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最終章
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しおりを挟むそれから、まじでもうトラブルは起こすなよ。と釘を刺され、いやでも俺たちだって好きで巻き込まれてるわけじゃねぇし! だなんて反論する裕や、ひたすら今回はごめんなさいと謝る蓮に、四人はまぁ良かったよ。と笑った。
「ていうか、パトカー来たから逃げてきたって言ってたけど、大丈夫なん?」
そう一通り笑いあったあと、瑛が問いかけてくる。
それに、大丈夫でしょ。なんて軽く言いながら、裕は血の付いたままの折り畳まれた果物ナイフをズボンのポケットから取り出した。
「ぎゃっ! な、なんでそんな物騒なモン持って帰ってきてんだよ!」
「血! 血ぃ付いてる!」
「いやだって、あの場に置き去りにしてきたら傷害罪とかなんとかってもっとややこしくなりそうじゃん」
驚き飛び上がって抱き合う誠也と石やんを横目にあっけらかんと言いながら、それに俺が自分で刺したんだし。と笑う裕。
「あのまま警察が来ても、女泣いて話が出来る状態じゃないだろうし、でも頭は良さそうだから、とりあえず留置所連れていかれて翌日話聞かれても、何も言わないんじゃないかなって。でもまぁたぶん自分じゃブレーキ掛けられなくてあんな事までしちゃっただけだと思うし、最後は反省してたから、もう同じ事はしないんじゃね」
「いやでもだからって、」
「まぁまぁ、蓮は帰ってきたし、俺達も復縁したし、それでいいじゃん」
そうニカッと歯を見せて笑う裕に、まぁそうだけど。と皆が呆れて返せば、またしても裕は快活な笑顔を浮かべた。
「そうだって。終わり良ければすべて良しとも言うしさ」
なんて裕が調子に乗った事を言ったので、あの緊迫した状況に居合わせた誠也と有人からすれば堪ったものではなく。全然良くねぇよ! と頭を叩かれてしまった。
「……はぁ~~、それにしても疲れた……。一気に疲れた……」
数分後。もういつも通りの賑やかさがこだまするスタッフルームのなか、ぼそりと呟いたかと思うとソファにぺたりと顔を引っ付け、寝転んだ裕。
その姿に、蓮は隣に座ったまま顔を覗き込んだ。
「目の下にクマ出来てる……。寝てなかったの?」
「おめーのせいだろうが。ぶん殴るぞ」
蓮の言葉にくわっと口を開き、ぶん殴るぞ。と言っておきながらすでに裕が蓮の脇腹めがけてパンチを打つ。
その中々に思い打撃にウッと呻きつつ、蓮はまたしてもごめんと謝りながら、裕の目の下に色濃く出来ているクマをゆるりと指で撫でた。
そんな二人のやり取りを眺め、もうすっかり通常運転だな。と微笑んだ有人が、
「まぁ全部終わった事だし、帰ろうか」
と声を掛ければ、そうだな。と皆背伸びをしながら立ち上がる。
だが最後、裕に向かって、
「裕は疲れ溜まってるだろうし明後日からの出勤で良いからね。あと蓮は顔の腫れが引いたら出勤してくる事。二人とも迷惑かけた分として当分は出勤地獄にするからな。ていうか裕はなんで顔で売ってるやつの顔面殴るかなぁ」
なんてうっすら青筋を立てながら笑った有人に、裕はヤバいと顔を曇らせた。
それから蓮の腕を引いて、「お騒がせしました! じゃお疲れ!」なんて裕が颯爽とスタッフルームを出れば、後ろから誠也と石やんと瑛が盛大に笑っている声が聞こえた。
そのまま店を出て、蓮の車に当たり前のように乗り込む裕に蓮はまたしても泣きそうになりながらだらしなく笑い、それでも安全運転を心掛けながら、二人は約一ヶ月ぶりの蓮のマンションへと、帰った。
***
──パチリ。と廊下の灯りを点け中に入れば、換気していないせいなのか、どこか淀んだ空気が籠っていて。
それに眉間に皺を寄せつつリビングへと進み、蓮が窓を開け、換気をし始める。
その後ろでは裕が入り込む寒気に腕を擦りながらソファにくたりと横になっていて、蓮はその姿にまたしても小さく鼻を啜りながら、ゆっくり裕に近付いた。
「ほんと、ごめんね」
ソファに寝転ぶ裕の横に座り、髪を優しく梳きながら何回目か知らぬごめんを繰り返す蓮に、もういい。と言いたげに裕がもう片方の蓮の手を取っては頬に乗せ、すりっと顔を寄せる。
その猫のような仕草に胸を詰めらせ、顔を屈めた蓮がちゅっと優しく唇を塞ぎ、それからいつものようにこめかみや額、クマになってしまっている目の下にキスをの雨を降らせた。
「……裕、好きだよ」
「知ってる」
「ふはっ、うん。知ってて。俺が一番大切にしたいのは裕だって事、覚えててね」
「……とか言ってお前はいつも間違った大切の仕方すっからなぁ」
「う……、それはほんとごめん。……でも、それは裕もじゃん」
そう気まずげに謝り身を揺らしたあとそっと裕の手を取り、有人が仰々しく巻いた包帯の上から慎重にゆるりと掌を撫でた蓮のその悲しげな顔に、裕も笑った。
「……確かに。俺ら、だめだめだなぁ」
だなんて言いながら、蓮の顔に浮かぶ沢山の鬱血痕と痛々しく血が滲んだ口の端の絆創膏を見て、痛い? なんて裕が問いかける。
その労るような声に、しかし蓮は首を弛く振った。
「俺が裕にさせちゃった想いに比べたらこんなん全然痛くないよ」
頬に伸ばされた裕の指にちゅっとキスをし、蓮は眉を下げ笑うばかりで。
その顔にぐにゃりと口の端を歪めた裕は、ぐいっと蓮の顔を両手で挟み、自分の方に引き寄せた。
「……誰に傷付けられようが、誰に何されようがどうでもいいし、怪我なんか勝手に治る。そんな事で俺は傷付かない。……だから、そんな俺を傷付けられるのはお前だけなんだって、お前も覚えとけ」
そう言外に、誰に何をされても蓮さえ居ればいい。と笑う裕のその男らしい告白に今度は蓮が口の端を歪め、それでもずびっと鼻を啜って笑った。
「うん、うん……。ぐすっ……、ごめんね。もう、守りたいなんて偉そうな事は言わないけど、でも絶対どんなことがあっても裕を傷付けるような事はしないって、離れないって、今度こそ誓う」
コツンと額を合わせ、今度こそこれだけは約束する。と蓮が新たに誓う。
その言葉に睫毛の先を震わせながら、
「……それはほんと頼むわ」
なんて裕が笑い、二人は微笑んだまま、もう一度ゆっくりと口付けをした。
──ソファの上で穏やかに愛を確かめ合った、その後。
安心したのか、眠たげにうとうととし始めた裕に笑って、
「もう寝ようか」
と蓮が言えば、コクンと頷いたあと、抱っこ。と裕が腕を広げる。
そのひどく甘えたな態度が可愛くて可愛くて、破顔しながら蓮は裕を抱き抱え、「せめて歯磨きだけはしようね」と小さい子に接するよう囁いては洗面所で歯を磨いてやり、さっと自分も磨いたあと、寝室へ向かった。
ギィッと寝室の扉を開け、抱っこしたままの裕を優しく蓮がベッドへと降ろす。
だがそれから、そういえば。とクローゼットやその周辺を漁り、あった。と放ったままだったあのクマのぬいぐるみキーホルダーを見つけた。
「あ、それ……」
「うん。まぁもう大丈夫だろうけど、念のため」
だなんて言いながら、クマを裂いては中から出てきた盗聴器をベキッと壊し、ポイッとゴミ箱の中へと捨てる蓮。
そしてようやく自分も寝ようとベッドのなかに潜り込んだが、
「……お前なぁ、残酷な事すんなよ」
と一部始終を見ていた裕に、あの取り方は酷い。やっぱり全然王子様なんかじゃない。とドン引かれてしまった。
「破かないと取れないじゃん」
「いやでもあんなブチブチィッて首をもがなくても」
「しょうがないでしょ」
そう蓮が笑えば、まぁそうなんだけど。と裕も苦笑し、そのやり取りに少し目が冴えてしまったのか、裕はズボンのポケットから引きちぎったネックレスを取り出した。
「……これ、むしゃくしゃして壊しちった。ごめん」
「……俺のせいなんだから、裕が謝る事ないよ」
「でも……、」
「明日、お店に行って直してもらおっか」
そっと裕の額にキスをしそう微笑んだ蓮が、裕の手からネックレスを取りベッド脇の小棚の上に置く。
それにこくんと頷き、そうすればもうモヤモヤがすべて晴れたのか、裕は満足げに笑い毛布の中に鼻先を埋めた。
「……蓮の匂いがする」
なんてポソリと呟き、隣に居る蓮にふいに手を伸ばす裕。
ひたり、と頬に触れる裕の冷たい指先に、それでも、ん? と蓮が優しく微笑み返せば、
「……マフラー、もうあんまれんのにおい、しなくなってた、から……。やっぱ、おちつく……」
ともう夢の中へと片足を突っ込んだままの裕がうわ言のように呟いては、すぅ、と寝息を立てて眠ってしまった。
「っ、」
そんな裕の言葉に息を飲んだ蓮は、やつれた、けれどひどく安心しきっている裕の寝顔にまたしても情けなくグスッと鼻を啜り、それから裕をぎゅっと抱き締めた。
「……マフラー、使ってくれてて、ありがとう」
一方的に最悪の別れを告げたにも関わらず、それでも裕のマフラーをしていた、蓮。
それと同じく、公園で蹴り飛ばされたあと初めて視線が合った時、裕が一度小さく目を伏せたのが分かっていた蓮は、その首にも自分のマフラーが巻かれていた事に泣きそうになった事を思い出し、……俺が借りてたマフラーも、もう裕の匂いがしなくて悲しかったよ。と今仲良くソファの上に置いてある互いのマフラーを思い描きながらふふっと笑い、長い睫毛が艶々と輝く美しい裕の瞼にキスを落としては、ゆっくりと目を瞑った。
寝室のカーテンの隙間から見える空には、美しく深い夜が広がっている。
そのどこまでも澄んだ星空の下、抱き締めあい眠る裕と蓮は、久しぶりに安心しきったまま、深い深い眠りについたのだった。
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