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第三章
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しおりを挟むそして二人して店から出て、すっかり秋めいた季節に裕がぶるりと身震いをしながら蓮を見れば、
「どこ行く? 車じゃないから近場だけど」
なんて見つめてくるので、裕はその顔にハァと溜め息を吐き、ビシッと指を蓮に向けた。
「どこも行かない。帰って寝ろ。そのために有さんが休みにしてくれたんだろ」
「え、えー!? なんで! そのために俺待ってたのに!」
裕の言葉にぎょっと目を見開き、途端に騒ぎ出す蓮。
そういう所がやはり同い年というか、誠也達と同等の馬鹿さがあって、思わずふっと表情を和らげてしまった裕だったが、けれどそれからまたキュッと顔を引き締め、
「駄々こねない! はい帰るぞ!」
と蓮の腕を引いた。
そうすれば一瞬だけぱちくりと目を瞬かせたあと、大人しく黙って着いてくる蓮に、なんでなんも言わないんだろう? と後ろをちらりと振り向けば、なぜか蓮が顔を真っ赤にしていて。
その見たこともない表情に、今度は裕が驚きに目を見開く番だった。
「……は? な、なによ?」
「いや……」
「え、照れてんの?」
「……」
「……お前、人にはしょっちゅう際どいことやっといて、こんぐらいで照れるって意味わかんねぇんだけど……」
「際どいことって……。ていうか不意討ちに弱いんだよね、俺。……やばい。一気に酔いが回ってきそう」
なんてぽそりと呟き、掴まれていない方の手で口元を隠しては、やばい。と蓮が溢している。
それに、なんだよそれ。なんて裕も顔を赤くしぱっと手を離したが、それを逆に掴まれ、裕は思わずビクリと身を震わせてしまった。
「……うん。こっちの方が性に合ってる」
そう得意気に言っては裕の隣に並び立ち、リードされるよりする方が良い。と言わんばかりの蓮が、すっかりいつものように笑う。
その暗闇に浮かぶ白い歯がやけに眩しくて、裕は掴まれた腕を振り払う事が出来ぬまま、……結局は蓮のペースになんだよなぁ。なんて足元の石ころを蹴飛ばした。
それから二人はてくてくと夜を歩き、喧騒から少しばかり離れがらりと雰囲気を変えた、閑静な住宅街に差し掛かった頃。
「実は俺ん家すぐなんだよね」
なんて言った蓮が、ほら、あそこのマンション。と指さしたので、裕がそれに釣られるようその先を辿れば、ばかでかいマンションがそびえ立っていた。
「……うわ、金持ちすぎね?」
「別にあんくらいの大きさならそこまで金持ちって訳じゃないでしょ」
「嫌みかよ」
何度か自分の住んでいるボロアパートまで送ってもらった事がある裕が、俺の家のボロさ知ってるだろ。と言いたげにじろりと蓮を見つめ、その顔に蓮がははっと笑い声をあげる。
その声がすっかり静まり返った住宅街に響き溶け、何だかむず痒くなった裕が、
「……それじゃあ、ゆっくり休めよ」
と言っては、手ぇ離せ。と蓮を見たが、しかし少しだけ沈黙したあと、蓮はゆっくりと口を開いた。
「……ね、まだ時間大丈夫なら公園寄らない?」
なんて、蓮がすぐ側にある公園を指差している。
それに裕はちらりと腕時計を見ては、小さく眉を寄せた。
針は、もうそろそろ終電が来る時刻を指している。
けれどもなぜか断れず、いいけど。と小さく呟いては、大の大人二人して、のそのそと公園へと入っていった。
ぽつぽつと置かれた街灯に照らされる、夜の公園。
それはどこか物悲しく、昼の賑やかさからは想像も出来ないほどの静まり返ったその景色に、それでも裕がブランコへと座れば、蓮も真似るよう、隣のブランコに腰かけた。
しかし、長身のせいで足がかなり余ってしまうのか、蓮は座りづらそうにしていて。
そんな蓮の、悔しいがどこか間抜けな姿にぷぷっと笑いながら裕がブランコを揺らせば、キィッと金属が鳴く声が辺りを裂いていった。
「……」
「…… 」
「……今日、お前凄かった」
「え?」
「今日の蓮見て、やっぱホストなんだなーって思ったってこと!」
「ははっ、なにそれ」
なんて突然の裕の台詞に、蓮が座ったまま、揺れる裕を目で追う。
ゆらゆら。ゆらゆら。
一定のリズムで、けれど街灯に照らされ夜に浮く裕が、それからちらりと蓮を見たかと思うと、
「……かった」
と呟いたが、蓮は聞き取れなかったのか、微かに眉を寄せた。
「え、ごめん、何て言った?」
「……」
「裕?」
「……格好良かったって、言ってんの!」
しんと静まり返った公園に突如響く、裕の大きな声。
その声に蓮はぴしりと身を固くしたあと、それから盛大に項垂れては、呟いた。
「それはずるいでしょ……」
だなんて言いながら、蓮が徐に立ち上がる。
それをぶらんぶらんと揺れながら少々気恥ずかしい事を言ったと自覚している裕がちらりと盗み見たが、俯いているため表情が良く見えなくて。
近付いてくる蓮に首を傾げた裕が、れん? と名を呼べば、突然ブランコをぐいっと引っ張り止めてくる蓮に、裕は間抜けな声をあげた。
「へぁっ!?」
ガシャンガシャンッ! と金属の繋ぎ部分が盛大に音を立て、静かな公園にこだまする。
やがてその音は次第に夜に溶け消えたが、しかし二人はその間もずっと、黙ったまま。
──というよりも、裕の方は突然ブランコを止めてきた蓮のその長い腕のなかに抱きしめられていて、座る自分を立ったまま上から潰すよう抱きすくめてくる蓮に困惑するしかなく。
けれども、香る蓮の爽やかでどこか甘い匂いに心臓が破裂してしまいそうだった。
……は? なに?
なんてぐるぐると回る思考は上手く言葉を紡げず、裕がテンパった様子で目を白黒とさせていれば、
「……お願いだからそういうこと、他のやつには言わないでね」
なんて呟いてくる蓮。
その言葉に、……お前こそ他のやつにもこんな事してんじゃねーの。なんて謎の怒りがむくりと沸き上がった裕は、蓮の上質なジャケットの裾をそれでも知るかと乱暴にぐっと握りしめた。
「言わねーよ! ばぁか!」
そう叫んでは、裕がぐりぐりと頭を蓮の腹に押し付ける。
その突然の反撃にも似た裕の攻撃に、「痛い、なに、痛い」と蓮が声をあげ、それを下から見上げた裕は、ざまーみろ。と歯を見せて笑った。
「……蓮、酔いすぎだっつうの」
しかし、今の流れを全て酒のせいの戯れだと捉えたのか、裕がぺしぺしと蓮の腕を叩きながら、ほらもう帰ろうぜ。と促す。
そうすれば蓮は一瞬言い淀んだあと、それでもくすりと笑い、
「そうだね。帰ろっか」
と腕を離した。
途端、肌を撫でる秋風。
それにぶるりと身震いをした裕が立ち上がり、終電はもう行ってるしどうしたもんかな。なんて考えていれば、不意に蓮が口を開いた。
「ウチ、来る?」
そう聞いてくる蓮をちらりと見た裕だったが、それから小さく、首を振る。
「……いや、いい」
「ふはっ。……うん、危機感大事。これで行くなんて言われたらほんとどうしようかと思っちゃった」
裕の返事の何がおかしかったのか知らぬが笑い、しかし、謎めいた言葉を吐いては蓮がにっこりと笑っていて。
……いやなに危機感て。ていうか危機感っていうかなんていうか……
なんて裕は何と言って良いのか分からぬ感情のまま眉を八の字に下げたが、そんな裕を尻目に蓮はジーンズのポケットから携帯を取り出し、タクシーを呼んでくれており、それから程なくし公園の脇に、一台のタクシーが停まった。
「さんきゅ」
「タクシー代、これで足りるよね?」
タクシー呼んでくれてありがとう。とお礼を言い、歩きだそうとした裕に、しかし蓮がそう言ったかと思うと、お札を差し出してくる。
それに裕は眉間に皺を寄せ、蓮を見た。
「いや、要らねぇよ」
「だめ。俺のわがままで終電乗り過ごしちゃったんだから、これくらいは受け取ってもらわないと逆に俺が嫌なんだよね」
なんて有無を言わせぬ笑顔で見下ろしてくる蓮から滲む、謎の圧力。
それが背筋をゾクッと震わせ、裕は途端に蛇に睨まれた蛙のように縮こまり、眉を下げた。
「……そ、それじゃあ、ありがたく頂きます。はい」
「うん」
逆らえぬオーラを醸し出す蓮に恐々としながら渋々受け取った裕に、蓮はやはりにっこりと微笑むだけで。
それが何だか負けた気がして悔しいものの、もう何も言わず裕はタクシーに乗り込んだ。
その姿を公園の車止めのアーチに腰かけ最後まで見ていた蓮が、ひらりと小さく手を降ってくる。
それですら何だか様になっており、裕も小さく、また明日な。と手を降っては、走り出したタクシーの窓から段々と小さくなってゆく蓮を、見えなくなるまでずっと見続けていた。
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