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最終章
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しおりを挟む「……このままもう会えなくても、しょうがないって思ってた。裕と過ごせた時間が奇跡みたいなもんだったんだって思いながらこれから生きていこうって……。それに、これでもう裕に危険はないし、裕なら俺じゃなくてもっと良い人に出逢えるって、そう、思って……」
「……それで、俺に別れるって言ったんだな」
「……うん」
うん。と力なく呟き項垂れる蓮に、裕は小さく息を吸ったあと、ゆっくりと口を開いた。
「……お前は俺との約束を破った。無茶しないって、あの日誓うって言ったのに、それをお前は破った。それに別れるって言ったのはお前だ。お前が勝手に一人で決めて、俺の意思なんか無視して、俺の幸せのために俺と別れる決意して、自分を犠牲にしたんだろ? じゃあもうそのまま俺のためだって大義名分振りかざしてろ。せめてお前が願ったように俺はお前より良い奴に出逢って、そいつと幸せになってやるから、せいぜいお前は好きなだけ俺の亡霊みたいな想い出だけ抱いて生きてろよ」
そう蓮を見ることなく俯いたまま言い切った裕は、もう終わりだ。と踵を返し部屋を出ようとする。
──が、それは突然体を後ろから抱き締めてきた蓮によって、阻止されてしまった。
ぐっと腕を引かれ、ぎゅっと抱き締めてくる、力強い腕。
じわりと冷たい体に染みてゆく、蓮の体温。
ふわりと香るのは蓮の匂いで、ビクッと体を震わせたあと、ハッとしたように裕はもがいた。
「離せよ!」
蓮の腕の中で体を捻ったが、旋毛に温かい滴がぽたりと落ち、それがあっという間に冷たく髪の毛を濡らしてゆく感触に、裕は堪らず俯き、拳を白くなるほど強く握り締めた。
「……さっきまでは、ほんとにそう思ってたんだ。でも、裕を見たらもう駄目だった」
「知ら、ねぇよ、離せって!」
「無理なんだ。俺の未来に裕が居ないなんて、耐えられない」
悲痛さを滲ませながら呟かれる、蓮の想い。
それにとうとう裕は唇の端を震わせ、
「っ、うるせぇよ! その覚悟でお前は俺に、あんな嘘言ったんだろ! 分かってたよあんなん嘘だって! なんかあったんだろうって、ばかな俺でもそれくらい、でも、あんな事言われて俺がどんな気持ちに、……それなのに俺のためだって、俺の幸せをなんでお前が勝手に、」
なんて一気に話し出したが、それから言葉を止め、堪らずズビッと鼻を啜り、堪えきれなかった涙をポロリと一粒溢してしまった。
蓮に別れを告げられた、あの日。
目の前が真っ暗になったあと、けれど一緒に過ごしてきた蓮のどれもが嘘なんかじゃない事くらい、裕は分かっていた。
だからこそなぜあんな事を言われたのか理解できず、何も言わず一方的に自分の前から消えた蓮に苛立ち、情けなくて惨めで、悲しくて泣きたくて、けれど絶対泣くものかとひたすら耐えていた。
──それなのに。
「くそ……くそっ、……まじでふざけんな、」
そう呟いた裕がボタボタと涙を流し、悔しげに唇を噛み締める。
もう無茶はしないと誓ったくせに。
幸せにすると言ったくせに。
嘘つき。
そう心のなかで呟きながらも、あの日カッとなって引きちぎり壁に投げようとしたお揃いのネックレスは結局叩きつけられず今もずっとズボンのポケットに入ったままなのも、そしていつか自分の意思で蓮が自分の所に戻って来てくれるかもとわざと連絡せずずっと待っていたのも、それでも蓮は自分のためだなんて言って離れようとしていたのも、そのどれもが悔しくて悔しくて、裕は喉を狭めるような良く分からない感情にヒュッヒュツと喉を鳴らしながら、グズグズと鼻水を啜った。
「……ごめん、ごめんね、裕」
そう後ろでひたすらごめんと謝る蓮の声も涙で濡れていて、大の男が二人してばかみたいに泣いている状況を、普段なら気持ち悪いと笑い飛ばしてしまえるのに、結局裕はそれすらもできなかった。
「好きなんだ、裕が、好きなんだ」
「っ……、」
「好きなんだ。どうしようもなく、好き。傷付けてごめん」
「……うる、せぇ、」
「ごめん、俺ばかで、裕の気持ち何にも考えてなくて、約束破って、ごめん。自分勝手に裕との幸せから逃げてごめん……。でも好きなんだ。今でも裕がばかみたいに好きなんだ。だから、せめて側に居させて欲しい」
「……っ、」
「裕にまた信用してもらえるように頑張るから、何年でも、何十年でも頑張るから……それで、またいつか、俺を好きになってほしい。なんでもする。だから、」
痛いほど抱きすくめ、そう泣く蓮に唇を噛み締めて、裕は無理矢理体を捻って蓮の腕から抜けては、蓮を突き飛ばした。
「ふざけんなっ! 調子いいことばっか言ってんじゃねぇよ!!」
そう言ったあと顔を両手で覆い、くそっともう一度悪態を吐きながらも、悔しげに唇の端をひしゃげた裕。
ひりつく喉はまともに酸素を取り込んでくれず、しゃくりあげながら情けなく嗚咽を溢した裕に、もう一度、「ごめん。でも好きなんだ」と蓮が呟けば、掌を離して裕が蓮を見た。
──ようやく合った視線が、互いの瞳の熱さに溶けてゆく。
情けなく眉毛を下げ見つめる蓮と、涙で濡れた瞳で見つめ返す裕の、その張り詰めた緊張を解いたのは、悲しさと悔しさと憤りと、それでもどうしようもなく好きだ。と愛しさが滲んだ瞳で、
「……何でもするなら、もう俺の気持ちを無視しないって誓うキスをしろ、今、ここで」
と小さく裕が呟いた言葉だった。
「……っ、────ゆう、」
そうか細く呟き、震えそうになる足をなんとか踏み出した蓮が、裕と同じよう唇をひしゃげながらも裕の腕を引く。
抵抗する事なく倒れ込んできた裕をぎゅっときつく抱きすくめ、それから蓮が掌を裕の首の後ろに回し、ぐいっと力任せに顔を上へと向かせた。
「っ、」
互いの歯ががちりとぶつかり痛く、初めてした時よりも拙く、まるで中学生みたいなキスをした。
でも、もうそんな事、どうでもよかった。
蓮が足を縺れさせ、そのまま後ろに倒れそうになったが、それを深紅のソファが音を立てながら支えてくれ、堪らず裕をソファへと押し倒しきつく抱き合ったまま、
「ゆうっ、ゆう、」
と涙で濡れた声で何度も裕の名を呼ぶ蓮。
それに応えるよう、背中に回した腕で力強く抱き締め返した裕も、蓮の短い髪の毛に指を絡ませ涙を溢しながら、れん、と小さく名を呼び返す。
その声すら奪うように唇を重ねた蓮は、後悔と安堵、それから愛しさや幸福でぐちゃぐちゃになった思考のまま、何度も何度も裕の唇を食んでは、きつく抱きすくめた。
「好きだよ裕、好き……」
胸に詰まる愛しさと、張り裂けそうな溢れんばかりの幸せに蓮がずびずびと鼻を鳴らしながら尚も情けなく呟けば、
「……俺も、好き」
なんて唇を離し、涙を散りばめた瞳で見つめる裕。
その裕の頬に走る涙の跡を拭えば、未だ悔しそうに涙を溜め、それでももう一度好きだと言ってくれた裕に、蓮は情けなく笑った。
「……今度またこんなことしたら、今度こそ許さねぇからな」
お互いの涙が大分落ち着いた、あと。
蓮の頬をつねり、睨みながら軽くビンタをした裕に、そこさっき思いっきり殴られて青アザになってるんだけど。なんて内心蓮は思ったが、その痛みすら嬉しくて。
「うん。ごめんね」
なんて目を合わせたまま蓮がへらりと笑えば、裕もまたいつものように笑ってくれ、その眉尻が下がった世界一かわいい笑顔に蓮が堪らずもう一度唇を触れ合わせようとした、その時。
「「「「よがっだぁぁ!!!」」」」
と泣きながら扉を開け雪崩れ込んでくる誠也と瑛と石やんと有人に、二人はぱちくりと目を瞬かせた。
「ほんと、ほんっと、よかったぁぁ!!」
「まじで別れたらって、俺たち、」
「心配かけんなよまじで!」
「ほんとだよ! このお騒がせバカップルが!!」
四人が口々に、仲直りした裕と蓮を見ては良かった良かったと喜び、ソファで抱き合う二人の上に覆い被さり抱きついてくる。
いつもは一歩引いたように見ている有人も、この時ばかりは良かった良かったと共に盛り上がっていて。
しかし、全員の下敷きになった裕は途端にグエッと蛙が潰れたような声を出し、死ぬ。と息苦しさに喘いだが、しかしお構いなしに四人はぎゅうぎゅうと上から押し潰してくるばかりだった。
その重みと、わんわん泣きながら良かったと溢す四人に、裕と蓮も泣き笑いしながら、ごめん、ほんと心配かけてすみませんでした!! と叫び、とりあえず退いてくれ! と声を絞り出したのだった。
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