【完結】君と恋を

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君と恋を~誠也とカイの話~

誠也×カイ その後 3

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 ──どこからか、朝を告げる鳥の囀りが聞こえる。

 ふわりと吹く乾いた風が柔らかく肌を撫でてゆく感触に、未だ微睡みに揺れる脳のままうっすらと海が瞼を持ち上げれば、まだ少し見慣れぬ天井の木目が目に映った。

 それをぼんやりと見つめつつ少しだけ身を捩った、その瞬間。
 腰に響く鈍痛と臀部の違和感に、ぐっと海の眉間に皺が寄った。


 素肌に触れる、シーツの感触。
 生肌で温められたそこはぬるく、ほわりと籠る熱が心地よかったが、そろりと自身の体に視線を投げれば鬱血した痕が幾つも付いていて、その痣に瞬時にして昨日の記憶が走馬灯のように過ってしまった海は、ボボッと頬を朱に染めた。


 何度も体を繋げていたというのに、初めて知った自分を見つめてくる野獣さに満ちた瞳。
 優しく、だが己の体を根こそぎ奪ってゆく掌の熱さや、至る所に這わされる指。
 何度も落とされた唇の感触にぬるつく舌や、向かい合って口付けし合う気持ち良さ。

 頬に掛かる吐息も眉間に寄る皺も、何もかもが初めて見る誠也の姿で、揺さぶられ息も絶え絶えに霰もなく声をあげ快楽に溺れる自分を可愛い可愛いと言ってくるその蕩けそうな声すらも思い出し、その誠也の全てが今までひたすら己を出さぬようにと我慢していた体を破壊し、そしてやっかいなモノを混ぜ込みながら再構築していった事をまざまざと思い出してしまって、海は堪らず毛布を頭まで深く被った。


 脈拍は計らずとも正常とは言い難く、煩く鳴り響いているのが分かる。
 血流は脈々と全身に羞恥を行き渡らせ、どうにか落ち着こうと深呼吸をしたが、不意にもぞりと横で動く気配になぜだか息を飲んでしまった。

 びくりと身を揺らし、そろりと毛布から顔を出した海の瞳に映るのは、少しの空間を間に開けつつもこちらを向いて未だ気持ち良さそうに夢の淵を漂っている、誠也の姿で。
 その呑気な顔に、思わず海の額に青筋が浮く。

 俺の体を無駄に、こんな無様に作り変えたクセにナニを一人呑気に寝こけてんだ。

 そう沸く苛立ちのままその顔を見つめていたが、いつしか海は視線を逸らすことも、怒りも忘れ、ただぼんやりとその寝顔を見つめてしまっていた。


 カーテンの隙間から差す朝日で輝く産毛や、凛々しい眉。
 瞳は隠れているが彩る睫毛が美しく、滑らかな曲線を描く鼻筋にうっすらと開かれた唇など、普段チャラさで相殺されているが実はちゃんと整った顔をしている誠也の、その文句の付けようがない造形を目の当たりにしてしまった海はそれでもハッとしたよう所作なく視線を逸らしたが、目に映る髪型にまたもじっと誠也を見つめてしまった。

 ワックスで跳ねさせた誠也の見慣れたいつもの髪型は崩れ、どこか幼く見える誠也のその髪を乱したのは紛れもなく昨夜の自分だという事に、海がごくりと小さく唾を飲みこむ。
 快楽に溺れながら何度も何度もぐしゃりと掻き回した感触を思い出し、チリッと焦げ付くように痺れた指先。
 途端、身の内にずくりと疼く熱が肌を粟立たせ、堪らず唇から熱い吐息が零れ落ちてゆく。
 それを抑えようと海は唇に手を当てたが、指先に残る誠也の整髪料の匂いは、むしろ逆効果だった。


 今までも寝顔なんて何度も見ているというのに、昨夜の体験のせいでこんなにも胸が高鳴り、思い出しただけで、こんな……。とひくひく震える自身の体を抱き締めつつ、宿る熱の浅ましさに、こんなんやっぱり知らなかった方が。と歯を鳴らしたが、胸の奥深くに走る甘い痛みに海は瞳を細め、無意識に目尻をほわりと赤く染めたのだった。



 ──それから、熱を振り払おうと一度海が深く深呼吸をしたが、その音に誠也の瞼がピクリと震え、睫毛の先が揺れた。
 そのゆっくりと開かれていくさまから目が逸らせず、赤い顔のまま見つめている海を誠也の瞳が捉えた、瞬間。
 優しさと甘さ、それからこの世の愛しいモノ全てを詰め込んだような色を湛えて、

「……おはよ、うみさん」

 なんて誠也が掠れた声で囁いてくる。
 その声を聞くたび、背筋に走り抜けるビリビリとした電流にふるりと身を震わせた海は堪らず、返事をする事なくもう一度毛布を深く被り顔を隠してしまった。

 喚く鼓動がこめかみを殴ってくる感覚に、うるせぇ、と海が歯を噛み締め耐えていたが、

「えっ、………あっ、うみさん、体痛い? 昨日調子に乗って無理させ過ぎたよね? ごめん、大丈夫?」

 などと覚醒した頭で心配げな声色を出す誠也が、海の威嚇めいた動作を気にするでもなく開いていた空間を無視し、ぐいっと近寄ってくる。

 元々ひとつの毛布を共有している為、誠也も中に潜り込んでしまえば、海のささやかな抵抗など、何の意味もなく。
 だが心配さを滲ませていただけの誠也の瞳に映ったのは、肢体の至る所に華を咲かせ、肌を淡く桜色に染め上げている、海の姿だった。


 陽の光が透ける薄い毛布の下で見るその顔は耳まで赤く、頼り無さげに瞳を揺らしては薄い唇をキュッと一文字に結んでいる恥らい交じった美しい表情のまま、

「…み、んじゃねぇ、ばか……」

 なんて妖艶さが入り交じった瞳で、海が誠也を見つめ呟く。
 その声は小さくどこまでもか細くて、しかし林檎のように染まった頬は可愛らしく、開いた唇の隙間から覗く歯はどこまでも美しく、不意にチラリと見える舌先の濡れた赤さが、艶かしかった。


 その扇情的な姿にまざまざと昨日の海の乱れよがる姿を思い出し目を見開いた誠也が少しの間のあと、ゆっくりと唾を飲み込み、


「……うみさん、」

 と甘さを潜めて、海の名を呼ぶ。
 その囁かれた声は明らかに先程とは違う色を宿し、昨日と同じく獰猛な獣のようにぎらついた視線で見つめてくる誠也のその瞳に、海はらしくもなく体を固くしてしまった。


 遮断された、白の世界。

 二人だけの空間で視線がかちりと噛み合ってしまえばもうどうする事も出来ず、そろりと伸ばされた誠也の指先が海の頬を優しく撫でた、その瞬間。
 ふるりと身を震わせた海もまた沸く熱に諦めにも似た吐息を溢し、誠也の乱れた髪の毛に骨ばった指を差し込んだのだった。



【 ひらいて見せて、その全てを僕に 】




 
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