的な歌詞、とか、めちゃくちゃ絶賛されてるような記事ばっかりでしたよ」
「……それも、なんか、……」
「わはっ! もしかして照れてます?」
雅が鼻の頭をちょいちょいと擦りつつそう呟けば、弾けるような声をあげた春が、『可愛い』だなんて笑う。
その言葉に、何がだよ。とむくれた雅の姿もおかしいのか、春は更に笑みを深めるだけだった。
「ファンの方が撮ってた動画も見たんですけど、音割れ凄くて……、だからライブに行けるのすっごく楽しみにしてるんです」
「……聞く?」
「えっ」
「デモ、あるけど」
「っ! 良いんですか!? え、嬉しいです!! 聞きたい!!」
「……期待するなよ」
春の予想外の熱意に、軽いノリで聞くかと聞いてしまい気恥ずかしくなった雅が少しだけバツの悪そうな顔をしながらも、携帯を取り出す。
それから自身の音楽トラックリストを開き、これで良いか。と適当な曲を選んだ雅は、再生ボタンを押した。
途端に、静かな夜の公園に響き始める、重低音。
重いサウンドはしかしどこか哀愁を漂わせ美しく、そしてその音に雅の声が乗っていく。
それに、一瞬だけ春が息を飲んだのに気付いた雅は、ひどく落ち着かない様子でソワソワとしだしてしまった。
自身の曲を誰に聞かれようが普段はどうとも思わないが、しかし今隣に居るのは春である。
春が、俺の曲を聞いてる。
そう思ってしまえば気に入って貰えるだろうかと不安しかなく、うぅぅ……、と心臓さえ痛くなってきた雅は、ライブ前ですらこんなに緊張した事がないまま、隣の春を見れずに携帯を手にしたまま俯いてしまった。
──そうして、数分が過ぎた頃。
曲は無事に終わりをむかえ、しかし一言も発しない春に、お世辞すら言えないほどひどかったのか……? と不安が爆発しそうになった雅が叱られ項垂れる子犬のような表情をした、その瞬間。
「……す、すごいです!! すごく格好良いです雅さん!!」
だなんてバッと雅の方を向いて、ぐっと距離を縮めてきた春。
その顔は興奮と喜び、それから尊敬で溢れ赤らんでおり、キラキラと輝く瞳は嘘ではないと証明してくれているようで。
そんな春の後光すら見える笑顔にノックアウトされそうになりながら、ドクドクと心臓を高鳴らせた雅は、しかし安堵の息を吐いた。
「ほんとに凄いです! めちゃくちゃ格好良い! 最高です!!」
「っ、あ、あり、がと……」
「まだ鳥肌立ってますよ俺! 聞いた瞬間、こう、アドレナリンがぐわーって! ……うわー、ほんとに凄い……」
余韻に浸りながらも、凄い凄いと口にする春の愛らしさ。
それにやはりウッと心臓を貫かれた雅は顔を赤く染め、視線をキョロキョロとさ迷わせた。
「……いや、褒めすぎ」
「本当の事ですから!」
「っ、……ありがと」
「こちらこそ聞かせてくれてありがとうございます! ほんとに凄い!! ほんとに今からライブが楽しみです!!」
春の明るく弾けた声が、夜の公園に響いては溶けてゆく。
その愛しさに、にへらと頬を弛めていた雅だったが、それから、ごくりと小さく唾を飲んだ。
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