【完結】愛らしい二人

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後編

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 シュナとノアがすれ違いの末、離れていた時間を取り戻すかのよう近くの洞穴で毛皮にくるまり抱き合いながら夜通し話し続け、いつしか眠りについていた、翌朝。
 肌寒さに目を覚ましたシュナは小さく唸り声をあげ、けれども腕の中にあるノアの温かさに目を細め、笑った。

 未だ頭が覚醒していないシュナのそのだらしないふにゃりとした笑顔は年相応に可愛らしく、ノアは昨夜求愛を受け入れた。と自身の中のアルファ性が満足げにグルグルと喉を鳴らすような感覚に陥りながら、シュナはノアの頬を鼻先で擽った。

 柔らかい感触が鼻に当たり、満ちる甘い甘い桃の香り。

 それはシュナを心地好く、そして目眩を起こさせるほど魅惑的にさせ、思わず抱き締めている腕に力を込めれば、ノアが唸り声をあげた。

「……ん、ぅ、……」

 苦しげに呻くノアに慌てて腕の力を弛め、しかし顔を見ようとシュナがじっとノアを見る。
 洞穴に差し込むのは薄暗い光だけで、しかしその光ですらノアを美しく輝かせており、シュナは可愛らしいノアの瞳が開かれるのを今か今かと待ちわびた。

「……んん……」
「……ノア、おはよう」
「んぅ……ぅ、ぉはよ、う、ございます……」

 掠れ呂律の回らない声で返事をしながらも、ふるりと揺れる睫毛と共に現れた、ノアの薄茶色の綺麗な瞳。
 しかし昨日泣かせてしまったせいで少しだけ腫れぼったく見え、シュナは申し訳なさとそれでも愛しさから小さく破顔し、ノアの頬を指で擽った。
 そんなシュナの戯れに擽ったそうに身を捩るも、ノアが甘くふにゃりと表情を弛ませ、ぐりぐりとシュナの胸元に顔を埋めてくる。
 それは一ヶ月前と何一つ変わらず、その心地好さにシュナは鼻を鳴らし、もうこの愛らしい天使のような男は自分だけのものになると誓っているのだ。と優越感と高揚感にやはり頬を弛ませたままだった。

 それから二人は互いの首筋に顔を埋め匂いをつけあったり、鼻先を擦り合わせたりと愛情を示し、群れへと戻ったのは結局、お昼を過ぎた頃だった。


 この一ヶ月間の気まずさが幻だったかのよう、仲良く手を繋いで群れへと戻ってきたシュナとノア。
 そんな二人に群れの皆は何があったのか知らぬがようやく元の鞘に戻ったのかとホッと胸を撫で下ろし、そして本来であれば番いを結ぶ前に二人きりで寝るのは良くないと軽く咎められつつも、求愛が上手くいったのだな。と祝福され、ようやく群れは本来の穏やかさと暖かさを取り戻したようだった。




***



 そうして幾ばくかの穏やかな日々が流れ、シュナが最初の求愛をし、ノアがそれを受け入れてから一ヶ月後。

 共に居ることは許されているものの、未だ完全な番いではない為昔のようノアがシュナの小屋で寝ることは許されておらず、それなので毎晩ノアは、夕食後にシュナの小屋で過ごすことを日課としていた。

 二人でベッドにもぐり、毛皮の毛布にくるまって寄り添っては、他愛もない、しかし尽きぬ話をするという穏やかな時間。
 それを二人はとても大事にしており、だがそんな甘い時間を過ごした後は掟に従い離れなければならず、シュナがオメガ小屋のすぐ側まで送り届けるのだが、ノアはいつも悲しげな表情をするばかりで。
 そして今日も、もうそろそろオメガ小屋に行かなければならない。とノアは唇を突き出し、不満を露にしていた。

 それはもう毎夜の事であり、シュナがその小鳥のように尖った唇を眺め、しかし今日に限っては笑うことなく、ぺろりと舌を出し、舌舐りをする。
 それを見ていたノアも途端に緊張感を体に走らせ、お互い相手の唇をじっと見た。

 小屋の中は暖かみのある橙色のランタンの灯りで満ちていて、焦がれるよう互いの唇を見ている二人はしかし、シュナが立ち上がったのをきっかけに、目を逸らした。

 ゆらゆらと、二人の影が揺れている。

 その部屋の中、棚をゴソゴソと漁っているシュナにノアは緊張したようベッドの縁に座り直し、ハッと息を乱しては、最後の贈り物をくれるのだろうか。と胸をときめかせているようだった。

 最初の贈り物はあの美しいブローチで、それはシュナの小屋に入り浸っているノアによりシュナの小屋の棚に美しく飾られており、つい先日シュナが贈った二番目の贈り物は、とても細かな細工が施された美しい銀色の食器セットだった。
 それを貰ったノアはやはり泣いて喜び、今ではその食器を使ってでしかご飯を食べぬほどで。
 そうして残すところ最後の贈り物を待つのみだったノアは、ようやく渡してくれるのかと、どんな物をくれるのだろうかと、期待に胸をはためかせシュナを待った。

 それからお目当ての物を棚の奥から取り出し、ノアの横へと座ったシュナがやはり少しだけ緊張したように、恥ずかしそうに顔を俯かせながらも、手にしていた箱をノアへと差し出した。

 それは薄い長方形の木箱で、薔薇の彫刻がされておりとても美しく。
 
 その木箱の表面をノアが慎重にそっとなぞれば、丁寧にニスが塗られている為、つるつるとしていた。


「……これ、シュナさんが作ったんですか?」
「外箱だけ」
「自分で彫ったの?」
「まぁ」

 肯定の言葉と共にコクンと頷いたシュナが、ノアをちらりと見る。
 その目は喜んでくれるだろうかと不安に揺れていて、どこか子犬のようなその仕草が可愛らしく、ノアはこの素晴らしい贈り物を喜ばない訳がないと紅潮しながらシュナを見た。

「ありがとうございます。……凄く凄く、綺麗です」

 そうぽつりと呟いたノアがシュナの鼻先に自身の鼻先をくっつけ、擽る。
 そうすればシュナはようやく安心したのか、一度深呼吸をしたあと、その箱を開けてみて。と促した。

 その言葉に従い、綺麗な合わせ目に手を沿え、ゆっくりと上へ押し上げたノア。
 その瞬間、綺麗な音色が小屋を優しく包んだ事に、ノアは目を見開いた。

 ──シュナの最後の求愛の贈り物。

 それはオルゴールで、心地好い高音が歯車に合わせゆっくりと鳴り響いている。
 その音楽も音色も優しく、ノアは聞き惚れたあと、やはり我慢できず一粒ぽたりと涙を落としながらシュナへと寄り添った。

「……ありがとうございます、シュナさん……」

 そうグスッと鼻を啜りながら、ノアがシュナの肩に頭をこつんともたれさせる。
 そんな愛らしい仕草をするノアの小さな手にしっかりと握られている木箱からは尚も優しい音色が響き、ノアはうっとりと目を閉じながら、口を開いた。

「……この素晴らしい贈り物のお礼に俺は何を返せるのか分からないくらい、本当に全部が素敵です……」
「お前が気に入ってくれたなら、それだけで良い」
「……シュナさんはやっぱり最高のアルファです」

 そう言うノアにシュナは肩を竦め、俺は一般的なアルファだ。と言わんばかりの仕草をしたあと、それからノアの手の中にあるオルゴールの縁をそっと撫でた。

「この前街に行った時、お前が喜ぶかと思って買ったんだ。本当は真っ白な陶器で出来ててキラキラして綺麗だったんだが、群れに戻ってお前がオメガになったって聞いた瞬間落として……。だから中身だけ取り出して外箱を作ったんだ」

 オルゴールの箱を撫でていた手はいつしかノアの指へ伸び、すりすりと撫でてくるシュナ。

 その言葉通り、最後の贈り物は意図してそれの為に買ったわけではなかったがノアが気に入るだろうと思って街で購入したオルゴールで、本来は白鳥の形をしていた陶器は落とした衝撃で無惨に粉々になってしまった為、シュナは木材を切り組み立て、丁寧に彫刻をし、端正込めてこのオルゴールを完成させたのだ。

 そんなシュナのその優しい触れ方と、わざわざ自分を想って買い、そして陶器よりももっと素敵な木箱を作ってくれたシュナにノアはじわりと目尻に涙を滲ませ、シュナの首筋に顔を埋めた。
 ノアの鼻を擽る、シュナの香り。それはアルファとしてとても強く、だが変わらず優しく穏やかで、ノアがもう一度ありがとうございますと呟きながら睫毛の先でシュナの首筋を擽れば、シュナが小さく笑った気配がした。


「ノア、おいで」

 パタン。とオルゴールの蓋を閉じ、そっとベッド横の小棚へと置いたシュナが、ノアの腕を引く。
 その驚くほど甘い声にノアはドクンッと心臓を高鳴らせ、それから促されるがまま、シュナの上に跨がった。

 自身の上に乗り上げ、少しだけ目線が高くなったノアの顔を、シュナが下からじっと見つめる。
 その眼差しは真剣で、ノアも同じく熱い眼差しでシュナを見つめ返した。

「……ノア、俺と番いになってくれますか?」

 そう丁寧に問いかけるシュナの声はやはり甘く、その顔は微笑んでいて、可愛らしく。
 そんなシュナにノアもまた同じく慈しむような笑顔を浮かべながら、シュナの首に腕を回し、こくんと頷いた。

「はい。……俺はシュナさんに救われた時からずっと、シュナさんだけのものですから」

 だなんて言い切り、愛らしい瞳を細め、魅惑的な唇をたゆませ、綺麗な声でノアが囁く。
 そのノアからふわりと香る匂いは幸せに満ちていて甘く、幸福が全身を満たしてゆくのを感じながらもシュナはノアの細い腰を撫で、反対の手でそっとノアのうなじに手を沿えては、引き寄せた。

 本来ならばもっとじっくり時間をかけて求愛をするものなのだが、もう待てず、一ヶ月余りで求愛をしてしまった自身の我慢の無さが情けないとシュナが思いつつも、指先でノアの顎をそっと支える。
 そうすればノアの視線もシュナの唇に落ち、甘い吐息を溢した。

 番いになると誓うその時まで出来ない決まりとなっている、唇へのキス。

 それなのでずっとずっと焦がれていたノアの唇にようやく口付けが出来るとシュナが顔を寄せ、そんなシュナの仕草にノアは息を飲み、しかしそれからゆるりと唇を開いては、その後どちらともなく唇を触れ合わせた。

 ……ちゅ、と小屋に響く、可愛らしいリップ音。

 初めて触れたノアの弾力ある唇は想像以上に柔らかく、甘くて。
 眩暈がしてしまいそうなほど素晴らしいノアの唇にシュナはたちまち魅了され、角度を何度も何度も変えては、その念願の唇の感触を楽しんだ。

「……ふ、んぁ、……」

 ギュッとシュナの首に回るノアの腕に力が入り、しかしお互い止めることなく、少しだけ呼吸をするために離れ、またすぐに重なる唇。
 ノアも気持ち良いと思ってくれているのか蕩けた声を出し始め、それがなんとも甘美だと、シュナはごくりと喉を鳴らした。

 ノアから香る甘い桃の匂いは今や、シュナの理性を奪うほど熟している。
 その濃厚さにシュナは下半身に熱が溜まっていくのを感じながら、ノアの首筋を指でなぞり、細い腰に回している手を蠢かせた。

「っ、んぅっ、」

 シュナの微かな愛撫に小さく鳴き、そしてシュナの膝を跨いでいるノアも同じよう興奮しているのか、シュナの硬くなりかけている陰茎にお尻を押し付けている。
 それはきっと無意識なのだろうが、それがかえってより色っぽく。
 小さく快感を拾うようくねくねと腰を揺らすノアはなんとも言えぬほど艶かしくて、シュナが息を飲みながら舌でノアの唇をつつけば、ノアは抗うことなく口を開いた。

「ぁ、……ん、」

 開かれた隙間からぬるりと舌を忍ばせ、歯列をなぞり、上顎を撫でてはくちゅりと舌を絡ませるシュナ。
 それにビクンッとノアが肢体を震わせ、その可愛らしい反応にシュナはもっと、と求めるよう、ノアの咥内を舐め回した。

 舌先に広がる唾液ですら甘く、鳴く声は耽美で、シュナが堪らずノアの腰を両手で掴んで下から腰を突き上げる。

「ああっ、ぁ、ん、」

 ノアの口から高い喘ぎが散り、布越しにシュナの怒張を押し付けられたノアが、ひくんっと背中をたわませる。
 その瞬間二人の唇は離れ、しかしシュナは小さく息を乱しながらも舌を出したまま、ノアの顎先をなぞった。

「……あっ、は、シュ、シュナさんっ、」

 震え掠れた声で喘ぐ、ノア。
 その顎先をシュナが舌で濡らせば、くしゃりとノアがシュナの後ろ髪を掻き乱す。
 そしてまた自らもシュナの陰茎にお尻を押し付け揺らし始めていて、きゅっと目を瞑り快感を得ようとしている姿は淫らであるのに可憐でもあり、ノアの魅力にシュナはもう何も制御する必要はないとノアの腰を抱えたまま、体を捻った。


「ひゃ、」

 ギシッと軋むベッドの音に重なり消える、ノアの短い悲鳴。
 ぐるん、と体をひっくり返すようベッドの上に押し倒され、突然現実に引き戻されたようノアが目を見開いたが、しかし自身の上に馬乗りになりながら見下ろしているシュナを見て、息を飲んだ。

 ぎらついた眼差しの、奥。

 そこにはありありと劣情が揺れていて、自分の顔の横に手を付いては見つめてくるシュナのさらりと流れる黒髪が格好良く、その余裕の無さそうな表情や全てがキュンキュンと心臓を高鳴らせるには十分で、ノアはまたしてもとろんと瞳を蕩けさせては、シュナを見つめた。

「……シュナさん……」

 見上げてくる熱の籠った眼差しと、吐息交じりのノアの声。
 それがなんとも扇情的で、白い枕に広がるノアの金色の髪の毛ですら美しく、いつも見ていた筈のベッドの上に居るノアとはまた違うその妖しさに、堪らない。とシュナが喉の奥をぐるぐると鳴らしながら、もう一度口付けをするため顔を近付けた。

 それに応えるようノアの細い腕がシュナの首に絡まり、それから二人は何度も何度も、唇が熱を持ち舌が痺れるまでずっと飽きることなくキスをしては、シーツの海に沈んだ。




 
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