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それからの二人
リベンジ修学旅行の話1
しおりを挟む「……太一、寝れない?」
向かい合いながら、とんとん、と優しく太一の背中を叩き囁けば、もう片方の腕に収まり肩口に頭を乗せて所謂腕枕の体勢のまま大人しく収まっていた太一がぎゅっと亮の体に抱きつき、……ん。と呟いた。
カチ、カチ。と静かな寝室に響く時計の音。
ベッド横の小棚の上に置いたベッドランプが淡い橙色を放ち、室内を仄かに照らしている。
そんな穏やかで微睡むような空気が流れているその空間に、いつもなら直ぐに寝入ってしまう太一だったが、今日はどことなくソワソワしたまま中々寝付けない様子だった。
「……明日起きたら行くんだよな」
「そうだね」
「……そっか」
「うん。楽しみだね」
ぽつぽつと言葉を落とす太一の背や髪を撫でながら、楽しみだねと言う亮。
その言葉に太一が瞳をぽやんとさせては甘えるよう亮の首筋にすりっと頭を擦りつけて、……うん。と呟く。
その猫のように擦り寄ってくる可愛さにングウッと心のなかで唸った亮は、それでもこんなに楽しみにしている太一に無理はさせてはいけない。と唇を噛み締め、襲いたくなる衝動をなんとか堪えた。
──太一が眠れぬほど心待にしている事。
それは勿論皆で行く卒業旅行で、随分と前からあれこれと準備をした完璧な荷物は、きっちりと玄関の前に置いてある。
その二つ並んだ鞄の前にトコトコと近寄り、毎晩数分座り込んで眺めたあと就寝する。というのがここ最近の太一のナイトルーティンになるほど楽しみにしており、そんな姿がとびきり可愛くて、亮はその姿を見る度にちょこんと座る後ろ姿に飛び付いては、可愛い可愛い! と喚いてしまうのだ。
だが、旅行と言っても一泊二日の弾丸ツアーめいた旅行であり、本来は一週間ぐらい遊ぼうと龍之介達は計画していたのだが、大学の準備とか色々あるでしょ。と言いくるめた亮によって一泊二日だけになっている。
勿論それは本心ではなく、いつ太一の発情期が始まるか分からないこの不安定な時期に知らない場所でそうなるのは危険だと判断したからであり、そんな亮の言わないながらもの配慮を、太一も気付いているようだった。
「太一、可愛い」
「……なんだよ、急に」
「言いたくなっただけ。ね、キスだけ、していい?」
「……いちいち聞くなよ」
太一のお休み前ルーティンも終わり、二人してベッドに潜り込んだなか、キスだけ。という亮の言葉に太一は小さく唇を尖らせながらも、当たり前だろう。というニュアンスを含んだ言葉を口にしてくれた。
旅行の三日前から【キスだけでセックスはなし】というのを決めたのは、亮で。
本来なら毎晩太一の体を余すことなく愛してぐちゃぐちゃになるほど甘やかしながらセックスしたい所だが、こう楽しみにしている姿を見せられてしまえば無体を強いてしまうのも憚られ、だからこそ亮は泣く泣く涙を飲んで自分を律し、禁欲生活をする事を決めたのだ。
最初、三日間はセックスしないでおこう。と亮が言い出した時、意外にも太一は心底ショックだという表情をしてくれ、それが可愛くて愛しくてすぐにそれを破りたくなったのだが、『だって太一、旅行楽しみにしてるでしょ。だからしっかり寝かせてあげようかと思って。それに露天風呂だって入りたいって言ってたし、ならなるべくキスマークとか付いてない方が良いだろうしね』だなんて言えば自分の為だと納得したのか、太一も、分かった。と頷いてくれたのだ。
それに加え、以前初めて体を繋げた際興奮しまくってキスマークを大量に付けてしまい、それを見た優吾達には牽制だなんて言ったものの、流石にやり過ぎたかな。と反省もしていた亮は、今後は大人げない行動はしない。とも思っていたからである。
そうしてたった三日だけの禁欲生活をしている二人はそれでも切なげに瞳を潤ませながら、そっと触れるだけのキスをした。
「んっ」
小さく漏れる、太一の甘い声。
その声に亮はパッと顔を離し、「も、もう寝よっか」だなんて照れたように笑った。
「……そ、そうだな、寝るか。うん」
「うん。明日だもんね……」
「……うん」
謎にうんうんと頷き合い、それから空気を変えるよう笑いあった二人は目を閉じ、ようやく本格的に眠る体制に入ったのだった。
***
翌る朝。
鳥が歌うよりも早く目を覚ました二人は(というよりパッと起きた太一につられて亮も起きたのだが)、素早く準備を済ませ、集合時間に合わせて家を出た。
太一は目に見えてウキウキとしていて、こんなにも楽しみにしている姿を見られるなんて。と亮は悶えながら、斎藤さんに空港まで送ってもらい、無事に龍之介達と合流した二人。
卒業してからも何かと連絡を取り合い、四日と空けず会っているのだから久しぶりでもなんでもない再会だが、それでも龍之介はかなりハイテンションで亮と太一の肩をバシバシと叩いてきた。
「おはよ~!! めっちゃ朝じゃんね! 眠い! でも楽しみ~!!わはは!」
ケラケラと明るい顔をしながら良く分からない事を言いつつ笑う龍之介の横では、早朝というのにきっちりと七三に整えられた髪の毛で、クイッと眼鏡を上げながらおはようと言う明が居る。
その隣には優しげな笑顔で同じようにおはようという優吾が居たが、どうやら亘は問答無用とばかりにこの三人に連行されて来たらしく、優吾の肩に顔を突っ伏し、未だ惰眠を貪っていた。
「良く眠れたか?」
「うん。明さんもちゃんと寝れた?」
「ああ」
「てか亘まだ寝てるな」
「絶対起きないだろうと思ったから、俺らは昨夜から龍之介の家に泊まってそのまま来たんだよね」
太一と明達が会話をしている横で、亮はひっつき虫と化している亘を一度ちらりと見て笑ったあと、辺りを見回した。
やはり卒業シーズンだけあって、混雑している空港内。
そんななか、女の子達の視線をチラチラと感じている亮はしかし無視を決め込みながら、牽制もかねて隣に居る太一の腰にするりと腕を回した。
「搭乗まであとどれくらい?」
だなんて明に向かって問いかけながらも、太一の艶やかな黒髪に鼻先を押し付け甘える仕草をする亮。
そんな亮に、されど太一はもう慣れてしまったのか当たり前のように好きなようにさせながら、むしろ自身も亮の体へと寄りかかるよう密着してくるばかりだった。
「……もう行けるから行くか」
亮と太一のやり取りを見て、少しだけげんなりした様子を浮かべながらも明が眼鏡をクイッとあげながら言う。
その言葉に全員ぞろぞろと歩いて(亘は引きずられながら)、飛行機の搭乗口ゲートを目指したのだった。
そうして、無事に荷物を預け飛行機の席へと座った亮は、隣の窓側の席に座ってじっと窓の向こうを眺めている太一の姿に、愛しげに目尻を下げては笑った。
「太一、飛行機初めてだっけ」
「うん」
「楽しみだね」
「うん」
うん。と可愛らしく返事をしながらも、太一が窓から視線を逸らす事はなくて。
その横顔を眺めながら、ああ本当になんでこんなに可愛いんだろう。とやはり亮は蕩けてしまいそうな笑顔のまま、ただひたすら太一を見続けたのだった。
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