【完結】君と恋を

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第四章

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 売り上げ報告のあと、後ろ髪を引かれる想いながらも終電に間に合わないからと帰宅した裕は、それでもなかなか寝付けず、ベッドの中で何度も何度も蓮の姿を思い出していた。

 きらびやかな照明の下でコールを受け歓声を煽る姿や、結果報告の時の悔しそうな表情。
 それでも気丈に笑顔を絶やさなかった態度や、誠也が表彰をされている間、きちんと拍手をしては讃えていた横顔。

 それから事切れるかのように寝入ってしまった蓮のあどけない寝顔が瞼の裏でまざまざと浮かび、裕は吐息を漏らしつつ、……いや、あれは誰の目から見てもかっこいいだろ。なんてこのときめきを正当化しようとしたが、それだけではないという事をもう自覚していた。

 どうして蓮にだけこんなにドキドキするのか。
 どうして蓮に振り回されても嫌だと言えないのか。
 どうして優しく触れられるだけで、泣いてしまいそうになるのか。

 それがもうどんな意味を持っているのかなんて、気付きたくはなかったがもはや否定できぬ所まで自身の身に落ちていて、裕はぎゅっと毛布を抱き締めては、

「もー俺まじかよぉ……」

 なんて呟いてはごろごろと寝返りを打った。

 そっちの気なんてなかった筈なのに、あの天然タラシにまんまとハマってしまった自分が情けないような恥ずかしいような、それでも蓮の自分に対する態度を思えば蓮も自分の事を特別に想ってくれているのかも。などという思い上がりもむくむくと沸いてくるわけで。

「だいたい、思わせぶりなんだよなぁ……。あのばかは……」

 なんてまたしてもぽつりと呟きながらウンウンと唸っていた裕だったが、しかしいつの間にか、眠りについてしまっていた。




 ***



 翌る日。

 大学の講義を終えた裕は、少し早めに店にやって来ていた。

 一ヶ月前、褒めてね。なんて言っていた蓮は、今日どういう反応をするのだろうか。と思いながらも、ていうか改めて褒めるなんて恥ずすぎんだけど。なんて悶々としながらも裕はスタッフルームへと向かい、扉に手を掛けたが、そこで中から人の話し声が聞こえた。

 どうやら中に居るのはカイ一派のホスト達の声で、わざわざ針のむしろになるのも嫌だな。と踵を返した裕がどこかで時間でも潰そうかと思案した、その時。


「まじで最近調子乗っててうぜぇよな、蓮」

 なんていうフレーズが聞こえてしまい、裕は突如聞こえてきた蓮の名前にドクンッと鼓動を高鳴らせつつ、けれどもなんだか嫌な展開になりそうでそっと扉に近付き、気付かれぬよう中の様子をうかがった。

 二人が部屋の真ん中に置かれた長テーブルの椅子に座り、もう一人が行儀悪く机の上に座っている。
 そして椅子に座っている方の一人が発したのであろう先程の言葉に、二人が同調するよう、それな。なんて相槌を打っていて。
 それに眉間に皺を寄せ、何が調子乗ってるだよ。お前らも蓮がほとんど休みなく一部も二部も出勤して頑張ってたの見てただろ。と内心腸が煮え繰り返る思いで裕は見ていたが、

「嫌がらせしても全然こたえてねぇし、ムカつくんだよなぁ」

 なんて言った男の台詞に、目を見開いてしまった。


 ……今、確かにあいつらは嫌がらせと言った。
 じゃあやっぱり、俺の嫌がらせがぱたりと止んだのは蓮に矛先が変わったから……。でも蓮はあの時、嫌がらせなんてされてないと言ったのに。……あれは嘘だったんか。

 なんて目まぐるしく頭の中で考え、知ってしまった事実に、蓮の言葉を鵜呑みしホッとしていた自分は本当に大馬鹿者だと、裕が己を恥じる。
 けれども、なぜ蓮があんな嘘を言ったのかなんて分かっていて、……ばかじゃねぇの。と裕は目を伏せた。

 ……ほんと信用ならねぇな、あの笑顔。

 そう心の中でぼやきながらも、今一度蓮のあの時の笑顔を思い出せば胸がきゅんと疼くことに、馬鹿だわほんと。なんて恋の愚かさに唇を噛み締めた、その瞬間。

「もうこうなりゃボコるか」
「……えっ、それはやばくね?」
「いんだよ。ああいう人生イージーモードで生きてきたような奴は、少し痛い目みなきゃ不公平だろ」
「……まぁ、それは確かにそうな」
「だろ? だからもう蓮が来たら俺たちの溜まり場に連れていこうぜ」

 だなんて言い出した、男たち。
 その言葉に事態はやはり最悪の展開になりそうで、裕は堪らず勢いよく扉を開けた。


「さすがにそれはやり過ぎなんじゃないっすか」
「っ!?」

 突然の裕の登場とその台詞に、聞かれていたのかと驚きに目を見開いた三人だったが、しかし入ってきたのが裕だと知るや否や、侮蔑が混じる表情を浮かべては、鼻を鳴らした。

「……はっ、誰かと思えば誠也達の金魚の糞じゃねぇか。お前内勤のぺーぺーのくせに先輩の俺らに舐めた口聞いてんじゃねぇぞ」
「別に俺の評価はなんでもいいっすけど、でも同じホストを潰したり頑張ってる奴を馬鹿にすんのは、違うと思うんすけど」

 高圧的な態度でじろりと睨み付けてくるその視線に臆することなく、真っ直ぐ言い切った裕。
 その怯まない態度が更に癪に触ったのか、三人が一気に立ち上がり、裕に詰め寄った。

「あんま調子乗ってんじゃねぇぞ」

 そう言った一人に胸ぐらを掴まれた裕は、……やべぇかなこれ。とは思ったが、自分が対象になれば流石にもう蓮にまで危害は及ばぬだろうと、睨み返した。

「……ちょっと来い」

 裕の眼差しが気に食わなかったのか、ドスの効いた声で呟く男。
 そしてそのままぐいっと襟首を引っ張っては部屋の外へと連れ出し、裕を囲むよう後ろに二人が並び立つ。
 その、絶対に逃がさない。という態度に、きっと先程言っていた溜まり場とやらに連れて行かれるのだろうと分かりつつも、それでも裕は抵抗する事なく引きずられるまま、付いていった。




 
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