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後編
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しおりを挟むテアに突然のヒートが来てから、約五日後。
ようやく治まったのか、ノアはずっとテアが戻ってくるのを小屋の前で何日も何時間でも待っていたウォルと共に、テアが歩いてくるのを見て、急いでテアの元へと駆け寄った。
「テア!!」
大声でテアの名前を呼び、再会のハグをしたノアがそれからテアの顔を両手で掴み、テアを見る。
「テア、体調は? どこか痛い所や、しんどい事はない?」
そう言いながらテアの体をチェックし始めようとしたノアだったが、それはテアの笑い声とお返しの息が詰まるような抱擁に阻止されてしまった。
「うぐっ、」
「全然大丈夫だよ、ノア」
深く、穏やかなテアの声がノアに落ちる。
それはノアが大好きな声のままで、そしてその笑顔はやはり何も変わっておらず、ノアは堪らず背伸びをし鼻を鳴らしながらテアの鼻先に自身の鼻先をすりすりと擦り合わせた。
「テア……良かった……。心配した……」
「ふふ、オメガになったって俺は俺だよ、ノア。まぁちょっとヒートはしんどかったけど、それでも何も変わらないよ」
そう言って笑うテアは太陽のように眩しく、ノアもそれにつられるよう笑いながら頷く。
「それにウォルやノア、それから皆が待っててくれてると思ったら、全然怖くもなかったよ」
にひっ。といつもの調子で悪戯っ子のような表情をしたテアに、一度目を瞬かせたあと、……本当に何も変わってないなお前は。とノアは呆れた笑みを見せたが、それでも心底嬉しそうだった。
横には双子独特の入り込めない空気を出す二人のやり取りを見ながらも、構って欲しそうにしているウォルが居て。
テアがそれに気付いたのか、おいで。とウォルを引き寄せ、ノアと自分の間に収めてはむぎゅむぎゅと抱き締める。
「うっ、ぶっ、」
「俺はだいじょーぶ! 明日は一緒に川に行こう!」
なんてウォルを安心させるようテアが声高々に言う。
それに、流石にそれはやめなさい。と呆れつつもノアも笑って同じようにウォルを抱き締め、二人の間で押し潰され苦しいと喚いたウォルがそれでも可愛い笑い声をあげるのを聞いたノアは、満面の笑みで空を見た。
秋空は変わらず高く広く美しく、流れる雲は穏やかだった。
そうしてテアがオメガになり、ウォルは今まで寝ていた小屋ではテアと一緒に寝れないからと、最近は専ら子どもだというのを免罪符にしてオメガ小屋でテアと共に寝ており、ノアは変わらずシュナと共に、シュナの小屋で寝起きしていた。
テアはオメガになったが、ヒートが来ない限りシュナもテアの側に居ても何の問題もなく。
それからというもの群れは変わらず平和な日々が続き、シュナは狩りをしたりリカードの新しい小屋を作る作業を進め、ノアは家畜の世話や洗濯、料理の手伝いをし、その合間にも二人はもう花の咲かない秘密の花畑で昼寝をしたり過ごした。
それは何も変わらず、寒い日はシュナの毛皮を持って行ってそこで身を寄せ合って過ごし、その花畑の近くに洞穴を見つけると、そこを二人だけの秘密基地にしようと喜んだ。
冬になれば寒さで凍えながらもその洞穴でずっと過ごし、シュナは時折その洞穴で狩りの時に拾ってきた綺麗なモノをプレゼントしてはノアからお礼のハグと穏やかな頬へのキスをもらい、そのノアの喜びようを見るたびシュナは、小さく歯茎を見せては満足げに頷いたのだった。
***
そうして穏やかに過ごし、ノアとテアが群れへ来てからもう一年が経とうとしていた、ある日。
春の風吹く早朝に、嬉しい知らせが飛び込んできた。
「「リカード兄さんが帰ってきた!!」」
そう叫びながらシュナの小屋の扉をノックする事もなく入ってきた二匹の子犬、もといウォルとテア。
それにシュナはノアを抱き寄せ眠っていたまま、眉間に皺を寄せた。
騒々しさを煩わしそうにしながら、しかしその言葉の意味を理解したシュナがいつもより表情を明るくさせ、自身の腕のなかで未だ睡眠にしがみつこうとしているノアの頬を擦る。
「ノア」
「……んぅ、」
「ノア、」
「ん、やぁ……」
そっと優しく名前を囁くシュナに対し、まだ眠たい。と駄々を捏ねるよう、ノアがシュナの胸に顔をぐりぐりと押し付ける。
その甘える子猫のような仕草にシュナはへにゃりとだらしなく眉を下げ、しかしそれからノアの髪の毛を梳きながら、囁いた。
「ノア、起きろ。リカードが帰ってきた」
「んぅ……? ……え!?」
脳がようやく働き始めたのか、何を言われたのか理解した途端、パチリと目を開けてシュナを見つめたあと、それからがばりと起き上がったノア。
そんな二人をよそに騒々しく知らせに来たテアとウォルは、早く来てください! と言い残して一足先にリカードの方へと戻るのか駆けてゆき、ノアもまたそれに続くよう、立ち上がってはシュナの腕を引いた。
「シュナさん、早く! 俺たちも行きましょう!!」
そう急かすノアは嬉しそうで、ノア達がここに来てからすぐに洗礼式へと出て行ってしまった為そんなにリカードと一緒に居られなかったが、どうやら二人のなかでリカードも大切な仲間だとちゃんと認識している事がシュナには嬉しく、しかし寝癖だらけのノアの手を逆に引いてベッドへと戻した。
「大事な日なんだから、少しは整えろ」
シュナが可愛らしく犬歯を見せながら、それでも朝の気だるさを纏って笑う。
その愛らしさと色気ある姿にノアが小さく息を飲んだが、そんなノアの様子など知らぬようシュナはベッド横の小棚からブラシを取り出していた。
それからそのまま優しくノアの髪の毛をブラッシングしてくるシュナのその世話焼きさがむず痒く、しかし誰に対してなのか知らぬが優越感が腹の奥を満足させ、ノアはされるがままうっとりと目を閉じた。
そうして丁寧にノアのふわふわな金色の髪の毛を梳かしたシュナが、自身の髪の毛をおざなりに整えたあと、行こう。とノアへと手を差し出す。
その大きな掌をすぐに握ったノアは幸せそうな笑顔のまま、はい。と頷いては立ち上がったのだった。
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