吸血鬼、恋を知る。

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 とりあえず男の持ってきた沢山の荷物を半分持ってやりながらリビングへと案内し、物珍しげにキョロキョロと室内を見回す姿がまるで小動物のように可愛らしいなとまたしても脇腹を抉られるような想いでいっぱいになった雪人は、突然身に起こった衝撃の数々に疲弊しきっていて。
 今すぐ部屋に籠って寝たいと思いつつも、そうする事など到底出来ぬまま男をソファへと座らせ、向かいのチェアに腰掛けた雪人は口を開いた。

「──それで、優和は俺に何も言わなかったからちょっと確認したいんだけど、……君は、人間ですよね?」

 そう聞いたものの、勿論目の前の男を見る事はなく。
 これ以上直視したら死んでしまう。と何をしても絶対に死にはしないというのにそんな事を思いながらも、部屋のなかに満ちる男の甘い魅惑的な血の匂いに抵抗するよう、雪人は惨めにひっそりと口呼吸をしていた。

「えっ!? 言ってなかったんですか!? ……だから驚いて扉閉めたんですね」
「えっ、……あぁ、はい、まぁ、そうですね。すみません」
「いえ、大丈夫です」

 何もドアを閉めた理由はそれだけではなかったが、まぁそういう事にしてもらった方が良いだろう。と雪人が曖昧な返事をしては頭の後ろを掻く。
 そんな雪人が面白かったのか、男が小さな笑い声を上げていて。
 それが本当に愛らしく、少しだけ深みのある落ち着いた柔らかな声に雪人はまたしても心臓を鷲掴みにされた感覚に陥りながらも、抗えずに男をチラリと見た。

月島蒼つきしまあおです」

 そう自己紹介をしながら、雪人をしっかりと見てふわりと微笑んだ男こと、月島蒼。

 どこか外国の血が少しだけ入っているのか、あたたかみのある金色の柔らかい綿毛のような髪の毛が、部屋の暖房の風に揺れている。
 薄い茶色の瞳は一重だがどことなく下がった目尻が愛らしく、ぽちょんとしたボタンの鼻はこじんまりとし、それでも美しく滑らかな曲線を描いていて。
 だが柔らかな目元や愛らしい鼻とは対照的に、肉厚でぽってりとした艶々の唇は魅力的で、幼さのなかにどこか滲み出る色気に雪人は慌ててまたしても目を逸らしながらも、最後の最後、男性にしては華奢で、かつ滑らかでキメ細かそうなその惜しみ無く晒された首元までを見てしまった。

「……綾瀬雪人です」
「優和から聞いてます。音楽プロデューサーさんなんですよね?」
「……まぁ、はい」
「凄く格好良いです」
「……どうも」

 ただのお世辞にですら過剰反応してしまいそうになる雪人は大きな手をぐっと握り締め耐えながら、しかしいつまでもまるで赤子のように恥ずかしがっていては何の話も進まない。と一度気付かれぬよう深呼吸し、それから蒼を見た。

「……まぁあの馬鹿から聞いてて知ってるでしょうが、俺はもちろん吸血鬼な訳でして……」
「はい」
「でも吸血鬼だからといって君に噛み付いたり傷付けたりはしないので、そこは安心して欲しいです」
「蒼で良いですよ」
「……は?」
「君じゃなくて、蒼って呼んでください」
「っ、あぁ……、じゃあ、蒼」
「ふふ、はい。雪人さん」

 ふっくらとした美しい唇から溢れ落ちる自身の名に、雪人がまたしても小さく息を飲む。
 だが蒼は単によそよそしいのは好きじゃないからと言わんばかりに微笑んでいて、その愛らしさと神々しさに太陽を浴びたのかと言うほど目を細めた雪人は、されど小さな咳をひとつして本題へと戻った。

「ゲストルームを好きに使ってください。あと冷蔵庫の食材や飲み物も適当に食べたり飲んだりして良いですし、基本俺は作業部屋に居るので何かあれば声をかけてもらえれば対応します。あと火曜日と金曜日は会社のスタジオで作業してそのまま帰ってこない事も多いですが、そういう時でも何かあれば遠慮なく電話してくれて良いので」
「……あっ、はい」
「……なに?」

 どこか呆けたあと驚いたように返事をする蒼に、雪人が片眉を上げながら問いかける。
 そうすれば蒼は鳩が豆鉄砲を食ったような顔から、しかしふにゃりと表情を弛めては美しく笑った。

「いえ、優和から雪人さんは面倒見が良いって聞いてたけど、本当なんだなって」
「……それは、どうも……」
「ふふ、あ、それから敬語はやめてください。僕の方がうんと年下ですし」
「……あ、はぁ、まぁ、そう、だな……」
「はい」
「……」
「……」


 緊張しまくっている雪人のせいで会話が弾まず、お互い黙り込んでしまい、気まずい沈黙がリビングのなかに満ちていく。
 だがその息すら止まりそうな重苦しい沈黙を破ったのは、蒼の方だった。

「あっ、食材って言ってましたけど、料理とかするんですか?」

 そう聞かれた言葉は、吸血鬼なのに血液以外を摂るのか。というニュアンスが含まれているように感じて。
 そして先程からストレートに言葉を投げ掛けてくる事から感じていたが、どうやら蒼は社交性が高く人懐こい性格のようで、数少ないやり取りの中からだがそう感じた雪人は少しだけ緊張をほぐし、その言葉に今度はわざとらしく驚いた表情をしたあと、片眉をあげた。

「……なに、まさか吸血鬼は血液以外は口にしないし、部屋も暗幕で覆ってるからロウソクの灯りで生活してて、コウモリや霧になれるのに鏡には映らないし、ニンニクが嫌いで十字架に怯えるし、棺の中で寝て光に当たると消滅したりするとでも思ってる?」

 そう持ち前の皮肉さを取り戻し、そんな迷信を信じているのかと小馬鹿にするよう言い放った雪人が蒼を見れば、蒼は一度ぱちくりと瞬きをしてから、慌てて手と首をブンブンと振った。

「ちがっ、そんな事思ってません!! バカにしたり差別したかった訳じゃなくてっ!!」
「……」
「……す、すみません……。ほんとにそんなつもりじゃなくて……、」
「……ふはっ」

 蒼が懺悔するよう眉をハの字にしながら呟くので、その濡れた子犬めいた見目が可愛らしくもあり、雪人は堪らず綺麗な鋭く尖った二本の牙を覗かせて吹き出してしまった。

「っ! ……怒ってない、んですか?」
「吸血鬼は短気だなんてどこにも載ってないだろ」
「っ~~、もう!」
「あはは!」

 からかわれていただけだと知った蒼が安堵の息を吐いたが、しかしその言葉に尚も、テンプレートにはそんな項目ないだろう。と雪人がからかう。
 そうすれば少しだけ苛立ったように蒼が叫んだのがおかしかったのか、雪人はまたしても珍しく声をあげて笑った。

 部屋には重々しい空気などもう一切なく、二人の間に温かで柔らかい時間が流れている。

 雪人につられるよう、怒っていた表情を崩し気恥ずかしそうに笑う蒼はやはりとても愛らしく美しくて、雪人は目の前の名前しか知らぬ男をそれでもこの世界の中で誰よりも美しく可愛いともう認めざるを得なかった。

 ……今さら、誰かに恋をするとは。

 だなんて早々に自身の心を破壊された事を認めた雪人は、ズキズキと痛む心臓を抱えたまま、その恐ろしさに少しだけ戦きながらも、抗えぬよう微笑む蒼をじっと見ていた。




 
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