【完結】君と恋を

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第二章

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「……とりあえず、これから宜しくね」
「あっ、はい、宜しくお願いします!」
「もう上がりなの?」
「はい」
「……ねぇ、このあと予定とか入ってる?」
「特にはないです、けど」
「けど?」
「あ、いや、ないです」
「ほんと? ならさ、裕君さえ嫌じゃなければご飯付き合ってくれない? 俺まだ晩御飯食べてないんだよね」

 予定を聞かれた上で、嫌じゃなければ。という言葉を使われてしまえば、行きません。と断れる筈もなく。
 ……こいつ無意識なのかなんなのか分かんねぇけど策士だなぁ。と思いながらも、まぁ変な空気になるのもあれだしな。と裕はその誘いを了承する事にした。


「僕で良ければ」
「ほんと? ありがとう。一人で食べるのも寂しいなって思ってたんだよね」

 そう嬉しそうに笑う蓮に、この面ならその辺で声を掛けただけでひとつ返事で一緒にご飯を食べてくれる女の子が沢山居るだろうし、特に俺なんてファーストインパクトは強烈だったものの初対面みたいなもんなのにさ。なんてその軽さに裕は若干引きつつ、ロッカーを開けようとしたが、そこでハッとした。

「あ、僕、着替えてすぐ行くんで、すみませんがちょっと外で待っててもらえますか?」
「え? あ、うん。分かった」
「すみません。すぐに着替えるんで」
「良いよ、ゆっくりで。それからわざわざ僕って言い直さなくていいし、俺にも敬語やめてくれると嬉しいな」

 なんて言い残し、にっこりと微笑んでから去っていく蓮。

 そのスマートというのか人たらしな態度に、……なんだかなぁ。とぼりぼりと頭を掻いた裕は、ほんとに俺と同い年か。なんて思いながらも、ロッカーの中に散らばる荷物をさっと鞄の中に収め、辺りをキョロキョロと見回しながら歩いた。

 そしてお目当ての服をゴミ箱の中から拾った裕は、紙くずだけだったからいいものの生ゴミとか入ってたら犯人見つけてぶっ飛ばしてやるところだったわ。と心の中で物騒な事を思いつつ、ゴミをぱんぱんと払った。

 それから急いで着替えて廊下に出れば、ちょうど向こう側からこのクラブROSEのナンバー2こと、『カイ』と、カイを慕っているホストや内勤数名が歩いてくるのが見えた。
 それに裕は端に寄りながら、お疲れさまでした。と声を掛けたが、案の定無視をされるだけだった。


 どうやらホストクラブなんて男だらけの世界でも派閥なんてものがあるらしく、誠也派とカイ派で、いわば内部分裂をしていて。
 まぁ分裂といっても、カイがどうやら誠也を目の敵にしている部分があるというだけだが、しかしそれは入って三ヶ月の裕にでも分かるほどの、対抗心だった。

 だからこそ、誠也達と仲が良い裕の事も気に入らないのか、カイ一派から早々に無視や連絡などが回ってこなかったりなどの、地味な嫌がらせを受けていて。
 実は先ほどの有人の頼んだ備品というのも裕は初めて聞いた事であり、大方カイ一派の誰かが裕に頼んどいてと伝言を頼まれ、それを裕に伝えなかったのだろう。
 だが、特にそれに対して裕はいちいち突っかかりも怯えたりする事もなく。
 そして、直接何かをされた事は一度もないが、綺麗な顔をしているもののどこか人を見下すような態度を取ってくるカイの事が裕は苦手なので、最低限の挨拶だけは欠かさず、常に我関せずを貫いている。


 しかし、その無視をされても毛ほども気にしていないという態度を取る裕にさらにムカついたのか、取り巻きの一人にすれ違いざま足を引っ掛けられ、裕は思わずうおっと声をあげてしまった。

 ──ヤバい、転ぶ……!!

 そう焦った裕が、衝撃に備えギュッと目を瞑った、その瞬間。


「大丈夫?」

 なんて声と共に、ふわりと香る良い匂いのする温かい腕に抱き止められ、裕は驚き目を見開き顔を上げた。


 裕の見開かれた瞳に映るのは、中々出てこない裕の様子を見に来たのか、奥の外扉から中に入ってきたのだろう蓮の姿で。
 その下から見上げる顎のラインが男らしく綺麗で、それに少々思わず惚けていた裕だったが、タイミング良くよろけた所をキャッチしてくれた蓮にお礼を言おうと口を開いた。
 ──が、しかし、蓮は裕を見てはおらず、カイ一派を冷たい眼差しで見ていた。


「まだそんな事やってるんですか」

 なんて柔らかさなどひとつもない蓮の声にびっくりした裕だったが、しかし険悪なムードを察知し、慌てて取り繕った。

「いや、違うんです蓮さん、俺が勝手に転んだだけで、」
「は? そんなわけないでしょ。ていうか俺見てたし」

「はぁ? こいつが自分で転んだって言ってんのに、勝手に犯人扱いすんなよ」

 そう裕を転ばせた張本人がポケットの中に手を突っ込み、ダルそうに裕と蓮を見やる。
 その態度に蓮が反論しようとしたのが分かったが、裕はおおごとにしたくないと、蓮の腕を取った。


「蓮さん、もう行きましょう。俺もお腹空きましたし。ね。それじゃあお疲れさまでした」

 なんて裕が蓮の腕を握ったまま、すぐそこの扉を開けて、外へと出る。
 それに驚きつつも、もういいから。なんて言われてしまえば第三者の自分がごちゃごちゃ言うべきではないと分かっている蓮が、

「ほんとに平気なの?」

 と問い掛けてきたが、裕はパッと腕を離し一度伸びをしてから、平気っすよ。と笑った。




 深夜の空は黒々しく、遠くから聞こえる喧騒や、排気口から香る煙草の臭い。
 それに、もうこの景色もこの臭いにも随分と慣れちまったなぁ。なんて心のなかで一人ごちた裕が、

「ほら、行きましょうよ」

 と蓮を見れば、どこか納得のいっていない様子を見せながらも、そうだね。と裕が今まで見てきた顔と、同じ笑顔で笑った。



 それから、お店の前の道路に寄せていた遠目からでも分かる高級そうな車の助手席の扉を開け、

「じゃ、行こうか。何か食べたいものとかある?」

 なんて気持ちを切り替えがら、裕に乗るよう促してくる蓮。

 そのジェントルマンな仕草に、いやそんなんやられても気持ち悪いだけなんだけど。と普段なら思いそうな裕だったが、蓮がやるといやに様になっていて、これがイケメンの力か。なんて思いつつおずおずと助手席に乗り込んだ。


 裕がシートベルトを締めたのを見てから扉を閉め、運転席に乗り込んできた蓮の腕に着いている時計や、その小綺麗な服装をちらりと横目で見やる裕。
 それはどう見ても高そうで、財布事情の違いさにバカ高い店に連れていかれそうだと危機感を覚えた裕は、ぎゅっと自身の使い込んでいるショルダーバッグを抱きしめ、冷や汗を流し始めながら口を開いた。


「ファ、ファミレスで!」
「え、ファミレス?」

 そう宣言した裕に、蓮が素っ頓狂な声をあげる。
 案の定どこか高そうな店を想定していたらしいその様子に、何がなんでもファミレスがいい。と蓮を見つめれば、「奢るのになぁ」なんて呟き笑いながらも、じゃあファミレスに行こうか。と蓮が車を走らせた。




 ***



 窓ガラス越しに通りすぎていく、きらびやかな街並み。
 それをどこか夢のような面持ちで眺めながら、さっきまで俺もこの喧騒の中で働いていたんだよな。と裕がぼうっと窓の外を眺めていれば、

「……さっきの、ほんとに大丈夫? あの人達、俺らが入ってきた時からあんなだからさ」

 なんて蓮がぽつりと呟いた。

 その言葉に裕が蓮を見たが、蓮はただ真っ直ぐ前の道を見ているだけで。

「誠也は知ってるよね?」
「……仲良くさせてもらってます」

 そう他人行儀に裕が答えれば、「誠也達とも仲良いの? 俺めっちゃ疎外感だなぁ」だなんて蓮が笑った。


「……なら、瑛とか石やんとかも知ってるよね。俺らは全員高校からのダチでさ、高校卒業してフリーターやってた誠也が二十歳の頃にいきなりホストになるなんて言って、それがなんか楽しそうだったから、誘われるよう俺達も働き始めたのが始まりなんだよね。そのあと他の店でマネージャーやってたアリさんも誠也の技量とか器に惹かれたのか、うちの店でマネージャーとして働くようになってさ」

 突然昔の知らなかった話をされ、しかし、そうだったのか。と裕が目を丸くしていれば、

「……誠也はああいう奴だからすぐ人気になってナンバー1とかになっちゃって。俺らもそこそこ人気になってさ。そしたらまぁ元々居たカイさん達からしたら面白くないじゃない? 元々誠也とカイさんは仲良かったらしいんだけど、それからこういう小競り合いっていうか、嫌がらせされるようになっちゃって。今や誠也派、カイ派。なんて分かれるまでになっちゃってるんだよね。だからそのいざこざに裕君まで巻き込まれてたらなんだか申し訳ないなぁって。……ごめんね?」

 だなんて蓮が謝ってくる。
 赤信号に差し掛かり停まった車の中で、裕を見つめながら困ったように笑う蓮のその顔に、ああ、この人はそれが嫌であんまり出勤しなくなったんか。と理解した裕は、真っ直ぐに蓮を見つめ返した。

「それは別に蓮さんが謝る事じゃないですよね。誠也達も何一つだって悪くない。それに俺は巻き込まれてるなんて思ってないですし」

 ハッキリと裕がそう言えば、少しだけ目を見開いたあと、そっか。と笑った蓮が青信号に変わったので、前を向いた。


 ただのサボり魔だと思っていた蓮から垣間見えた、思い。
 それに見直した裕はいつしか緊張を解き、着いた先のファミレスでも、帰りの車の中でも、どうでもいい事や誠也達の話で笑い合い、家の前まで送ってもらい車から降りる頃には、すっかり屈託ない笑みを見せるようになっていた。


「楽しかったです。送ってくれてありがとうございました」

 そうぺこりと頭を下げる裕に、車のなかから、こちらこそ。と蓮が笑う。
 けれども未だに抜けない敬語と呼び名に少しばかり考える素振りをしたあと、

「ね、同い年なんだし敬語いらないでしょ。それに俺の事も蓮って呼んでよ。裕」

 なんて蓮が甘い顔で笑った。


 その顔に、女でもあるまいのにドキリとしてしまった裕が困ったように眉を下げつつ、

「じゃ、じゃあ、……れん、」

 とぽつり呟けば、またしても一瞬だけ目を見開いたあと、至極嬉しそうな顔で、うん。いいね。と蓮が笑った。

 そして、じゃあまたね。と微笑んだ蓮が車を動かし、あっという間に走り去ってしまった車のテールランプを見つめていた裕は、自身のボロいアパートの前で立ち尽くしなんだか顔が熱くなるような感じがしたのを振り払うよう、空を見上げた。




 
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