【完結】愛らしい二人

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後編

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 薄暗い小屋のなか、……う、と眉間に皺を寄せたシュナは、窓から射し込む光に顔をしかめたまま、小さくかぶりを振った。
 外はどうやらそろそろ朝になりそうで、今日はやらなければならない事が沢山あるからとシュナは早起き出来た事に満足しながら、自身の腕の中で丸まって寝ているノアの柔らかな金色の髪の毛を弄り、小さく微笑んだ。
 閉じられた瞳を縁取る睫毛は愛らしく、小さな鼻も、そしてその可憐ながらもふっくらと艶やかな唇もとても美しくて。
 そんなノアの寝顔を、シュナはただぼんやりとひたすら眺めていた。

 出会った頃と変わらず、だがぐんと大人びた気もする、ノア。

 つい先日十八歳を迎えたばかりだが、されど一向に第二性が現れる兆しは無く。それが良いことなのか悪いことなのかやはりシュナには分からず、曖昧な息を漏らしながらも、ノアの髪の毛をふわふわと好き勝手に梳いた。

 そんなシュナの小さな戯れが擽ったかったのか、ノアが眉間に皺を寄せ、それからゆっくりと目を開ける。
 そのふるりと震える睫毛の先ですら見逃さず、シュナはじっとノアを見つめたまま、口を開いた。

「おはよう」
「……ん、ぅ、おはよ、うございます……」

 少しだけむくんだ二重の目は可愛く、そしてシュナを捉えた瞬間にふにゃりと溶けるような笑顔で返事をするノアに、シュナが鼻先を擦り合わせようと顔を寄せたが、しかしノアはハッとしたように身動いで、背を向けてしまった。

「ノア?」
「……」
「……なんだよ、まだ拗ねてるのか」
「……」
「……ノア」
「俺も一緒に行きたかったのに……」

 シュナに背を向けたまま、そうぼそりと小さくノアが呟く。
 その言葉に、昨夜の不満はまだ解消されていないらしい。とシュナは肩を竦め、それから身を乗り出してノアのこめかみに柔らかく鼻先を押し付けた。

「お土産買ってくるから」

 穏やかに囁くシュナに、そういう事ではない。とノアが一瞬だけ眉を寄せたが、しかしもう決まってしまっている事にずっと腹を立てていても何も変わらないどころか、シュナと触れ合える時間が減るだけだと理解しているのか、鼻を鳴らしたあと、ごろんと向きを変え、シュナと向かい合った。

「……何も要らないので、早く帰ってきてください」

 そう言いながらシュナの首に腕を回し、それでもなお唇を不満げに突き出すノア。
 それは昨夜、着いて行くと駄々を捏ねていた時の姿と何も変わらず、シュナはノアの細い腰に腕を回しながらも、困ったような笑顔を浮かべるだけだった。

「五日もすれば帰ってくる」
「……長いです」
「街は遠いからな」

 不満たらたらなノアにそう返事をしたシュナの言葉から分かるよう、ノアがこうして機嫌を損ねている原因は、シュナがノアを残して街へと行ってしまうからである。


 年に数回、衣料品や医薬品、それから森では手に入らない調味料や日用品などの買い出しを数人で調達しに行く事になっており、そして今回シュナはアストルと共にその中の一人として選ばれたのだ。
 街へ行くには森の外れに停めてあるワゴン車で行くのだが、やはり距離があるため、五日ほど群れを離れてしまう事を余儀なくされている。なので、ノアは昨夜から腹を立てたり、寂しいとぐずりながら、今もしっかりとシュナに抱きついてくるばかりで。
 それは一年半前の洗礼式の前日、行かないでと泣いていたウォルを思い出させ、シュナはやはり困ったよう笑いながらも、ノアのその背中をポンポンと撫で続けた。


 そうしてシュナがなんとかノアのご機嫌を取り、ようやくノアと共に小屋を出れば、アストルはもうウキウキとした表情で広場で待っていて、シュナとノアを見つけては手を振った。

「おはよう! シュナ、ノア!」

 明るいアストルの笑い声は一気に群れに賑やかさを与えてくれ、微笑みながら返事を返すノアとシュナ。
 それからアストルはシュナの腕にしっかりとしがみついているノアを見てはコアラみたいだなと笑い声をあげ、とりあえず一緒に車まで行こうか。とノアの反対側の肩を抱いた。



 ──森を掻き分け大分進んだ、先。
 かろうじて整備されたように道がある森の出口に停まっている大きなワゴン車に辿り着いた、三人。
 車の中は、兎や熊の毛皮、鹿の角、そして羊の毛糸など物資を購入するためのお金になる荷物が詰まっておりパンパンで。アストルとシュナはまだ車を運転する為の免許を持っていない事と、群れの中でも若い為そのパンパンに詰め込まれた荷物と共に押し込まれる事は明白であり、街へ行く時は毎度の事だが。とげんなりとした表情をした。


「……今度パックアルファに免許取りに行って良いか交渉しに行くぞ」
「……そうだな」

 ぎゅうぎゅうに詰め込まれるよりは運転席が絶対良い。と膨大な荷物を見つめ呟く二人をよそに、この群れに来る前までは捕らえられていたし、幼い頃両親と暮らしていた時やテアと細々と暮らしていた時ですら車を実際に見たことがなかったのか、ノアはキラキラと目を輝かせていた。

「凄いですシュナさん! これが車ですか!?」
「ん? あぁ、うん」
「え、初めて見たの?」
「はい! 凄く不思議な形で、なんだかゴツゴツしてますね!」

 シュナと離れる事に不満そうだった表情は何処へやら、ノアは途端に楽しげに車をまじまじと見ている。
 その顔にシュナはふっと笑い、やっぱり今度絶対免許を取ってやる。と、パックアルファに許可を貰い一ヶ月近く免許を取るために街に居なければならないが、いつか自分の運転でノアを何処かに連れて行ってやろうと、決意を新たにした。



「……それじゃあ、行ってくる」
「……」

 今回運転を担当する叔父もやって来ては乗り込み、あとは向かうだけとなった頃。
 シュナが行ってくるとノアに言ったが、ノアはまたしても悲しげな表情をするばかりで。
 その、うんともすんとも言わず黙ったまま唇を突き出すノアに、シュナはやはり困ったよう苦笑し、それからポンと頭を撫でた。

「すぐに帰ってくる。俺は嘘付いた事ないだろ」
「……昨日、森で幽霊を見たって言ったくせに」
「あれは嘘じゃない。娯楽だ」
「全然楽しくなかったので娯楽とは認めません」
「……まぁとにかく、何事もなく帰ってくるから」
「……ふはっ、都合が悪くなるとすぐ話を逸らしますよね、シュナさん」
「うるさい」
「……待ってます」

 軽口を言い合っていたが、不意に声を沈ませ、ポツリと呟いたノア。
 その声は悲しみに暮れていて、シュナはノアの手を取り指をすりっと一度撫でたあと、そっと顔を寄せて一度だけ鼻先を擦り合わせた。

「ああ、待ってろ」

 そう言いながら、シュナが片方の口角だけ上げて笑う。
 その男らしい笑みをじっと見つめたノアが背伸びをし、シュナの頬を小さな手で挟んでは、もう一度とシュナの鼻に自身の鼻先を擦り合わせた。

 そうして暫しの別れを惜しんだあと、ぎゅうぎゅうの荷物と共にシュナを乗せた車はかろうじて拓けているデコボコの森のなかをゆっくりと進んでいき、しかしノアは車が見えなくなるまでただじっと、そこに佇んでいたのだった。




 
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