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第三章
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しおりを挟む──そうして、とうとう迎えた、売り上げ報告の日。
今日は何がなんでも全員出勤するように。という有人の通達により、スタッフ総出での出勤となっていて。
しかし、珍しく『売り上げ報告は今日の一部の後にします。本日の一部での売り上げも今回の売り上げ報告に加味するので、皆最後まで頑張るように』と言った有人の言葉でミーティングが終わり、裕はなんだかソワソワと落ち着かない様子で、フロア掃除をしていた。
横では、指一本だけでモップを自在に動かせるかという謎の挑戦を真剣にしている石やんが居て、普段ならばそれを見て裕はゲラゲラ笑うのだが、今は到底そんな気にはなれず。
「なんかすげードキドキしてきた……」
だなんてポツリと呟けば、突然の声に集中力を乱した石やんの人差し指からモップがカクンと崩れ落ちた音が、辺りに虚しく響いた。
「ああっ!!」
まるで物凄く重大なミスをしてしまったかのよう悲鳴をあげた石やんが、しかし素早くモップを拾い上げ大事そうに抱きかかえては、「ごめんね痛かったよね」だなんてあやし始めている。
それは何とも珍妙にして滑稽で、けれども裕の言葉は一応ちゃんと聞いていたのか、それが売上報告の事だと分かっている石やんが口を開いた。
「まぁ誠也と蓮のどっちかで決まりじゃん?」
なんて、カイ一派の内勤も居るなか、堂々と言い放つ石やん。
それに、声が大きいよばか! とたしなめつつ、まぁ俺もそうだとは思うけど……。と裕も小さく呟いた。
「裕はどっちに勝ってほしい?」
そう何気なく聞いてきたのであろう石やんの、それでもドキリと刺さる台詞。
それに、どっちって……。なんて考えた裕だったが、それから曖昧に微笑んだ。
「……どっちももう大事なダチだし、どっちが勝っても嬉しいよ」
そう言った裕を、愛くるしさもある三白眼でじっと見つめた石やんがふーんと呟き、「じゃあまぁ二人のどっちかが勝つことを願っとこう」なんてニカッと笑い、またしても大事そうに抱えていたはずのモップで指一本チャレンジをし始めた。
それを横目で見つつ、普段なら一緒になってチャレンジしたり妨害したりする裕はそれでもなんだかやはりずっとドキドキと胸が煩くて、とてもじゃないがそんなおふざけをしていられる気分ではなかった。
***
いよいよ運命の一部営業がスタートし、
「「「いらっしゃいませ」」」
と開店と同時に入ってくるお客様にプレイヤーと内勤一同総出でお迎えをしては、泣いても笑ってもこれが最後となる今月の売り上げ総選挙の幕が上がった。
先程の有人の発言により、一斉に自分の太客(お金をたくさん落としてくれるお客様の事をそう呼ぶらしい)に連絡を取ったホスト達の甲斐あって、今日はガンガン自分の指名するホストにお金をつぎ込む客ばかりが揃っている。
それは有り難い事なのだが、内勤の裕と石やんからすれば息つく暇もないほど忙しく、ひっきりなしにフロアやバックヤードを行ったり来たりしていた。
そんななかでもとびきり目立つのはやはり、誠也、カイ、蓮の居る席で。
どんどんとシャンパンやらボトルやらのコールが飛び交い、ノリが良く皆で楽しもうとする誠也、オラオラ系の態度でのしあがってきたカイ、天性の人たらしを遺憾なく発揮する蓮。という三者三様のスタイルは客層も全然違うものの、それでもやはり三人ともカリスマ性に満ち溢れていた。
ドルフィンやらカミュブック、テディにルイとコールがかかるたびに、どっと華やぐ場。
一気コールが沸き起こる店内はさながら打ち上げ花火が咲き誇るかのような派手さと騒々しさがあり、あの日有人に誘われ見た時よりも盛り上がりを見せる店内を、裕は暫し夢見心地のような表情でぼんやりと眺めた。
笑顔がそこかしこで溢れ、活気に満ち充ちている。
誰一人として暗い顔なんてしておらず、
「ナンバーワンナンバーワン! やっぱり誠也がナンバーワン! ナンバーワンナンバーワン! ナンバーワン!」
と誠也の席からは客による意地のコールが上がり、それに負けじと蓮の席も蓮を称えるコールが沸いている。
それを聞いた裕は、これがホストという仕事なのか。と何故か染々と胸に迫る何かに堪らず泣きそうになりながらも、ハッとした様子で仕事に戻り、クタクタになるまで店内を走り回った。
そうして、怒濤の一部が終了し最後のお客様を見送った、あと。
「……ッ、今日はやばかった~~!!」
そう叫び、ぐったりとフロアに転がった誠也は、それでもとても楽しそうな顔をしていた。
「蓮! 俺の実力見たかこの野郎ーー!!」
「いやまだ勝負決まってないじゃん」
ソファにくたりと沈んでいる蓮に向かってニシシッと歯を見せる誠也の言葉を、すかさず一蹴する蓮。
そのやり取りにどっと場が笑いで包まれているなか、裕もへたりこんだままゲラゲラと笑った。
「はい皆お疲れ様!」
和やかだったその場を裂くよう、有人が声を張り上げながらフロアに入ってくる。
どうやら売り上げの計算を終えたのか、くたりと沈んでいた面々は慌てて全員ビシッと立ち上がっては頭を下げ、整列をした。
それからずらりと綺麗に並んだ皆を見回し、売り上げ報告のファイルを手にした有人は、凛とした声で言った。
「この一ヶ月、本当に皆頑張ってくれたと思います。ありがとう」
そう謙虚な態度で深々と頭を下げ、それから顔を上げて眼鏡をクイッとあげ直したかと思うと、有人が売り上げの報告をし始めた。
発表された総売り上げ金額は、先月よりも明らかに額が跳ねあがっている。
それに盛り上がる皆だったが、裕は誰が一位になるのかと、またしてもドキドキと高鳴る鼓動を抑えるため、ぎゅっと胸元を握った。
自分の事ではないのに。いや、俺にも一応は関係あるのか? なんて思っている裕を他所に報告は続き、
「それじゃあ、ナンバーを発表していきます。まずは五位、」
そう淡々と、けれどしっかりと誠意を持って発表していく有人の、凛とした声。
それを聞きながら、裕はごくりと唾を飲んだ。
普段は五位の蓮の名前は呼ばれず、まぁそうだよな。なんて空気が漂うなか、五位、四位の発表が終わり、それぞれ名前を呼ばれた人が前に出ては、金一封を貰っていく。
そして、三位の発表前に有人もどことなく緊張した様子で小さく息を飲んだあと、口を開いた。
「──第三位は、……カイ!」
声高らかにカイを呼び、「お疲れ様でした。ありがとう」と金一封を差し出す有人。
それに不服そうにしたまま無言で受け取るカイに気を使うなか、まじかよ。じゃあまじで誠也さんと蓮さんの一騎討ちじゃん。 なんて辺りはざわざわとし始め、皆一様に固唾を飲んで、二位の発表を見守った。
「……えー、二位の発表の前になんなんですが、今回なぜ今日の売り上げまで換算したかというと、実は今日まで一位と二位が同じ金額だったからです。なので、今日の売り上げが勝負の決め手となっています」
そう前置きした有人がすぅっと息を飲み、
「二位は、」
まで言ってから、一旦言葉を止める。
その一挙一動に裕はもう全身が心臓になってしまったかのようにばくばくとしたまま、気が付けば、何かに祈るようぎゅっと拳を握っていた。
そして、今一度口を開いた有人の唇がゆっくりと動き……、
「──二位は、蓮!」
と高らかに宣言する。
その瞬間、誠也が珍しく咆哮するよう叫びガッツポーズを決め、蓮は膝から崩れ落ちては、
「まじかぁ~!!!」
なんて言いつつも、こんな時にですら口元に笑みを浮かべ、天を仰いでいた。
***
勝敗が決まった瞬間、爆発が起きたかのように店中がわっと沸き立ち、あーまじで悔しい! と珍しく悔しがる蓮に向かって、
「よっしゃぁぁ!! 俺の実力見たかこの野郎!!!」
と詰め寄る誠也。
勿論本気でそう言っている訳ではなく、蓮だからこその態度に笑いが起き、誠也が起きろよ。と蓮に手を差し出している。
その手を渋々取った蓮も、
「まーじで悔しい」
なんてもう一度言いつつ、笑った。
「蓮、本当にこの一ヶ月間頑張ったね。お疲れ様でした。ありがとう」
誠也に引っ張られ立ち上がった蓮に向かって、有人も微笑みながら金一封を差し出してくる。
それに、ありがとうございます。ときちんと頭を下げ、誠也の肩をバシッと叩いては、負けたぁ。なんて笑う蓮。
その打撃によろけた誠也だったが、小さく蓮に何かを耳打ちしたあと、俺が一位だ。と笑いながら有人を見た。
「誠也も、いつもより数字やナンバーに対して貪欲になった一ヶ月だったんじゃないかな。これを忘れず今後も頑張ってね。お疲れ様でした。ありがとう」
一位は誠也と言うまでもなく、そう言った有人から差し出される、一位と書かれた金一封。
それを大事に受け取りつつ、誠也はくわっと口を開いた。
「ありがとうございます! でもなんで俺だけ頑張れなの!? もうちょっと褒めてよ!」
なんて叫ぶ誠也の嘆きがフロアに響き、結局誠也は最後の最後まで笑いすらもかっさらっていったのだった。
──それから内勤はフロア掃除、プレイヤーは仮眠。といつも通りの流れへと切り替わったが、裕は未だにドキドキとしたまま掃除も身に入らない様子でなんとか清掃を終え、フロア横のタイムカードを押し、着替える間もなくそのまま仮眠室へと向かった。
けれども、そこには目当ての人物は居らず。
先程の売り上げ報告で興奮しているのか起きていた誠也と瑛はわちゃわちゃとしていて、そこに後ろから来た石やんがその輪に入り、三人が楽しげに戯れ始めている。
いつもならその輪に混ざる裕だったが、しかしそんな事をしている場合ではないと、誠也に声をかけた。
「誠也、蓮は?」
探してるんだ。と真面目な顔をして聞いてくる裕に、石やんと足の指で相撲をしていた誠也はしかし、察していたかのように、笑った。
「多分待ってると思うよ」
なんて笑う誠也の顔は、穏やかで。
そのどこか余裕があって全てを受け入れてくれそうな笑顔を見た裕は、多くの女の子はこの笑顔に安心すんだろうな。とぼんやり思ったが、
「ありがと」
とおざなりに礼を告げ、一目散にスタッフルームへと向かった。
そんなにない筈の廊下の距離がもどかしく、走りながら、ガチャッ! と乱暴にドアを開けた裕が、逸る気持ちのまま声を張り上げる。
「蓮!」
そう力強く蓮の名を呼んだが、当の本人は深紅のソファに仰向けになり、眠りこくっていて。
ハッハッ、と短く息を乱したまま裕はその寝顔を暫く固まって見つめたあと、それからふらふらと吸い寄せられるよう、近づいていった。
ドクン、ドクン。とまるで夏の終わりのようなやるせなさが胸を締め付け、そっと座り込み蓮の顔を見た裕は、震える指で蓮の目の下に蔓延る隈を、そっと撫でた。
じわりと指先に灯る、温度。
触れてもなお眠って起きない蓮に、裕はとうとうぐしゃりと唇の端を歪ませ、
「……頑張ったな。ほんとに、すげーよ。れん……」
と呟いては、ぽろりと瞳から涙を落としてしまった。
……どれほど蓮がこの一ヶ月間頑張っていたかを、俺は知っている。
そう心のなかで呟き、二位だとはいえ普段警戒心が強い男がここまでクタクタになり寝入るほど熱量を持って取り組んだその心意気に、裕はずびっと鼻を啜った。
そして、待っている間に堪らず寝てしまったのだろう蓮を想うと、もうどうしようもないほどの良く分からない感情がせりあがってきた裕は、その少しだけあどけない寝顔をじっと見ながら、小さく微笑んだ。
「……お疲れさま、蓮」
そっと呟き、蓮の頭を撫でる裕。
「……また明日、頑張ったなって言って頭撫でてやるからな」
なんて囁いては、短い蓮の黒髪を何度も何度も飽きることなくずっと梳き続けては、裕は柔らかな笑みを浮かべた。
初めて自分から意図的に触れた、蓮から伝わる体温。
それがやはりどうしようもなく胸を詰めらせ、裕ははにかみながらまたしてもぽろっと一粒、涙を溢してしまった。
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