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君と恋を~誠也とカイの話~
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しおりを挟むそうして、涙にまみれたプロポーズを経て二人が交際をスタートした、翌日。
カイは告白の時と同じくらい緊張し冷や汗を流しながら、ガヤガヤと煩い居酒屋の前に立っていた。
ぐるぐると胃のなかが回転しているような気持ち悪さに、はぁ、と重い溜め息を吐いていれば、ガラガラと扉が開いたかと思うと、誠也が顔を覗かせた。
「うみさんなにしてんの? 早く来てよ」
なんて有無を言わさぬ力で腕を引かれ、中へと引っ張られたカイは、
「おま、もっとこう、心の準備とかさせろよ!」
と噛み付きながらも、顔を蒼白にさせ誠也に引きずられるがまま、後を付いていった。
「はーい、お待たせ~」
呑気な声で奥の座敷のスペースの暖簾をくぐってきた誠也に、裕、蓮、有人、石やん、瑛といういつものメンバーがそれでもその後ろを凝視していれば、おずおずと気まずそうに入ってきたカイの姿を捉えた、瞬間。
全員が全員、……え、嘘だろ!? と目を見開いた。
「は、え、ちょ、誠也おまえ……、出勤したと同時に突然結婚するとか言い出して、困惑してる俺たちをよそに今日その人を俺らに会わせるからって言ってなかった、っけ……?」
そう口を開いたのは、瑛で。
そんな瑛に同調するよう頷くメンバーに笑ったかと思うと、
「そうだよ? おれ、うみさんと結婚すんの」
だなんてとても嬉しそうに誠也が言うので、皆はまたしてもしばし沈黙したあと、堰を切ったかのように、「いやだから何がどうしてそうなったんだよ!! ていうかうみさん!!?」と総突っ込みを入れたのだった。
それから、とりあえず座ってください。と座らされたカイは、冷や汗をだらだら流しながらそれでもぐっと拳を握り、誠也が事のあらましを説明するまで、じっと耐えた。
そして、誠也から話を聞き呆けているメンバーにヒュッと息を飲んだあと、
「……今まで、本当に悪かった。……自分がしてきた事を忘れた訳でもないし、ましてや謝ったんだから許してくれだなんて言うつもりもない。謝って済む問題じゃない事くらい分かってる。それでも、やっぱりこの言葉しか出てこなかった」
と静かに言葉を紡いだあと、それでも、とカイは言葉を繋げた。
「……それでも、誠也を好きでいる事だけは許してほしい。俺が、誠也の側に居ることを、許してください」
そうはっきりと言い切り、その場で土下座したカイ。
途端、……シン。とした空気が、ガヤガヤと騒がしい居酒屋に似つかわしくなく落ちていく。
その沈黙を破ったのは慌ててカイの体を起こそうとさせた誠也で、しかしその誠也を制したのは、「ちょっと誠也は黙ってて」と鋭く言い放った蓮だった。
「……俺は、カイさんを許してない」
「ちょ、おい蓮、」
「ごめん、裕も黙ってて」
「……」
「誠也も裕も、カイさんの事もカイさん達がしでかした事も笑って許してますよね。別に俺だって自分がされた事に関してはどうでもいいし、謝ってもらわなくても許してるっていうか、気にしてもないです。でも、誠也にひどく当たってた事と、裕を暴行した事だけは俺は許せない。大切な友達と恋人が傷付けられたんです。その事実は変わらない」
そう静かに、しかし腹に響くような怒りの滲む声で言う蓮に、瑛や石やんが息を飲んだ音が聞こえる。
そしてカイもひたすらに頭を下げたまま、その言葉を静かに受け止めていた。
またしても沈黙が流れてゆき、しかしその沈黙に深い溜め息を吐いた蓮は、
「……だから、俺はホストとしてのカイさんがしてきた行動は、許せない。でも、誠也の恋人としてのカイさんなら、信じたいです」
と声を柔らかくし、その言葉にバッと顔を上げたカイを、真っ直ぐ見つめた。
「……カイさん、もう裕や皆を傷付けないって、誠也を悲しませたり裏切ったりするような事はしないって、約束してくれますか」
はっきりと明確な答えを下さい。と凄む蓮に、カイも真っ直ぐ蓮を見つめ返し、深呼吸をしてから口を開いた。
「それだけは絶対に約束する。……俺は、誠也と新しい人生を生きていきたい。誠也を幸せにするって、約束する」
そう明言しきったカイに、いつもの優しげな笑みを浮かべた蓮。
「……カイさん変わりましたね」
だなんて嬉しそうに呟き、蓮はそれから、誠也を見た。
「おい誠也、お前もだからね。カイさんの事悲しませたり裏切ったりしないって誓え」
「いやさっきからなんでお前そんな偉そうなの!? ていうか当たり前に誓うし!」
蓮のおどけた雰囲気に誠也が軽口を返し、それから、皆に愛されてんなぁ俺。と誠也が笑い、それにつられるよう、皆も笑った。
「良かった……良かったねぇ~~! ハッピーエンドだぁぁぁ」
和やかな空気のなか、突如感極まったのかそう叫んでは泣き出した石やん。
泣き上戸な人情熱いおじさんのように、大円満だ。と嬉しそうにし、その不細工すぎる泣き笑いに釣られたのか、瑛も少し涙ぐんでいて。
それを有人は静かに見つめながら、まぁ俺はこいつらの気持ち知ってたけどね。なんて心の中で笑ったが、しかし今回のタイミングを逃していたらきっと一生もう会うことすら無かっただろうと、恋愛にはタイミングも必要だと知っているからこそ、ヒヤヒヤさせやがって。と胸を撫で下ろした。
──が、そこでハッとし、有人は徐に口を開いた。
「……ちょっと待って。ということは、ナンバーツーもナンバーワンも、恋人は男って事か……!? ちょ、うちの店どうなってんだ!!」
なんて頭を抱える有人。
それを見て皆一斉に目を瞬かせ、それから、確かにそうだ! すげぇ~~! と笑い転げた。
裕はそんな皆を見つめ、同じよう笑いながら、蓮が言い出した時はどうなる事やらと思っていたが良かった。とカイを見た。
まるで憑き物が落ちたように一緒になって楽しげに笑っているカイの笑顔は、とても優しくて。
きっとカイさんもホストクラブ【ROSE】で人生が変わった一人だね。と心の中で思いつつ、これから誠也と共に幸せな道を歩んでいくだろうカイに、なんだかこっちまで幸せになるなぁ。と目を細めた。
皆の、渦のような弾ける笑い声。
そのなかで誠也を見つめては、見つめ返してくれる眼差しの優しさに、……ああ、こんな未来が俺にあったのか。とカイは堪らず唇の端をひしゃげてしまった。
そして、永遠に引かれ続けていると思っていた白線が誠也に柔らかく溶け込んでいくのを見た気がしたカイは、その眩しさと胸を締め付ける愛しさや恋しさや幸福に、泣きそうになりながらも、ひどく嬉しそうに笑った。
そんなカイを見た誠也もまた、うみさんって案外泣き虫なんだなぁ。なんてカイの知らなかった一面に愛しさを募らせながら、そっと机の下でカイの手を握り、離さないから。と微笑む。
そんな優しく楽しい夜は、カイと誠也のこれからの幸せを願いながら、ゆっくりゆっくり穏やかに更けていくばかりだった。
【完】
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