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第五章
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しおりを挟む「おじゃまします……」
ガチャリと扉を開けて、どうぞ。と促す蓮にそう断りを入れ、裕が玄関をまたぐ。
その瞬間ふわりと蓮の香りが鼻を擽り、裕は訳もなくドキドキと胸をときめかせた。
のそりと中に入れば、後ろから入ってきた蓮が、ごめんね。と腕を伸ばしパチリと玄関の灯りを点ける。
そうすればパッと明るくなった玄関と続く廊下の綺麗さに、はーさすがホスト。俺のぼろっちい部屋なんて比べもんになんねぇな。と感心しつつ、裕はまたしても促されるまま足元に差し出されたふわふわのスリッパに足を通し、先に歩いてゆく蓮の後を付いていった。
廊下を歩きながら右側に並ぶ二つの扉を指し、ここがトイレで、こっちがお風呂場。といったあと、「俺の部屋はこっち」なんて蓮が左側にある扉をコツンと一度叩いては、笑う。
その意味深な笑顔に裕はさっと視線を逸らしながら、ふーん。と気のないような返事をしたが、内心では良く分からない緊張を抱えていた。
そんな裕にまたしても蓮が笑った気がしたが、そのまま廊下を進み突き当たりの扉に手をかけ、
「飲み物、コーヒーかお茶か水しかないんだけど、どれがいい?」
なんて言いながら、あ、好きに座ってて。とひらけたリビングにどどんと置かれたこれまた高級そうな大きいソファを指し、キッチンへと消えてゆく。
その後ろ背を見つめながら言われた通りリビングのソファに座り、ふわりと沈むその柔らかさに感動しながら、裕は辺りをキョロキョロと見回した。
ソファの下に敷かれた茶色いラグに、ローテーブル。そして壁には大きなテレビがあり、窓にはシックな色味のカーテン。というドラマや映画でしか見たことがないような非の打ち所がない完璧な部屋に、裕が自身との格差を少々恨んでいれば、対面式キッチンから顔を覗かせ、
「え、どっち?」
と先程の質問に返事を返さない裕に笑いながら、蓮がまた問いかけてきた。
「あっ、み、水で!!」
ハッとし、みっともなく声を張り上げてしまった裕が顔を赤くしたが、蓮はくすっと笑うだけで。
それから冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出してコップに注ぎ、蓮がキッチンから出てきた。
「はい」
「あり、がと……」
笑顔で差し出されるコップをどこか気恥ずかしくなりながらも受け取れば、「じゃあちょっと着替えてくるね」と蓮がリビングを出ていき、一人きりになった裕は横にあったクッションを徐にぎゅっと抱き抱えた。
「……はぁ~~」
口から溢れていく、深い息。
ドクンドクンと心臓が高鳴り、緊張から全身を固まらせていた裕は、いやでも別に何もしないって言ってたし。なんて考え直して、ぼんやりと宙を見た。
……何もって、ほんとに何もしないんかな……。
なんて心の中でぼやき、ふにっと無意識に自分の唇を食む。
ホッとしたような、或いはガッカリしたような何とも言えぬ気持ちが渦巻き、ううぅ~……。と裕が唸りながらクッションに顔を埋めていれば、ジーンズにシャツというラフな格好をした蓮が戻ってきては、何してるの? と微笑んだ。
「裕?」
「っ、な、何でもない」
「そう? あ、お腹空いたよね。ちゃちゃっと何か作っちゃうから待っててね。あ、テレビなんかやってるかな」
なんてご丁寧にテレビをつける蓮。
その広い背中を見つめ、蓮の私服なんて皆で遊んだり飲みに行った時に何度だって見てるというのに、なんでいつもよりドキドキしてんだ俺。と裕が自身の心臓を抑えていれば、パッと点いたテレビ。
しかし深夜のテレビショッピングしかやっておらず、それに数秒黙ったあと二人して顔を見合せ、それから、そりゃそうだよな。と笑ってしまった。
「これが夜の仕事の辛いとこだよね」
未だクスクスと笑いながらも、テレビラックから何本か映画のDVDを取り出し、気になるのがあったらそれ観てて。と言い残して、蓮がキッチンへと消えて行く。
それに裕は、ん。と返事をし適当なDVDをデッキへと挿入したが、結局ずっとキッチンで料理をする蓮を、盗み見てしまっていた。
そして宣言通りちゃちゃっとパスタを作った蓮に、お前こんなんも作れちゃうの? と目を見張った裕は、二物も三物も与えられた人間とはまさにこいつの事だな。なんて神様の設計図に脱帽しつつ、二人で蓮が作ってくれたパスタを仲良く食べた。
それから、作ってもらったお礼にと皿洗いでもしようとしたが、それすらもさせてもらえず、結局裕は質の良いソファに沈みながら、キッチンで皿を洗う蓮をやはりぼんやりと見るだけだった。
「お待たせ……、って、あー……、もうこんな時間か。下にタクシー呼ぶから、ちょっと待っててね」
洗い物を終え、パタパタとスリッパの音を響かせながらリビングへと来た蓮が、しかし壁に掛けてある時計を見ては携帯を手にする。
それに裕は慌てて立ち上がり、咄嗟に蓮の手を掴んでしまった。
「わっ、え、なに?」
「あ、ごめん、」
「いやいいんだけど、どうしたの?」
「あ、えっと、その、あ、明日、講義取ってない、から、」
「……え、」
「……もうちょっと一緒に居れるっていうか、その、」
そう言葉を濁し、俯く裕。
しかし蓮が珍しく何も言葉を発そうとしないので、思わず不安になった裕が顔をあげたが、そこには目を丸くし固まっている蓮が居るだけで。
それに裕は一気に恥ずかしくなり、しくった。と顔を赤くしては、叫んだ。
「あ、いや、やっぱ帰るわ! 長居してごめん! タクシーとか自分で呼ぶから! じゃあまた明後日な!」
そう捲し立て、急いでソファの下に置いていた鞄を引っ掴み、裕がリビングを出る。
ドタドタと迷惑な足音を響かせてしまいながらも、何やってんの俺。恥ずかしい。なんて、裕は後悔の嵐に身を落としていた。
いやそりゃそうだよな。いくら恋人になったとはいえ、そんな一緒に居たい訳じゃないもんな。ただ一緒にご飯でも食べようってくらいのノリだったんだよなきっと。それなのに俺は……、うわー! まじではずい!
なんて、己の浮かれ具合に全身を羞恥で真っ赤に染めた裕が、この場から消え去りたい一心で慌ただしく玄関で靴を履いていれば、
「裕、待って!」
と叫び後ろからやって来た蓮に腕を取られ、阻止されてしまった。
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