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君と恋を~誠也とカイの話~
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しおりを挟む──あのゴミ捨て場での失態めいた大告白から急いで部屋へと戻ってきたカイは、とりあえずずっと極寒の外に居た誠也を風呂場へとぶちこみ、捨てることなんて出来ず置いたままだったいつぞやの誠也の服を、クローゼットの中から取り出した。
……もうこの服を誠也が着ることなんて無いと思っていたのに。
そう考えてしまったカイは小さく苦笑し、それでも心は晴れやかなまま脱衣所にその服を置いて、誠也が風呂から上がってくるのをソワソワと落ち着かない様子で、待った。
そうして、十数分後。誠也が脱衣所に綺麗に畳まれて置かれていた昔の自分の服に感極まりながら、
「カイさん、俺の服取っておいてくれたんだ」
なんて至極嬉しそうに部屋へと戻ってきたので、カイはなんだか途端に物凄く気恥ずかしくなり、誠也の顔をまともに見れず何かを言いかける誠也を制し、自身も風呂へと入ったのだった。
ザァザァ。とシャワーを頭から被り、冷えた体の、それでも誠也が自分を好きだという事実に火照る頬を抑えながら、烏の行水の如くさっと出てきたカイ。
そうすれば所作無げにキョロキョロと部屋のなかを見回しつつ、数年前と変わらない定位置であったローテーブルの前に座っている誠也の姿を見て、カイは人知れずズズッと鼻を啜ってしまった。
しかしその音にバッと振り返った誠也がパァッと表情を明るくさせ、お帰りなさい。と笑う。
その声も、その笑顔もひどく優しくて、カイはまたしても泣いてしまいそうになりながら、……おう。とだけ呟き、誠也の向かいに腰を下ろした。
「……」
「……」
「……ねぇカイさん、俺の事好きならなおさらなんでずっと俺の事避けてたの?」
暫しお互い無言だったが、意を決してという風にテーブルの向かい側に座っている誠也がずずいっと顔を寄せ、聞いてくる。
しかしカイはぽたりと誠也の髪の毛から落ちる滴を見つめ、眉間に皺を寄せながら、「とりあえずちゃんと髪の毛拭けばか」と誠也の首にかけられたままのタオルを取り、がしがしと誠也の頭を乱暴に拭ってやった。
「わわっ、あ、ありがとうございます……」
「……」
「……」
「……俺は、お前とか蓮とか裕みたいに真っ直ぐ自分の気持ちに正直には生きれなかった」
「……え?」
「……俺さ、小さい頃、お嫁さんになりたかったんだ。女の子になりたいって訳じゃなかったけど、女の子みたいに愛されてみたかった。馬鹿みたいだろ。……そんでまぁ、生い立ちとかそういうのもあって、周りの奴らから馬鹿にされながら生きてきた。だから、人と違うって弾き出されるのが、だんだん物凄く嫌になっていってさ。そのうち自分自身そんな自分が嫌になってきて、だからそんな夢も何もかも隠そうって決めて、ずっと周りの奴らを、自分自身を騙しながら生きてきたんだよ」
「……」
「そんな時にお前と出会って、今までひた隠しにしてきたモノが隠せなくなっちまうくらい好きだと思った事が、怖かった。……お前を好きだってバレて、皆に、お前に気持ち悪いって言われるくらいなら、嫌われた方がマシだと思った。だからあんな馬鹿な真似した。ほんとに、悪かった……」
誠也の頭を掴み下げさせたまま、しかし震え消え入りそうな声で捲し立て話したカイは、初めて人に自分の事を話した緊張からガチガチに体を固まらせていたが、それでも、誠也にだけはきちんと伝えなければいけないと思ったのだ。と息を吐いた。
こんな卑屈で卑怯な自分でも、きちんと全て見せなければきっといつかまた息苦しさで向き合う事から逃げてしまいそうだと思ったからこそ、カイがごくりと喉を鳴らしながら、誠也の言葉を待つ。
どくどくと心臓がまるで耳のなかで鳴っているかのような錯覚に陥ってしまうほどの緊張感に、酸欠で死んでしまいそうだ。とカイがぎゅっと目を閉じていれば、向かいから身を乗り出した誠也に突然抱き締められてしまい、カイは目を見開いた。
ガタッと軋む、ローテーブル。
呼吸さえ苦しいほどきつくきつく背中に腕を回され、慌ててカイが誠也の名前を呼ぼうとした、その時。
「……カイさん、大好きです」
だなんて涙声で呟かれた言葉に、カイは数秒のあと、鼻の奥がツンと痛くなるのを感じた。
「誰が何と言おうと、俺はあなたが好きです。……大好きです」
「……っ、……ぐすっ、うん……」
「一生、何があっても、大好きです」
「ずずっ、うん……」
「だから、俺のお嫁さんになってください」
そう言いながら少しだけ腕の力を弛め、真っ赤になった瞳で真っ直ぐ見つめてくる誠也。
それに、なんだよそれ。いつもヘラヘラしてるくせにこんな時だけ真剣な表情をするなよ。だとか、ていうかそれは子どもの頃の馬鹿な夢だって言っただろ。だなんて笑い飛ばしてやりたかったのに、カイはやはりぼろぼろと泣きながら口の端をひしゃげる事しか出来ず、
「……ふ、うぅ……、っ、はい……」
なんて呟き、誠也の背をきつく抱き締め返すので精一杯だった。
はい。と呟いたカイに誠也も鼻の頭を赤くしたまま、それでもいつものように穏やかな笑みを見せる。
それから、カイさん……。と囁きそっと顔を近付けてくるので、カイは涙で濡れた瞳をぎょっと見開き、慌てて誠也の口を手で塞いでは、「ま、まて、まてまてまて」と顔を真っ赤にした。
「むごっ、ひゃ、ひゃんで……」
良いムードをぶち壊され、口を塞がれた誠也が眉を下げながら、キスしちゃだめなんですか? と言いたげな表情をする。
その悲しげな顔に、早すぎるだろ。とカイは交際をすっ飛ばしプロポーズされた事にはオッケーを出したくせそんな事を思いながら、……いや、だめじゃねぇけど。と言葉を濁し、それから気恥ずかしげに視線をさ迷わせた。
「……うみ、」
「え?」
カイが呟いた単語の意図を、当たり前だが汲み取れず、え? という顔をする誠也。
それに言い淀みながら、気恥ずかしそうにカイがもう一度口を開く。
「……っ、だから、カイじゃなくて、俺の本名、……海なんだよ」
照れ隠しで睨み付けながらも、もう一度呟いたカイ。
その言葉をおうむ返しのように、……うみ……。と呟いた誠也は、しかしそれからキラキラと瞳を輝かせた。
「……うみ……海さん! カイさんにぴったりな綺麗な名前!」
その言葉に、どこがだよ。似合わねぇって言われ続けてきて若干コンプレックスになったっていうのに。とカイは心のなかで思いながら、……それでもお前ならそう言ってくれる気がしてた。と破顔した。
「うみさん」
「っ、なん、だよ……」
「えへへ、呼んだだけです」
「……からかうな」
そう下唇を突きだし子どものように拗ねた態度を取るカイに、……今日は本当に見たことないカイさんの表情がたくさん見れるなぁ。と誠也が愛しげに目を細める。
そして、いつもどこか諦めたように寂しげに笑うカイさんの心からの笑顔がずっとずっと、見たかったんです。とそっと心のなかで呟き、これから沢山色んな事をして、泣いて笑って、人生を共に歩んでいきましょうね。と願い込めて、
「……ね、うみさん、今度こそキスしていい?」
なんて囁いては、未だ自身の口を塞ぐカイの手に自分の手をそっと重ね、するりと指を絡ませた。
それにビクッと盛大に体を揺らし、あからさまに狼狽え始めたカイ。
その焦った姿が可愛らしく、ああ本当に愛しい。と誠也は顔を傾け優しく手を握りながら、出来る限り身を乗り出して、そっとキスをした。
「んっ!」
唇がふにゃり。と触れ合い、驚きに満ちたカイの声が、二人の唇の隙間から零れ落ちる。
それすらも優しく絡めとるよう、繋いでいない方の手をカイの後ろ頭に回しながら、キスの角度を深めていく誠也。
そんな誠也にやはりくぐもった声を出したカイがしかし、ムードもへったくれもなく必死に誠也の肩をばしばしと叩いてくるので、そのカイの様子に最後に吸い付くようチュッと唇を軽く吸ったあと誠也はようやく口を離した。
先程からどこか焦り、そしてやめろと叩かれた強さに、もしかしてうみさんキス好きじゃない? と聞こうとしたが、ハァハァと肩で息をし、顔を見たこともないほど真っ赤に染めて唇を押さえているカイを見て、……え、もしかして。と誠也は体を固まらせた。
「……えっと、うみさん、違ってたらごめんなさいなんだけど、もしかしてまさか……」
「っ、はぁ、はっ、……そのまさかだよ。……悪かったな。慣れてなくて」
そうぎろりと睨みながら、呟いたカイ。
その言葉に誠也が数秒固まったあと、……うそでしょ。と呟き、ゴンッとローテーブルに頭をぶつけだしていて。
そんな突然の誠也の行動と言葉にびくりと身を震わせたカイは、……やっぱこの年にもなってキスひとつすらしたことないだなんて引かれるよな。とぎゅっと拳を握り、俯いてしまった。
ホストになる前も、なった後もカイに言い寄ってくる女性は沢山居り、カイは常に二、三人の女性を側に置いていた。
しかしそれはただの、俺は正常なんだ。というアピールの為に過ぎなく。寝ようと誘ってくるのを上手く交わしたり、交わせなかった場合はどうにかこうにか逃げ繋がりを切っていたカイは、セックスはおろかキスさえした事はなく、これが正に正真正銘のファーストキスだった。
それを捧げたというのに目の前の誠也は机に突っ伏したまま微動だにせず、その態度にカイが不安げに表情を歪ませた、その瞬間──。
「……勃起しすぎてチンコ痛い……」
なんて、予想外すぎる台詞を誠也がぼそりと呟いた。
「………は、はぁぁぁ!? なんでだよ!!」
「だってカイさんを俺色に染められるって事じゃん!! なにそれ最高かよ!!」
数秒理解しきれず、黙ったあと盛大に飛びはね叫んだカイに、がばっと顔をあげた誠也がその声に負けじと言い返す。
しかしそれから、あっカイさんって言っちゃった!! なんて悔しがっており、カイは顔を真っ赤にしたあと口をはくはくと震わせ、「……な、なに言ってんだお前は! ばかか!!」とどうしようもない恥ずかしさから、誠也の頭に拳骨を落としたのだった。
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