【完結】君と恋を

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第六章

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「すみませーん、生三つお願いします!」

 そう誠也が声を張り上げれば、忙しなく動いている店員さんから、かしこまりましたー! と快活さ溢れる返事が返ってくる。

 ガヤガヤと賑わう居酒屋は活気に満ち、夜も大分更けているというのに飲みなおそうとやってきた仕事終わりのホスト達ですら、快く受け入れてくれていた。



「あっ、俺が食べようと思ってたのに!」
「んふんふー! んふふんふーふ!?」
「いやなにいってんだよ!」

 最後の一個の唐揚げを食べた石やんに文句を垂れ、顔を掴む誠也と、唾を飛ばしつつ早い者勝ちだもんね~! と舌を出している石やん。
 その醜く滑稽な戦争が繰り広げられる横で、瑛がまぁまぁと止めている。
 そんないつもの光景を、向かいに座る蓮が馬鹿だなぁと笑って見ており、その蓮の横にはいつものように裕が座り、そして真ん中の裕を挟むよう遅れて参加してきた有人も、店員さんが持ってきたジョッキを受け取りながら笑っていた。

 竹の暖簾で仕切られただけのちょっとした座敷はあちこちから笑い声が聞こえ、テーブルの上には各々が好きなように頼んだ料理が艶々と照明を浴び輝いている。
 それをパクパクと胃袋に落とし込みゴクゴクと酒を飲んでいる奴らを眺めては、毎日毎日酒を飲む仕事をしているくせになぜこいつらはこんなに元気なのだろうか(石やんは同じ内勤だが相変わらず人気者なので行く先々で飲まされている)と裕はくしゃりと顔を歪め、呆れの含む笑みを浮かべた。


 蓮は誠也達ほどまでお酒が強くないのでウーロン茶を飲んでいるが、相変わらず人のよさそうな笑みを浮かべながらも時折辛辣な言葉を吐いている。
 しかしテーブルの下ではこっそり裕の手をすりすり撫でてきたり、きゅっと指を絡ませてきたりと、やりたい放題で。
 その度に裕はビクッと肩を震わせ蓮をちらりと盗み見ては、やめろよ。とほんのり耳を赤くして睨むのだが、ん? なんて笑う蓮がその視線すら可愛いと言わんばかりに見つめ返してくるので、もう好きにさせていた。

 だが、ゆるりゆるりと指の節や指の股を辿る蓮の指に、

「んっ」

 と堪らず声を漏らしてしまい、お前ほんとっ、と裕がバッと蓮を見ればクスクスと楽しそうに、しかしどこか艶っぽく笑われてしまい、裕は思わずその笑みに見惚れてしまった。


 ──向かいの誠也達の声が遠退き、焦点が蓮だけに集まってゆく気配がする。

 ぼんやりとしたまま睫毛の先を震わせ、酒のせいで潤んだ瞳で見つめ返しては、赤い唇から、……ほぅ、と堪らず吐息を漏らす裕。
 その無意識の表情に今度は蓮がごくっと唾を飲み、あまりにも扇情的な裕の姿に瞳の奥に一気に劣情を灯しはじめた。

 ドクンッと心臓が鳴るなか、蓮が吸い寄せられるよう裕の顔に顔を近付け、それに気付いた裕もバクバクと鳴る心臓のまま、あ、と声を漏らしそっと目を伏せたが、


「お前ら俺らが居るの忘れてるだろ!」

 と二人のラブモードを察したのか瑛がテーブルの方へ身を乗りだし、二人の顔の間に手を差し込んで阻止をした。

 それにハッとしたように裕が顔を真っ赤にさせ、蓮は良いとこだったのに。と瑛を睨んだが、

「いやいやいや、ここ居酒屋だから! 俺ら居るから!」

 なんて至極真っ当な言い分で、瑛が蓮の怒りをなぎはらう。
 それに誠也と石やんが、「いいじゃんチューしろチュー!」と笑い、なぜか二人がチューをし始め、普段ストッパー役の有人も、もう仕事じゃないから。と高笑いをするだけで。

 そんなしっちゃかめっちゃかな空間に、顔を赤くし恥ずかしがっていた裕が堪らずぶはっと吹き出したあと、ケラケラと笑い声をあげた。

 その明るい笑顔を横目で眺めては、あーあ、今日は早いとこ二人で抜け出そうと思ってたのに、もうそんな事言える雰囲気じゃないなぁ。と蓮は心の中で残念がりながら、まぁ純粋に楽しんで笑ってる裕だって見てて可愛いからいいけど。なんてテーブルに頬杖えしつつ、ニコニコとただ裕を眺めていた。




 ***



 ──そんな、騒々しく楽しい飲みの帰り。
 二人はいつものよう、蓮の家へと帰るため夜の道を歩いていた。

 空気はひんやりと冷たく、肌を刺すような寒さがマフラーの隙間から入り込む。
 その寒さに、酔いがすっかり抜けてしまった裕はブルッと身を震わせながらも、今日も楽しかったなぁ。なんて空を見上げた。

 隣で同じように歩く蓮の足音が暗い夜道に響き、澄んだ濃紺の空のなかを、星が瞬いている。

 はぁ、と吐いた息はゆらゆらと白く闇に溶け、そのどこか現実ではないような、夢の中に居るような美しさに心踊るまま、裕は両手を口元に持っていき息を吹き掛けながら、ちらりと蓮を見た。

「寒いね」
「な。一気に冬だよなぁ」
「うん」
「……今日、楽しかった」
「……うん」

 ポツリと楽しかったと呟いた裕の言葉に、どこか歯切れ悪そうに返事を返した、蓮。
 けれど俯いていた裕の手を握り、ぼすんと自分のコートのポケットへと突っ込んだ蓮が、

「頑張ってね」

 なんて柔く笑ったので、やはりその笑顔をちらりと盗み見ては、ん……。と裕は呟いた。


 実は、今日の飲みはただの飲みではなく。卒論やらまだちゃんと自分の中で決まっていない卒業後について考えるため、当分出勤できないと言った裕の為に開かれた、飲み会だった。


 始めは嫌々で体入した筈なのに、気付けば一ヶ月ほど休むだけでこんなに寂しく思っているなんて。と、もう既に先程の誠也達の騒がしさを恋しく思った裕は、ほんと人生ってわかんねぇな。なんて笑いながら、そっと蓮の側へと寄り、腕にこてんと頭を付けた。

 ひんやりとした布の感触が頬に当たり、ずずっと吸った空気が、鼻を抜けて痛い。

 しかしそれを、これは冬の寒さのせいだし、酒のせい。と言い訳をしながら蓮の腕に目元を押し付ける裕の頭を、蓮は繋いでいない方の手で撫でては、笑った。

「寂しいね」

 その言葉にコクンと頷きながらも、帰り際、またな。と手を振ってはいつものように笑った誠也達の顔を思い出す。
 その笑顔に、たった一ヶ月だけなのになんだか置いてけぼりにされてしまうような寂しさを引きずりつつ、でも何もこれが最後の別れって訳じゃねぇ。と思い直した裕は顔を上げ、少しだけ濡らしてしまった蓮のコートの腕の部分を繋いでいない手でごしっと拭い、暖かい蓮のポケットの中で握ったままの手を握り返した。

「卒論、がんばる」
「うん。終わったら連絡して」
「ん……」
「今度は俺が頑張ったねって褒めてあげるからね」

 なんて笑う蓮に目を丸くしたあと、ぷっと吹き出し、

「ん……。頑張るからさ、褒めてよ」

 といつか言われた蓮の台詞を裕が返せば、あははっと蓮が声を上げて笑った。




 
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