【完結】愛らしい二人

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 何が起こっているのか未だ誰も気付いていないのか、群れからは何の騒々しさも感じない。
 その中でシュナはテアが着いてきているかを音と匂いでしっかりと確認しながら、追っ手に嗅がれ追跡されぬよう暗い森の中をそれでも器用にジグザグに進み、自身とテアの匂いを撒き散らした。

 恐怖、怯え、不安。それらが後ろから必死に着いてくるテアの匂いに混じって漂っている。

 それは至極当然であり、シュナは少しだけペースを落とし、テアの隣へと並んだ。

「大丈夫。テア、大丈夫だ」

 そう言い切るシュナを、未だあどけない幼さを残したテアが見つめ返し、口の端をへにゃりと下げながらもしっかりと頷く。
 それを見たシュナは、ノアよりも身長が高く見た目もぐんと大人っぽいテアのその幼さに思わず小さく微笑んだが、もう一度テアの肩を叩き、追手が来るかもしれない最悪のシナリオを頭の中で想定しながら、テアを守るよう、ぴったりとくっついて走った。


 しかし予想外に追っ手は未だ来る気配はなく、あっという間にあの群れから離れた場所へと来た二人。
 だが警戒心を解く事なくシュナはひたすら神経を尖らせ、周囲の匂いに変化はないかを何度も何度も確認し、そして森のなかを二時間ほど走り続けたあと、ようやく足を止めた。

「テア、大丈夫ですか?」
「っ、はっ、ハァッ、う、う、ん、」

 ぜぇぜぇと荒い息を吐きながらも頷くテアにシュナも少しだけ息を乱しながら、とりあえず一旦座ろう。と大きな木の下にテアを座らせ、そしてベルトにぶら下げていた水が入った瓶をテアへと渡した。
 その瓶を受け取ったテアが目を輝かせ、勢い良く水を飲んでいる。
 それがやはりノアよりもずっと子どもらしく、似てないな。とシュナが笑っていれば、ありがとうございますと笑顔を浮かべたテアがずいっと瓶を差し出してきた。

「ありがとう」

 そうお礼を言ったシュナも一口水を含んでは喉を潤し、唇の端を濡らす水をぐいっと拭ったあと、小さな息を吐いた。

「もう大丈夫だろう」
「……」
「あと五時間ほど行けば、ノアが待ってる小屋まで戻れると思います。そのまま向かいたいですか? それともここで夜が明けるのを待ってから行きますか?」
「すぐに行きたい」
「分かった。でもあなたは怪我をしているので、俺が無理だと判断したらすぐに休ませます。それでも良いですか?」
「……うん」

 立ったまま辺りを見回しながら話すシュナが、不満げに、それでもうんと頷いたテアをちらりと見下ろす。
それにふっと微笑み、そっと手を伸ばして座ったままのテアの髪の毛の上に、ポン、と手を乗せた。

「よく頑張った。テア」

 そう言いながらシュナが笑えば、目を瞬かせたあとテアは警戒心を解いた笑顔で、いひっと笑う。
 その顔は愛らしく、まだまだ子どものようで、シュナはポンポンともう一度頭を撫でたあと、それからテアへと手を差し出した。

「行こう」
「うん! シュナさん!」

 どうやらようやくシュナを脅威ではないと見なしてくれたのか、随分と人懐っこい笑みと声に変わったテアがシュナの手をしっかりと握り返す。
 それにシュナも安心させるよう笑っては、立ち上がったテアの背中をポンポンと叩き、先を促した。




 ***



 二人が走り、時折歩き、それでも歩みは止めず小川の流れに沿って森を下り続け、そして空が白み始めた頃。
ようやく良く見知った場所へと戻ってきていた。


「テア、もうすぐだ」

 そう言ったシュナはやはり昨夜から一度も警戒を解くことはなく、辺りを見回しながら進んでいる。
 幸いなことに上手く撒いたのか、はたまた未だテアが居ない事に気付いていないのかは定かではないが追っ手が来ている様子もなく、シュナは茂みを掻き分けながら、ノアの待つ小屋へと目指した。



 それから、数十分後。ガサガサ、と葉音を響かせ、シュナがようやく小屋のある拓けた場所に戻った、その時。

「テア!! シュナさん!!」

 というノアの泣きそうな声が、辺りに響いた。


 どうやらずっと外で待っていたらしく、その事にシュナが驚いていたが、ノアは一目散に駆けてきては、テアへと抱きついた。

「テア……!! テア、テア!!」
「ノア!!」

 二人とも感極まったよう互いの名を呼び合いながら、ぎゅううう、と抱き合っている。

 それはひどく愛らしく、そして感動的で。

 そんな二人を見つめたシュナは、二人の体から出る心からの安堵の匂いに目を細め、小さく笑った。


「テア……会いたかった……! ……ばか!! ばかばか!! なんで俺を川に突き飛ばしたの!! 俺一人だけ助かったってお前が居なきゃ、生きてる意味なんてないのに!!っ、も、もう会えないんじゃないかってっ、凄く、凄く怖かった!!」
「……俺も、俺も会いたかった……。うぅ、ひっく、うぅ、ごめ、ごめんなさいノアぁ」
「……ううん、俺もごめん。怒ってごめんね、テア。それにすぐに助けに行けなくてごめん。……テア、身体中怪我してる……」

 テアが泣きじゃくり、それにノアが少しだけ冷静さを取り戻したのか、兄らしくごめんと謝りながら傷だらけのテアを心配するよう、顔中をぺたぺたと触っている。
 そんなノアの幾分か小さな手が擽ったかったのか、泣きながらも薄く笑い、大丈夫だよと呟いたテア。
 未だグスグスと鼻を啜りながらぼとぼとと涙を流し、それでもお互いを心配している二人はとても美しくて。
 シュナはその光景を眩しげに、そして少しだけ誇らしげに見守りながら、特に何を言うでもなくただ横に立っていた。



 ──そうして、約十分が過ぎた頃。

 シュナは感動の再会に水を差すようで申し訳なく思いながらも、とりあえずそろそろテアの手当てをしなければと、声を掛けた。

「……二人とも、とりあえず小屋に入ろう。テアの怪我の手当てが先決だ」

 そう呟いたシュナが、ぽん、とテアとノアの肩を叩き、小屋へと向かって歩きだそうとする。
 だがそれは、今度はシュナを抱き締めるべく伸びてきたノアの細い腕によって、阻止されてしまった。


「シュナさん! シュナ、さんっ……!」

 抱きつかれた瞬間に、ふわりと香る、甘い桃の匂い。

 その突然さにシュナが目を見開き、ピシリと身を固くする。
 そして甘い匂いとノアの体の柔らかさにシュナは無意識に息を止め、だがそれから、なぜ俺に抱きつく。と困惑したまま、昨日は思わず抱き締めてしまったが、今はどうするべきかと手をさ迷わせた。

「ノ、ノア、なんで泣いてるんだ」
「ふ、うぅ……、」
「……」
「ありがとう、ございます……。シュナさん、ありがとう、」

 またしてもひどく泣きじゃくり始めるノアに、やはりシュナは何故か分からないと眉間に皺を寄せ、とりあえずその華奢な背をそっと撫でた。

「……約束通り戻ってきただろ」
「ズビッ、はい、ありがと、ござい、ますっ……」
「礼を言われる事はしてない」

 アルファとして当然の事をしただけだ。と肩を竦め、アルファは守るべき者の為に存在していると心から思っているシュナが、それに助けられたのはテアだけだと、少し暗い表情をする。
 そんな力のない自分に不甲斐なさはあるものの、こんなにも泣かれる意味が分からない。着いた時にはもう既にテアは怪我をしてしまっていたから無傷のままとは言えなかったが、ちゃんと帰ってきたのに。だなんてやはりシュナが困った顔をしたまま、それでもノアのふわふわの髪の毛に指を通し、そっと撫であやした。

「……一人で良く耐えたな。偉いぞ」

 テアを助けに行く為とはいえ、こんな深い森にたった一人でノアを置き去りにしてしまった、申し訳なさ。
 それを声に乗せながらシュナが労るよう囁けば、ノアはシュナの肩に顔を埋めたままさらに泣き出してしまい、シュナはおろおろと視線をさ迷わせ、それからテアを見た。


 お前の兄はなぜこんなに泣いている。どうにかしろ。

 そう言外に示すようシュナが助けを求める眼差しを向けたが、なぜかテアも泣きながら笑っていて。

「あなたは変なアルファです。シュナさん」

 だなんてノアと全く同じ事を言いながら、抱き付いてくるテア。
 それにシュナは、外見は似てないが思考回路は似てるのか。だなんて溜め息を吐き、それからありがとうと何度も何度も呟いてくるノアとテアにぎゅうぎゅうと両方から抱き潰されたシュナは、盛大に眉間に皺を寄せながら、ぐえっと蛙が潰れたような声をあげた。

 それでも両方から漂う安堵だけしか混じらない柔らかな香りは、シュナにとっても素晴らしく、心地が良かった。




 
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