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第六章
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しおりを挟む「よーし、じゃあとりあえず今日は家に帰っていっぱいセックスしよう」
「ぶはっ、お、まえ、もうちょっとこう、ムード出せよ!」
「だって……。裕もうこれから大学や家に缶詰めだし色々忙しいだろうから、会えない分の寂しさ補充しとかないと」
「だからってなぁ、言い方ってもんが、」
蓮の歯に衣着せぬ台詞に眉尻を下げ、堪らずふふっと笑う裕。
その裕に柔く微笑み返したかと思うと、
「はぁ~、……頑張って欲しいけど寂しいなぁ」
なんて言いながら、蓮がムギュッと抱きついてくる。
その大型犬がじゃれてくるような態度に、こいつほんと意外に甘えたなんだよなぁ。なんて愛しさに目を細めた裕は、その広い背をポンポンと撫でた。
「ほら帰るぞ。……いっぱい、すんだろ」
そう言葉を濁しながら促せば、ばっと顔をあげた蓮がニコニコと満面の笑みのまま、「可愛い! 可愛い!」と喚くので、お前の方が可愛いわ。なんて裕も笑いながら未だポケットに突っ込んだままの手をぎゅっと握り、蓮を引きずるように歩き出した。
そんな裕にぶんぶんと見えない尻尾を振る犬のような態度で、そのまま隣に並んだ蓮だったが、突然、あっ。と声を出した。
「家にゴム無かったかも」
ピタリと足を止め、うわ俺の馬鹿。と負のオーラを漂わせる、蓮。
しかし裕はその言葉にピクンと身を揺らし、ちらりと蓮を見ては、ゴクンと唾を飲んだ。
「じゃ、じゃあ、」
そう言葉を紡いだ裕だったが、しかし、ポケットの中で握っていた手を離したかと思うと、
「俺ちょっとすぐそこのコンビニで買ってくるから、先家帰ってて。あ、でも準備は自分でしちゃ駄目だからね? 俺がやりたいから」
なんて言い残しては、蓮が颯爽と来た道を戻ってゆく。
その後ろ姿を裕は呆気に取られたまま見ていたが、それから足元に転がる石を小さく蹴飛ばしては溜め息を吐き、それでも、言われた通りに蓮の家へと向かった。
それから裕はもう、勝手知ったるとばかりに貰っていた合鍵で蓮の家へあがり、そして駄目だよと言われた準備をするため一人で風呂に入っていたのだが、数十分後、浴室の扉がガチャリと開いたかと思うと真っ裸のまま、
「裕、なんで一人でお風呂入ってるの? 俺がなんて言ったか覚えてないの?」
なんて目が笑っていない蓮に笑顔で見下ろされ、ヒェッと声を出して顔を青ざめさせたのだった。
***
シャッと開かれたカーテンの音がする。
そしてそこから溢れ出たのだろう光が突然瞼を焼き、チュンチュン。と小鳥の囀りが窓の方から聞こえ、裕は眉間に皺を寄せたまま、うぅん……。と唸り声を出した。
「裕、そろそろ起きれる?」
そう柔らかく降る声と共に、ギシッとベッドが揺れる波が体に伝わる。
その心地好さに枕に顔をぐりぐりと押し付けていれば、さらりと横髪を撫でられて、裕はうつらうつらとしたまま、目を開けた。
ぼんやりと霞む視界が、徐々にクリアになってゆく。
そこには自身の顔を覗き込みながら優しく笑みを浮かべている蓮の顔があって、くぁぁ。とあくびをしながら、ぱちりと瞬きをした裕。
そんな猫のような仕草にふっと微笑んだ蓮がまたしても優しく髪を梳き、
「おはよう」
と囁いては、ちゅっと裕の目尻にキスを落とした。
「……おは、よ」
「あー……、ごめん、声掠れてるね。無理させすぎちゃったね」
なんて裕のカスカスになっている声に申し訳なさそうな顔をしつつも、
「……でも、あんな可愛いこと言う裕も悪いよね」
と蓮が突然、ニヤニヤとし出す。
それに最初は、は? と眉間に皺を寄せた裕だったが、昨夜の自分の数々の発言を思い出し、ボボッと顔を赤くしてしまった。
「……うるさい」
「ふふっ、可愛い。……買ってきたコンドーム、意味無かったね」
「っ……、お前ほんと、」
「あははっ、怒んないでよ。でもほんと可愛すぎて鼻血出るかと思ったよ俺」
「……もうだまれって……」
「……ちゃんと掻き出したつもりだけど、お腹痛くない?」
そうわざと艶っぽい声で問いかけてくる蓮に、お前ほんと黙れ。と口を開きかけたが、チュッチュッと額に口付けてくる蓮の首からズルッと落ちたネックレスの“Y”の文字が鼻に当たり、裕はうぷっと情けない声を出してしまった。
「……平気だっつうの」
からかわれるのは癪に触る。と言うよう呟いては、裕が悪戯に、目の前にある蓮の美しい喉仏にかぷっと噛みつく。
その突然の甘噛みに、うあっと声をあげた蓮を見て、にししっ。と裕は笑った。
「あーもうなに。可愛いなぁ……」
なんて裕の愛らしい笑顔に蓮が萌え呟いたが、不意にベッド脇の小棚の上に未開封のままおざなりに置かれた避妊具の箱が目に入ったのか、「ほら起きて」と裕の腕を引き上体を起こさせ、そういえば、と昨夜のちょっとしたコンビニでの出来事を話し出した。
「昨日コンビニ行くって言ったじゃん?」
「うん」
「それでコンビニ入ったんだけど、レジに居た店員さんがなんか見た事あるなぁって思ってたらさ、俺のお客さんだったんだよね」
「へっ、……えーまじで?! どの子!?」
「ほら、最近よく来てくれるようになった、ゆうこちゃん」
……ゆうこちゃん……誰だ……。と考え込んだ裕がそれから、ああ、あのちょっと大人しそうな髪の毛の長いあの子か! と思い出す。
その子は確か蓮にくまのキーホルダーをプレゼントしていた子で、……凄い偶然だなぁ。てかやっぱり俺が思ってた通り骨抜きにされちゃったのか~。と人畜無害そうな爽やか王子面した、けれど昨夜悪魔のように何度も何度も自分の体を激しく求めてきた蓮を、ちらりと見た。
「ゆうこちゃんのゆうって、裕と同じ漢字なのかなぁって思ってたから、名前すぐ覚えちゃってて」
なんて笑う蓮のそのあっけらかんとした顔に、そんな覚え方されて可哀想に……。と裕が呆れた顔をしたが、それからハッとし、くわっと口を開いた。
「てか、お前それなのにコンドーム買ってきたんかよ!」
「いやいや、流石にそれはまずいってのはいくらなんでも俺でも分かるからね。買わなかったよ。偶然だねって声かけて、適当に飲み物差し入れして別のコンビニに行ったから、昨日ちょっと遅くなっちゃったんだよね」
最低だろお前! と目尻を吊り上げ始めた裕に、そこまで馬鹿じゃない。と否定し、けれども、でもまぁ結局使わなかったけど。なんてまたしても艶っぽく含んだ笑みを浮かべる蓮。
その緩みきった顔面に昨夜の自分の恥態と、『コンドーム、使わないで、してみたい……』なんて言ってしまった言葉をまたしても思い出した裕は、
「……何回も言わなくていいっつうの! もう忘れろばか!」
と叫びながら、ニヤニヤとしている愛しの恋人に向かって枕を投げつけたのだった。
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