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第五章
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しおりを挟む「ほんと長居してごめん! お邪魔しました!」
蓮の顔を見る事もなく、再度お邪魔しましたと言っては脱兎のごとく逃げ出そうとする裕。
しかし、そうはさせるかとぎゅっと腕を掴む手に力を入れてくる蓮に、俺は今羞恥心で死にそうなんだけど。と裕は俯いた。
「待ってって! 話ちゃんと聞いてよ、裕」
「……」
「……さっき、反応出来なくてごめん。二人きりで緊張してて……、それなのに急に裕が夢みたいな事言ってくるから……」
俯く裕を見ては反対の手でガリガリと後ろ頭を搔き、そうぽつり呟いた蓮。
その予想外過ぎる言葉に、へ? と裕が呆けた表情をし、蓮を見た。
「……は? え、緊張って……、お前そんな素振りひとつもなかったじゃん」
「態度に出さないように頑張ってただけだよ……」
「……所構わず抱き締めてくるような奴が、緊張とかすんのかよ」
「所構わずなんてしてないじゃん! スタッフルームとかだとある程度制御出来るし。……でも、こんな場所で二人きりだと俺いつ暴走するか分かんないし、この間手が早いって言われたばっかだから我慢しようって耐えてたんだけど、初めて家に好きな人呼んだから、なんかもう堪んなくなっちゃって……、でも怖がらせたくないし、だから普通にしようってずっと心がけてたんだよ……」
そう呟く蓮が、とうとう手で顔を隠している。
けれども耳がうっすら赤く染まっているのが見て分かり、先程までの余裕そうな態度とは程遠いその蓮の姿に、裕は心がふわんと温かくなってゆくのを感じた。
……俺があんな事言ったから我慢して、でも蓮も俺と同じように馬鹿みたいに緊張してたんか。……しかも家に呼んだの、俺だけだって言った。
なんて途端にニマニマと弛む顔のまま、腕を握っている蓮の手を外し、しかしそっと指を絡めた裕が、
「……俺、怪我治ったんだけど」
と呟き、蓮を見る。
その視線に顔を覆っていた手を離し、けれどもうぐっと表情を歪ませる蓮に、……わー、こいつこんな顔もすんだ。と裕は見たこともない可愛らしい姿の蓮にキュンキュンと胸を疼かせた。
「……ほんとに、何もしねぇの?」
「っ、……そんな事言ってると、ほんとにキスするよ」
またしても息を飲み、しかし低い声で呟いては、見下ろしてくる蓮。
その姿は可愛いのにやっぱり格好良くて、……ずっりぃなぁ。なんて思いながらも、裕はきゅっと蓮の指を握った。
「俺も、したいし……」
そう言ったあと、裕がぎゅっと目を瞑れば、またしても微かに蓮が息を飲んだ音が聞こえた。
それからそっと腕を引かれ、ふわりと蓮の匂いが強くなる。
それが恥ずかしく、くらくらしそうだ。なんて思いながらも裕が待っていれば、……ちゅっ。と優しく重なった唇。
それは本当に軽く、優しく、今日日高校生の方がもう少し進んだ交際をしているだろうに、それでもいっぱいいっぱいな二人は、初めてのキスに顔を真っ赤にしていた。
そっと開けた、視界の先。
そこには鼻がくっつきそうな程の距離に蓮の顔があり、真剣でいて甘い瞳で自分を見ている蓮に爆発しそうな心臓のまま、裕も見つめ返す。
「……キス、しちゃったね」
だなんてコツンと額を合わせ囁く蓮に、いちいち言うな馬鹿。と小さく脇腹を殴ったあとキュッと服の裾を摘まめば、思いきり抱きすくめられてしまった。
「わ、うっ、ぷ、」
「どうしよう……。めちゃくちゃ嬉しい」
ぎゅうぎゅうと痛いほどの抱擁をしてくる蓮の胸板に鼻が当たり、裕が間抜けな声をあげる。
しかし蓮は喜びに震えるばかりで、その声も痛いほどの抱擁にもそれが本当だと分かりすぎるくらい分かっている裕もまた、蓮の背に腕を回して抱き締め返し、……ん。と呟く。
それからまたコツンと額を合わせてきた蓮が、もっかい。だなんて言ってはタガが外れたよう何度も何度も、しかし優しく唇を合わせ、二人はここが玄関だなんて事をすっかり忘れては、ちゅっ、ちゅ、と拙いキスをずっと繰り返したのだった。
***
「……はぁー、なんか夢みたい」
そう笑いながらぎゅむぎゅむと抱き締めてくる蓮に、裕も柔く微笑みながら、ベッドの中で蓮の背を抱き返した。
──あれから、「泊まっていってくれる?」だなんて聞いてきた蓮にこくんと頷いた裕。
それから交互に風呂に入り、蓮の服を借り、新しい歯ブラシを出してもらったりなんだったりとしてもらいながら、今に至っている。
だが、今は仲良くベッドに潜っているものの、先程までは「俺がソファで寝るからベッド使ってね」という蓮と「家主がなんでソファなんだよ。俺がソファで寝るわ」と言って聞かない裕とで、どちらがソファで寝るか少し揉めていて。
しかし、「ていうか、こ、恋人なんだから一緒に寝ればいいんじゃねぇの」なんて言った裕の提案によって、ようやく仲良く寝室で寝ることにしたのだ。
「……それにしても、裕って意外と大胆っていうか、無意識なんだろうけど小悪魔だよね」
「はぁ? なんだよ小悪魔って。男に使う言葉じゃねぇだろ」
「でもほら、今だって俺に何かされるなんて思ってないくせに、引っ付いてきたりするじゃん」
だなんて言いながらも、つつ、と蓮が裕の頬を指で撫でてくる。
それにぴくんっと身を揺らし、んっ。と声を漏らしてしまった裕だったが、それから顔を赤くしながらも、蓮を見つめた。
「……さっき、ちゅーしたじゃん。何もされねぇなんて思ってないっつうの」
馬鹿にすんな。と言いたげに見つめてくる裕の、美しい瞳。
それにごくんと生唾を飲み込みながらも、……そういう事言ってるんじゃないんだけどなぁ。ほんと、俺に襲われるっていう危機感ないんだよなぁ。と蓮が心の中で呟いては破顔し、でもそういう所が好きだなぁ。とまたしてもむぎゅっときつく裕を抱き締めた。
「……なんか、誰かと一緒に寝るっていうのも初めてだから、凄く変な感じ」
「へっ、……え、まじで言ってんの?」
「そうだよ。ていうかさっき好きな人自宅に呼んだの初めてって言ったじゃん」
「いや、それは聞いたけど……」
「あー、まぁ誠也達は勝手に来て勝手に騒いでくから、皆でリビングで雑魚寝とかは良くするけど、こうやって恋人と一緒に寝るのは、ほんとに初めてだよ」
そう恥ずかしそうに微笑む蓮に、ひくりと唇の端をひくつかせ、裕はまさかと思いながらも口を開いた。
「……蓮ってまさか、童貞、」
「なわけないでしょ」
間髪入れず鼻で笑われ、まぁ本当にそう思った訳じゃねぇけど、でも、誰とも一緒に寝た事すらないって言うから。と裕が見つめれば、少しだけバツが悪そうに蓮はポリポリと頭を掻いた。
「童貞ではない、けど、……ちゃんと付き合いたいなぁとか、恋人にしたいなぁって思って告白なんてしたのは、裕だけだって事だよ」
言いにくそうに呟かれた言葉に、……あーなるほど。やっぱこいつ遊んでたんだなぁ。と納得し、けれども特別だと言われているようで悪い気はしない。といったような表情をした裕は、枕に顔を埋めたまま、ふーん。と気のない返事をした。
「え、なんか見たことない可愛い顔してる」
「何だそれ。してねぇわ」
「えー、してたよ」
「してねぇ」
「あははっ」
強めに否定する裕が可愛かったのか、あはっと笑い声をあげた蓮が、ワックスの付いていないふわふわとした裕の髪に指を通す。
その愛おしそうに見つめてくる眼差しと優しい指先の感触に恥ずかしそうにしながらもうっとりとしていた裕だったが、店での事を振り返り、気恥ずかしそうにぽわりと頬を染めた。
「……俺たちの事、有さんにはなんとなく気付かれてんなぁとは思ってたけど、まさか誠也にまでバレてたとは思わなかったなぁ。瑛に至っては、もう付き合ってると思ってたみたいだし……」
「瑛には、裕がこの間心配して仮眠室に来てくれた時の会話聞かれてたから、もう付き合ってると思われたのかも。誠也も人の悪意に関してはてんで無頓着だけど、好意に対しては察し良いからさ。この間の売り上げ報告の時、悔しがってた俺にこそっと耳打ちで、裕なら一位じゃなくても頑張ったなって褒めてくれるよ。なんて言ってきたくらいだし」
なんて言った蓮に、売り上げ報告のあの時何かボソッて言ってんなと思ってたらそれだったんか! と知った裕は、堪らずボフッと枕に顔を埋めた。
「うあ~……、まじか~……」
「……やっぱ知られたくなかった?」
「……いや、そういうわけじゃねぇけど、」
「けど?」
「……なんかはずいじゃん」
そろり、と顔をあげ、友達にそういうの筒抜けだったのはずいじゃん。なんて呟く裕。
その悩殺級な仕草にングッと息を飲んだ蓮だったが、それから、「まぁまぁ、どうせ遅かれ早かれバレてたんだからいいじゃん」なんて裕の後ろ髪を撫でた。
「……それは、そうだけど~……」
「ていうか、裕から俺の匂いがするっていいね」
もうこの話題は終わりだと言うよう会話の急ハンドルを切りながら、しかし嬉しそうに蓮がすんすんと鼻を鳴らす。
そんな蓮の仕草に、裕はカァッと全身が羞恥で染まるままバッと顔をあげ、
「っ、だからっ、変態くせぇ事言うなや!」
なんて蓮の顔にボスンッと枕を強く投げつけたのだった。
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