【完結】愛らしい二人

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番外編

ヒート話 5

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 チュンチュン。と鳥の囀りが窓の外から聞こえ、カーテンの僅かな隙間からは穏やかな朝陽が柔らかく射し込んでいる。

 その幸福な一日の訪れを告げる音や光に、ノアは未だぼんやりとしたまま、けれどゆるりと瞳を開けた。

 パチパチと瞬きを繰り返しながらぽやぽやとしたまま目を擦り、しかし隣にある筈の温もりがない事に、途端に不安そうな顔を見せるノア。
 肌を纏うものはなく、サラサラとしたシーツの感触と毛布の柔らかな手触りだけがそこにあり、ノアがその毛布を更に手繰り寄せ胸元まで覆いながらむくりと上体を起こせば、ちょうどタイミング良く小屋の扉が開く音がした。

 鼻を擽る、大好きな匂い。
 その強くて優しい香りをノアはスンスンと無意識に鼻を鳴らし吸い込んだあと、生涯を一緒に生きると誓った番いであるシュナが近付いてくるのを、じっと見た。

「起きたのか。おはよう」
「……おはよう、ございます……」

 少しだけ膨れっ面をするノアの、尖った唇。
 それにシュナは可愛らしく笑みを浮かばせながら、拗ねるなよ。と肩を揺らした。

「朝食取りに行ってただけだ」

 そう話すシュナの両手は確かにしっかりと二人分の朝食を持っていて、皿の上にはベーコンや目玉焼き、それから群れ自家製の焼きたてパンが乗せられている。
 それは数日ぶりのちゃんとしたご飯であり、基本は群れの皆で食事をする事を好んでいる二人だが、ヒートを終えたばかりのノアに配慮したのだろう甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるシュナに、ノアはようやく笑顔を見せた。


 手にしていた皿を机の上にコトリと置き、シュナがノアの待つベッドへと向かって歩いては、ギシリとスプリング音を響かせながら端に腰かける。

「一人にして悪かった」

 だなんて優しい謝罪と共に、するりとノアの腰に回される大きな手。
 ぴたりと体を寄せ、ノアの頬に鼻先を押し付けすりすりと擦ってくるシュナの甘い仕草にノアも笑顔を浮かべたまま、同じようシュナの頬に鼻先を押し付けた。

 不意に、ノアの上半身を覆っていた毛布がはらりと落ち、露になる肌。

 その白く滑らかな肌の上にはシュナが付けた真新しい痕や、その前に付けられたのであろうそろそろ消えかかっている痕が点々と浮かんでいて、シュナはその薄く引き締まったノアの腰に添えていた手をやわやわと動かしては、なだらかな曲線を描く背中を撫でた。

「ちゃんと服を着せたかったんだが、お前が寝てるくせに嫌がってたから諦めたんだ」

 そうくつくつと喉の奥を鳴らしながら笑うシュナ。
 その言葉に寝ながらも駄々をこねていたらしい自分にノアが顔を赤らめ、ごめんなさい。と素直に謝罪する。
 そんなノアの額にちゅっちゅとキスを落とすシュナは、何も気にしなくて良い。と言わんばかりに甘く、その態度や背中を這う指に、ノアは頬を染めたまま目を伏せた。


「あっん……」

 シュナの指の感触に、ピクンッ。と身を震わせたノアが未だ少しだけ熱を燻らせているのか甘い声を漏らし、ハッと恥ずかしそうに慌てて口元を手で覆ったが、シュナはそんなノアに薄く笑いながらも顎先を指で優しく掴んでは手を退け、ノアに口づけた。

 やわやわと下唇を食み、ぴたりと密着してくる薄いシュナの唇。

 それが優しくて甘く、するりとシュナの首に無意識にノアが腕を回せば、シュナはそのまま優しくそっとノアを押し倒した。

 ギシッと二人分の重みで更にベッドが悲鳴をあげ、だが倒されたノアはくすくすと幸せそうに笑いながらシュナの襟足をさりさりと撫でるだけで。
 そのまま口づけ合う二人はお互い唇に弧を描いたまま、暫くベッドの上で重なり合った。


「……赤ちゃん、俺たちの所に来てくれますかね……」

 ふ、と唇が僅かに離れた瞬間、ノアがぽつりと呟く。
 それは期待が籠った声であり、どうやらすぐにでも本当に赤ちゃんが欲しい様子で自身の腹をさすさすと撫でているノアが愛らしく、シュナはまたしても一度啄むよう唇を重ねては、こつんと額を合わせた。

「どうだろうな」
「……どっちも可愛いんだろうな」
「そうだな」
「……ベータの女の子やオメガの女の子はいつでも妊娠出来るのに、なんでオメガの男はヒートの時にしか妊娠出来ないんだろう……」

 そう少しばかり不満げに口を尖らせるノアにシュナが困ったよう笑い、よしよしとノアの頭を撫でる。

「今でも、今じゃなくても、いつかきっと産まれてきてくれるから気にするな」
「俺はすぐにでもシュナさんの赤ちゃんが見たいんです!」

 シュナの言葉に拗ねたノアが声を張り上げるも、それは笑いながら唇を重ねてくるシュナによって遮られてしまい、ノアは一度むくれた顔をしたが結局観念するよう微笑んでは、またしてもシュナの襟足をさりさりと撫でた。



「……ノア、ご飯食べるか?」

 散々互いの唇を貪り、熱い吐息を溢しながら未だ唇が触れる距離で話すシュナが、少しだけ上体を起こす。
 その問い掛けに今ノアがうんと頷けば、きっとシュナはノアの皿だけをここに持ってきてはやはり甲斐甲斐しく食べさせてくれるのだろう。
 それは想像に難くない未来で、愛されていると自負しているノアは、んふふ。と幸せそうにはにかみながらも、けどもう少し。とシュナの襟足をくいっと引っ張っては自分へと近付けた。

 それに少しだけ驚いた様子で片眉をあげたシュナはしかし、お望み通りに。とまたしてもノアにキスをしてはノアの好きなようにさせてやるばかりで、そんな柔らかく甘く、いつも通りの穏やかな朝はゆっくりと過ぎていった。


 それはやはり、幸福に満ち充ちた、幸せな一日の始まりだった。



【 あなたと紡ぐ、素晴らしい毎日 】




 
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