【完結】君と恋を

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第二章

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 それからというもの、蓮は以前よりシフトに入るようになり、二人は顔を合わせる事が多くなっていった。

 そして誠也達と居ると勿論蓮も居るので、終わった後に皆で飲んだり遊びに行ったりとしているうちに次第に敬語もとれ、お互い恥ずかしがらずに名前で呼び合えるくらいの仲となっている。
 胡散臭いと思っていた蓮は知れば知るほど優しいと分かり、(もちろん誠也の友人なのでやはりどこかぶっ飛んでいるが)裕がカイ達からの嫌がらせをされている事を誰にも言うなと言ったのでちゃんと口をつぐんでいるようだし、定期的に大丈夫? と聞いてきたり、一緒に捨てられたものをこっそり探してくれるようになっている。
 そして今日も裕が締めのフロア掃除をしていれば、二部まで入っているため仮眠室に行っていた筈の蓮がやってきては、

「俺らがオープンの準備する時にまた掃除するから、そんなに綺麗にしなくても良いよ」

 なんて笑い、手にしていた缶コーヒーを渡してくれた。


 しかしそれはブラックで、俺ブラック飲めないんだけどなぁ。と思いつつ、ありがたく受け取った裕は腰巻きのエプロンのポケットにコーヒーを入れ、椅子を上げながら笑った。

「いや、でもちゃんとやってたらあとあと皆が楽じゃん。俺は一部で上がりだからそんなしんどくないし」

 そう言えば一瞬だけ目を見開き、そっか。と笑った蓮。
 ふとした瞬間になにかとその表情をする蓮に、何なんだろう。と首を傾げつつ、裕は、ん。と呟いた。

「コーヒーありがと。そういえば、蓮が最近ちゃんとお店出てくるようになって嬉しいって有さんが言ってたぞ」
「それ出勤するたびに言われてるんだけど」
「ははっ。ほんとかよ。前までどんだけサボってたんだお前」
「ん~……まぁでもアリさんはほら、仕事人間の働きアリだから」

 なんて辛辣に、そして遠回しに口煩いと揶揄する蓮に、ほんと毒舌ってか物怖じしないよな。と内心笑った裕だったが、それから口を開いた。

「今日は二部まで入ってんだろ? 寝てきた方がいいんじゃね?」

 言外に、俺に構ってないで休んでこいよ。とアピールしながらフロア掃除を切り上げ、灰皿を綺麗に磨いていれば、うん。なんて言いつつも隣に並び共に灰皿を拭き始めた蓮。
 それに、裕はぎょっと目を見開いた。

「いや何やってんの。これは俺の仕事なんだから、蓮がやる事じゃねぇよ」
「いや、二人でやったら早いじゃん」
「いいって。ちゃんと休まないと持たねぇよ?」

 そう心配から怒る裕に、しょうがないなぁとなぜか笑った蓮が手にしていた布を置き、それでも横にあった椅子に腰かけては、笑った。

「じゃあここで休んどく」

 にっこり。というに相応しい笑顔を浮かべる蓮に、しかし、……それ意味ねぇんじゃねぇの。とは思ったが、なんだかもう言うだけ無駄な気がして、裕は好きにさせる事にした。


 長い足を組み、何が楽しいのかじっと見てくる蓮の眼差し。
 それがなんだか心臓をぞわぞわとさせ、裕は堪らず俯き、そっぽを向いた。

「……見んな」
「あはっ、ごめん。でも裕見てたら面白いんだよね」
「馬鹿にしてんのか」

 蓮の言葉に噛み付きながらも、裕もつられて笑う。
 それからちょくちょくちょっかいをかけてくる蓮を相手にしながら掃除をしていた裕だったが、不意に、

「……今日、誠也の頭撫でてたね」

 なんて言われ、ん? なんの話? と首を傾げた。

 そうすれば、覚えてないの? と見つめ返された裕は、ああ、あの時か。とうっすら覚えていたミーティングでの出来事を思い出した。


 今日は締めの売上報告も兼ねており、ミーティング時にプレイヤー(ホストの事をそう呼ぶらしい)や内勤やらが、ずらっと全員フロアに並んでいて。
 それは中々に壮観で、なんだかいつもこの日は身が引き締まるなぁ。なんて思いながらも、有人が売上を報告しているのを聞いていた裕。
 そして、売上に貢献した人、つまりナンバーを発表する時にいつものように一位、と発表された誠也が嬉しそうに有人やら石やんやらに絡み、それから裕にも絡んできたので、その目に優しくない金色の頭をぐしゃりと撫でてやったのだ。

 その時の事を言ってんのか? なんて裕が蓮を見つめれば、

「……俺さ、今まで誠也の事すごいとは思ってたけど、それだけだったんだよね」

 とぽつり呟いた、蓮。

 照明の落とされた薄暗い店内は先ほどの艶やかさを潜めさせ、小さく俯いた蓮の黒髪を闇に紛れさせてしまいそうだった。


「楽しければいいと思って働いてたからさ、先輩たちから嫌がらせされるようになって雰囲気が変になっていくのとか嫌で。それでも誠也はカイさん達にも認めてもらえるようなビッグなホストになる! とか言ってて。でも俺は、それになんの意味があるんだろうって、ぶっちゃけ思ってた」
「……」
「認めてもらえて、だからなんだろうって。それに誠也がどんだけ頑張っても、あの人達はきっと認めない。今はもう表立って俺らに嫌がらせなんてのはしてこなくなったけど、その代わり他の奴らに当たるようになってる。……それは多分、裕が一番分かってるだろうけど……。そんで俺は、自分で見た見てない関係なく、何となくそういうの分かっちゃう方でさ、」
「……うん」
「その点、誠也とか瑛とか石やんはさ、優しいっていうか根本的に人を疑ったりしないし、人を信じてるんだよね。嫌な奴でもいつか分かり合えるって。だから裕が嫌がらせ受けてるって気付いてないと思うよ。そこがほんと馬鹿だなぁって思うけど、でもそれがあいつらの良いとこだからさ」
「うん」
「……でも俺は、人を信じるとかそういうのないから、ああこいつは駄目だなって思ったら見切りつけるし、誰かがやられてるの見ても基本当たり障りなく接するし、……結局そういう事を考えたりする事すら面倒くさくなっちゃって、だからあんまり出勤しなくなったんだけど、でも誠也達が居るから辞めたくはなくて、宙ぶらりんなまま、ここ数年過ごしてた」
「……うん」

 突然堰を切ったかのように心の中を吐露してきた蓮に、しかし裕もまた真摯に受け止めては、相槌を打つ。

「……でも裕と出会ってからさ、なんかそうやって言い訳並べて色んな事から逃げてるだけの自分ってダサいなって思って。ほら、裕って真面目じゃん。それにちゃんと自分を持ってて、いつでも前を見てる感じがして、そういうのいいなって。……だから、そんな裕に今日誠也が褒められてるの見て、初めて羨ましいなって思った。それに結果として誰かに誇れるような事を誠也はずっとやり続けててさ、それもすごいなって。俺は別にカイさん達に認められたい訳じゃないけど、でも、裕に誠也みたいに褒めてもらいたいなって、初めて思ったんだよね」

 なんて言った突然の蓮の台詞に、えっ、なんで急に俺? と話の流れに付いていけず、裕が目を丸くする。
 だが、そんな裕の困惑など知らないとばかりに、蓮は尚も言葉を紡ぐだけで。

「来月、俺が一位取るから。そしたら俺の事も褒めてくれる?」

 だなんて言っては、見つめてくる蓮。
 椅子に座っているせいで自分よりも低いその新鮮な目線で、どこか子犬を思わせるような無垢さを浮かべ見つめてくる蓮に、裕は思わずヒュッと息を飲んでしまった。

 途端なぜかドクドクと心臓が鳴り出し、体が熱くなっていく。

 喉に、胸に、何かが詰まってゆくような息苦しさが全身を締め付けてくる感覚がし、けれどもそれをなんとか抑え、裕は口を開いた。

「なに、言って、」

 なんてどもってしまった裕だったが、しかしすっと立ち上がった蓮が近付いてきたかと思えば、裕の肩にトンと頭を乗せた。


「──頑張るからさ、褒めてよ」

 そう呟く声にはどこか甘さがあり、しかし言外に、一位を取ったその時はこの頭を撫でろ。と示してくるばかりで。
 その甘えた仕草と言葉に裕はまたしても息を飲んだが、そんな事をされてしまえばどうしようもなく、馬鹿みたいに息を詰めらせながらもこくこくと頷くしかなかった。


「……っ、分かっ、た、から、」

 ……どうして俺に。だとか、お前五位じゃん。誠也じゃなくてまずは四位の人を打倒にするべきだろ。なんて言葉が浮かぶが、それは上手く声に出来ず喉の奧で消えるだけで。

 そんな裕の心など知ってか知らずか顔をあげ、蓮はいつものように爽やかに笑うだけだった。


「約束だからね」
「っ、わ、かったって……」
「ふふ、……じゃあ俺、誠也に宣戦布告してこようかな」

 なんて言い残しては離れ、一度伸びをしたあとフロアから颯爽と出ていく、蓮。

 そんなあっという間に遠ざかってゆく蓮の背を、残された裕は灰皿を持ったまま、呆然と見つめるしかなかった。


 ──しかしそれからすぐに遠くの仮眠室から何か騒ぐ声が聞こえ、それにハッとした裕はやはりバクバクと鳴る心臓と熱くなってゆく体をどうにかしようと、ポケットに突っ込んでいた缶コーヒーを開けた。

 ぐいっと喉の奧に流したそれは飲めない筈のブラックコーヒーなのに、どこか甘ったるい気がして。

「……なんなんだよもう……」

 なんて呟いた裕だったが、訳の分からない事を言ってきた蓮の言葉とさきほど肩に触れた重さを思い出してしまい、堪らずもう一度ぐいっとブラックコーヒーを飲んだ。

 けれども一向に動悸は収まらず、むしろ自分のこれまでの平穏な日々が目まぐるしく変わっていってしまうような、そんな得も言えぬ気配がずっとしていた。




 
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