【完結】君と恋を

文字の大きさ
上 下
34 / 65
最終章

34

しおりを挟む
 

 突然蓮の口から爆弾が落とされた病室は、あれきりシンと静まり返っていた。

 窓から差し込む橙は美しく、相も変わらず鳥は悠然と暮れかかる空のなかを泳いでいる。
 しかしその景色にそぐわぬほど顔を青ざめさせた裕が小さく息を飲む音だけが、美しい景色を裂いて宙にさ迷い溶けていった。

 体感としては永遠にも思えるほど長い時間だったが、しかし数分後。きゅっと拳を握った裕は夕陽に染まる蓮の顔をじっと見たまま、

「わか、れるって……」

 と絞り出すよう、呟いた。

 やっとの事で出した声は、ひどく乾いていて。
 ああ、喉がカラカラで上手く言葉が紡げない。と唇を噛んだ裕だったが、しかし喉はますます気道を狭めゼェゼェと苦しく、これじゃあまるで溺れた魚みたいだ。なんて溺れる魚が居るかどうかも知らぬのに、そんな事をぼんやりと考えた。


「……なんで」
「……」
「冗談きついって」
「……冗談じゃない。俺と別れてほしい」
「っ、……昨日まではそんな素振り一切なかったじゃん。いつからそう思ってたんだよ」
「……いつからとか、そんなんはどうでもいい事でしょ」

 歯切れ悪くそう呟いた蓮に、どうでもいいわけねぇだろ。と鋭く裕が返しじっと見つめれば、一瞬唇を噛み締めたあと、蓮は深く息を吐いた。


「言ってもいいけど、傷付かないでね。……今までと一緒だよ。最初から好きじゃなかった。からかってただけ。落とせたら終わりっていうただのゲームだよ。男だし今回はけっこう楽しめるかなって思ってたのに、簡単に落ちちゃってさ、拍子抜けだったよ。まぁ男と付き合うってのも面白いかなって恋人ごっこもしたけど、でももうそれも飽きちゃったんだよね」

 そう裕を見下ろしはっきりと告げてくる蓮に裕はとうとう押し黙り、それから掌をぎゅっと強く握った。


 病室に置かれた時計の秒針が進む音だけが、部屋に虚しく響いている。

 そんな重苦しい沈黙を破り、

「……本気で言ってんだな」

 とぽつり呟いた裕はそれから何かを言おうとしたが言葉にならず、口を一文字に結んだ。

「……そうだよ。本気で男を、裕を好きになるなんてあり得ないから。だからもうゲーム終了。店もつまんなくなってきたから辞めるし、もう会うこともないだろうけど、元気でね」

 裕の様子にぴくっと眉を寄せた蓮だったが、しかしそれから抑揚のない声でそう切り捨て、裕を見ることもなく病室を出てゆく。

 ガラッと開いた扉がそれからゆっくりと閉まる音がしたが、蓮の去ってゆく後ろ姿を見ることすら出来なかった裕はぐっと拳を握り、口の端をぐしゃりと歪めへなへなと震わせては苦しさで死にそうになりながらも、滲んでゆく視界をなんとか歯を食いしばって、耐えていた。



 ──それからどれくらい経っただろうか。

 未だ微動だにしない裕を余所に、外はすっかり夜に覆われ、中庭の外灯がパッとつき始めた頃。

 ようやくゆるりと腕を動かした裕は首元を飾るネックレスを力任せにぶち切り、

「嘘つき野郎……!」

 とひきつったままの声で叫んでは壁にぶつけようと手を振りかざしたが、ハァハァと肩で息をしたあと深呼吸をして、やり場のない衝動を抑え込みゆるりと腕を降ろした。


 その瞬間、プルルッと響く携帯の着信音。
 それに裕はテーブルに置いたままだった携帯を手に取り、記されている『有さん』という文字を見てはピッと通話ボタンを押した。


「……もしもし」
『あ、裕、突然電話してごめんね』
「いや、気にしなくていいです」
『体調はどう?』
「全然大丈夫。明日退院できるってさ」
『そうなの? 良かったぁ』
「はい。……で、どうしたんですか? 有さんから電話してくるって事は、なんかあったんでしょ」
『あー……まぁそうなんだけど、』
「……蓮の事?」
『……うん。さっき蓮から電話があってさ、突然店辞めるって言ってそのまま切られちゃって。それから何回もかけ直してるけど繋がらなくて……。裕何か蓮から聞いてない?』
「……俺もついさっき辞めるとは聞いたけど、なんでかは分かんねぇ」
『そうなの? 裕にも理由言ってないんだ……。あいつほんと何考えてんだ』

 電話口から困惑と呆れのこもった有人の声が聞こえ、裕は窓から見える枯れ木をじっと眺めつつ、小さく息を吸い込んだ。

「さぁ。ほんと何考えてんだろうね。俺もさっき、別れようって言われたし」

 そうなんてことないよう呟けば、電話口から有人が息を飲む音がする。

 それに小さく笑みを浮かべた裕はそれからそっと目を伏せ、口を開いた。

「悪いんだけどさ有さん、明日時間あるなら迎えに来てくんねぇ?」
 「えっ? あ、それは勿論いいけど……」

 荷物もあるし、出来れば来て欲しい。という裕のお願いに勿論と言いながら歯切れ悪く有人が答えたが、けど、に繋がる言葉は言わなかった。

 そして裕もまた促すような事はせず、じゃあ明日。と電話を切った。


 途端、しん。と静まり返った病室内。

 手にしたままの引きちぎったネックレスが掌の中でやけにひんやりと冷たく、文字をゆるりと指で撫でた裕はまたしても窓辺に視線を投げた。

 冬の空に煌々と灯る星だけが、とても美しい夜だった。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

Take On Me

マン太
BL
 親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。  初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。  岳とも次第に打ち解ける様になり…。    軽いノリのお話しを目指しています。  ※BLに分類していますが軽めです。  ※他サイトへも掲載しています。

ある少年の体調不良について

雨水林檎
BL
皆に好かれるいつもにこやかな少年新島陽(にいじまはる)と幼馴染で親友の薬師寺優巳(やくしじまさみ)。高校に入学してしばらく陽は風邪をひいたことをきっかけにひどく体調を崩して行く……。 BLもしくはブロマンス小説。 体調不良描写があります。

イケメンモデルと新人マネージャーが結ばれるまでの話

タタミ
BL
新坂真澄…27歳。トップモデル。端正な顔立ちと抜群のスタイルでブレイク中。瀬戸のことが好きだが、隠している。 瀬戸幸人…24歳。マネージャー。最近新坂の担当になった社会人2年目。新坂に仲良くしてもらって懐いているが、好意には気付いていない。 笹川尚也…27歳。チーフマネージャー。新坂とは学生時代からの友人関係。新坂のことは大抵なんでも分かる。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

フローブルー

とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。 高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。

幼馴染は僕を選ばない。

佳乃
BL
ずっと続くと思っていた〈腐れ縁〉は〈腐った縁〉だった。 僕は好きだったのに、ずっと一緒にいられると思っていたのに。 僕がいた場所は僕じゃ無い誰かの場所となり、繋がっていると思っていた縁は腐り果てて切れてしまった。 好きだった。 好きだった。 好きだった。 離れることで断ち切った縁。 気付いた時に断ち切られていた縁。 辛いのは、苦しいのは彼なのか、僕なのか…。

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

処理中です...