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第五章
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しおりを挟むそれから、出勤してきた皆から大丈夫かと声を掛けてもらいつつ、久しぶりの仕事をしていた裕は、蓮が働いている姿を見ては動きを止め見惚れてしまうばかりだった。
そのつどハッとしたように頭を振っては、なに恋人が女の子にデレデレしてる姿に見惚れてんだ俺。なんて思ったが、それを差し引いてもやはり接客している蓮は惚れ惚れするような格好良さと色気があって。
ホストとしての蓮にだって自分は惚れてんだなぁ。だなんて裕は恥ずかしい事を自覚してしまい、一人顔を赤くするばかりだった。
そんな裕の複雑な心境などお構いなしに蓮指名のお客様は次から次へとやってきたのだが、そんななか、新規で来店された自分達と同世代くらいの大人しめな、言ってしまえばホストクラブになど縁の無さそうな女の子が男本の中から蓮を指名した。
それに接客スマイルを崩さず、しかし、こんな純粋そうな子には蓮の色気なんてひとたまりもないんだろうなぁ。なんて思いながら席へと案内をした裕。
その間その子は一度も顔を上げることなく、俯いていて。その長い黒髪を見つめながら、緊張してんのかな。なんて何だか初めてここに来た自分と重なった裕は、微笑ましい気持ちになりながら蓮を呼びに行った。
「新規のお客様です」
コソッといつものように耳打ちで伝えると、するりと腰に腕をまわし分かったと爽やかに言ったあと、耳打ちするフリをして蓮が裕の髪の毛にキスをし、意味深な笑みを浮かべる。
それに思わずドキリとしてしまい、……そういえば、怪我が治ったら……。とあの夜言われた台詞を頭のなかで思い出してしまった裕は、蓮を席へと案内したあと、慌ててバックヤードへと引っ込んだ。
鏡など見なくても、自身の顔が真っ赤な事ぐらい分かっている裕が、バクバクと鳴る心臓のまま、そっと自分の唇を指で撫でる。
けれども当たり前に固い指の感触しかせず、ふにふにと唇を触りながら、……このあとお互い一部であがりだし、明日俺全休だし、そういえば明日のシフトお互い休みになってたし、今日蓮の家に行っても全然問題ないしなんなら泊まったって……。まで考えたあと、ハッとしては頭を振った。
いやいやいや、何期待してんだ俺! と慌てて邪な想いを払拭し、顔をパンッと一度叩いた裕は、とりあえず今は仕事に集中しねぇと! と自身に渇を入れ、しばらくそこで頭を冷やしたあと、フロアへと戻っていった。
***
そんな、肉体的にも精神的に疲れた仕事が終わった、あと。
スタッフルームで皆と少しだけ談笑し、いつものように仮眠室へと向かった誠也、瑛、石やんにつられるよう二部までの奴らは全員仮眠室へと行き、もうあがりの奴らは、帰るか。と身支度を整え、早々に部屋から出ていってしまった。
いつの間にか部屋に残されたのは、裕と蓮だけ。
それにドキドキとしてきてしまった裕はせかせかと着替えながら、
「お、お前なぁ、仕事中にああいう事すんなって前も言ったじゃん。しかも誠也達にばらすし。受け入れてくれたから良かったけど、こういうのはもうちょっと慎重に、」
なんて顔も見ずに捲し立てていれば、不意にふわりと蓮の香りがした。
「うん。仕事中の件に関してはごめんね。でも誠也達はこんな事ぐらいで引かないし、隠すのなんて馬鹿らしすぎると思ってるからさ、それは謝んないよ」
ピシッと固まった裕を先程と同じよう後ろから抱きすくめ、仕事中はごめんね。なんて蓮が謝ってくる。
それでもそれ以外は悪びれる様子もなく、薄く微笑みながら鼻先を裕のうなじにすりすりと当ててきたので、その擽るような仕草にビクンッと身を揺らした裕は顔を真っ赤にしながらも、柔い抵抗を示した。
「れん、だからここ職場だって……」
「もうプライベートだよ。それに男同士でだとかなんだとか言ってくる奴も居ると思うけど、そんなの言わせとけばいいんだよ。肝心なのは俺らがちゃんと想い合ってるって事なんだから」
なんて優しくゆらゆらと体を揺らしながら囁く蓮に、それはそうだけど、と口ごもった裕。
そんな裕にくすりと笑っては鼻を鳴らし、蓮はすんすんと髪の毛の匂いを嗅いだ。
「んー、裕の匂い」
「っ、はぁ!? やめろ変態!」
「いい匂いなんだもん」
ボボッと顔を赤くした裕が、「知るか! 嗅ぐな!」と蓮の腕から逃れようとジタバタとする。
しかしそれを阻止するよう蓮がぎゅうぎゅう抱きすくめながら脇腹を擽ってくるので、
「わはっ、やめ、あはは」
なんて堪らず裕は笑い声をあげてしまった。
それからしばらく友人同士の戯れにも似た空気が流れるなか、蓮のジャケットのポケット部分に何か入っているのか背中に柔い物が当たる感触がして、裕は笑みを浮かべたまま、くるりと蓮へと向き直った。
「もういいから蓮も早く着替えろよ」
「えー、もうちょっとくっついてようよ」
「終わりだっての。てかポケットに何か入れてる?」
そう笑いながら、裕が蓮のジャケットの裾をつんつんと摘まむ。
そうすれば、ああ、と思い出したよう蓮がゴソゴソとポケットを漁り、中から小さなクマのぬいぐるみキーホルダーを取り出した。
「え、なんでクマのぬいぐるみ入れてんの」
「新規のお客さんから貰ったんだよ。楽しかったお礼だって」
「へ~、あの女の子が。確かになんかそういうの好きそうだったな。ていうかやっぱ女の子ってぬいぐるみとか普通に持ってるもんなんだなぁ」
「いや、普通じゃないと思うけど。でもまぁたまたま作ったのがあるからって渡されたから、思わず受け取っちゃった」
「えっ、これ手作り? すげぇ。ちょっと見せて」
なんて言いながら、ひょい、と蓮の手に収まっていたクマのぬいぐるみキーホルダーを拝借し、まじまじと見る裕。
手作りだと言っていたというが縫い目だって表情だってとても良く出来ていて、普通に売ってるやつかと思ったわ。と可愛らしい青色の上着を羽織っているクマの顔をうりうりと撫でては感心している裕に、ほんとだよね。と相槌を打ちながらも、まぁそんな事より。なんて蓮は裕の手からクマを掴んでは、ズボッとジャケットの中に戻した。
「ね、今日、なにか予定ある?」
爽やかな笑顔で見つめつつ、ないよね。というような無言の威圧さを感じる、その笑顔。
それにピクリと体を固くした裕は、いや、ねぇけど。と小さく呟いて目を逸らしてしまった。
じわり。体が熱くなってゆく。
耳の奥ではあの日聞いた蓮の声がこだまし、ちらりと蓮の唇を盗み見た裕は堪らず小さく息を飲んでしまって、こんなん、意識してますってバレバレじゃねぇか。と恥ずかしさで顔を赤くしてしまった。
「……そんな警戒しなくても、今日はもう何もしないよ。ただもう少し一緒に居たいなぁって思っただけ。本当に何もしないって約束するから、ウチ来ない?」
なんて両手をあげ、何も致しません。とポーズした蓮に裕がぱちくりと瞬きをし、それから小さく、頷く。
そんな裕の表情に、うーんいまいち信用されてない。と蓮は困ったよう眉を下げ笑いながらも、言質は取った。とばかりに自身のロッカーからさっと鞄を取った。
「やった。じゃあ帰ろ」
にんまりと笑顔を浮かべ足早に帰宅を急かす蓮は、未だスーツ姿のまま。
その見た目は完璧な色男だというのに笑顔だけが子どものように愛らしい蓮の浮かれた姿に思わずくすっと笑った裕は、スーツ姿の蓮の後を付いて行った。
「お前着替えなくて良いのかよ」
「いいよ。どうせ家すぐだから。あ、帰る前に何か食べ物とか買って帰る? それか家にあるものでいいなら何か作るけど、どっちがいい?」
「へっ、料理できんの?」
「まぁ、人並みには」
「へー、じゃあ蓮の手料理で」
「分かった。頑張るけど、ハードルは下げてね」
「ははっ、じゃあ期待はしないどく」
「えー、それもなんか……。破滅的なモノはさすがに作らないよ」
そう軽やかに会話をし笑いながら外に出た二人は、夜のきらびやかなネオンの街のなか、初々しさを醸し出しながらゆっくりと歩いていった。
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