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それからの二人
同棲初日の話5
しおりを挟む「えへへ」
「……まぁた笑ってる。変な奴」
カウンターキッチンのテーブルスペースに肘を突き、リビング側から身を乗り出し嬉しそうに眺めてくる亮を見ては、太一が腕捲りをしながら呟く。
その声に、「だってなんかすっごく平凡って感じだから、幸せだなぁって」なんて言っては、亮が笑った。
先ほど、宣言した通り玄関でお帰りと言ってやると物凄く嬉しそうに抱きついてきては、ただいま。と言ってキスをしてきた時と全く同じ表情をしている亮。
その弛んだだらしない顔に、まぁ、平凡が一番幸せだってのは俺も身をもって知ってる。と目を伏せ小さく微笑んだ太一は、しかしそれから手を伸ばして亮の頭をぺしっと叩いた。
「ていうかお前も手伝えよ」
「あ、そっか。俺もするっていう発想がなかった。ごめんね。でも俺料理したことないから手伝いどころか足手まといになったらごめん。でも頑張るよ」
なんて言いながら亮も同じように腕捲りしているのを見た太一だったが、しかし、あれ? と違和感を覚え首を傾げた。
「お前料理できねぇの?」
「うん。したことない」
「え、でも、お前の家に初めて泊まった時、朝ごはん作ってくれてなかった?」
「え? ……あ、あぁー……思い出した。あれは、その……」
「ん?」
「……お手伝いさんが作って置いててくれたのを、俺が作ったと偽りました……」
至極言いづらそうに、亮が顔を少しだけ赤らめ呟く。
その言葉に太一が目を丸くし、そんな太一の顔に、……あぁぁ。と亮は耳の縁まで赤くしながら顔を手で覆った。
「つまらない見栄を張りました……」
ぼそりと漏れた、亮の言葉。
その情けない声と姿に太一はしばし沈黙したあと、ぶはっ! と堪らず吹き出して笑ってしまった。
「っ、あははっ!! おまえ、まじか!!」
「ちょ、笑わないでよ!」
「あははっ! だってお前、あはは!」
「高一のクソガキだったんだよ!? そんなん思春期真っ只中じゃん!! 好きな子には見栄張りたいって思うじゃん!!」
「あはははっ!!」
「まじで若気の至りだから笑わないで……。もーほんとめちゃくちゃはずい……」
「わか、げのっ、っ、ははっ! もう喋んな腹いてぇ!! ははっ!!」
「笑わないでってば!!」
涙を流しながらゲラゲラと口を大きく開けて笑う太一に、恥ずかしげにしながらも笑わないでと亮が突っ込む。
それでも笑う太一の顔が見れて嬉しいのか亮もつられて笑い、帰ってきた時にはもう家具が運び込まれておりぐっと生活感が増した部屋の中は、穏やかな空気に満ち溢れていった。
***
「ご馳走さま、美味しかった。太一、料理すっごく上手なんだね」
太一が作ってくれた夕食を二人で囲み、食べたあと。
亮はありがとうと微笑みながら、ダイニングテーブルの向かいに座る太一の方に身をのりだし、ちゅっ。と目尻にキスをした。
その感触に、う。と目を瞑った太一は、『今日は俺が全部作ってやるからお前は見てろ。まぁ笑わせてくれたお礼みてぇなもんだと思え』なんてにししっと笑いながら作った料理全てを綺麗に平らげた亮に、口に合ったんなら良かったわ。と笑った。
「洗い物は俺がするね」
「した事あんの?」
「……泡つけて洗えばいいだけでしょ」
「ふっ、ははっ……。もーお前今日は家事しなくていいから。今度ゆっくり教えてやる」
「あっ、馬鹿にした」
「いや、ここまでくるといっそ感心するわ。ということでお前は風呂でも沸かしておいてよ。それは出来るよな?」
「それぐらいは出来るって知ってるでしょ!」
「あははっ」
朗らかな笑い声が部屋中に響き、もー……だなんて亮が困ったように、けれどもやはり嬉しそうにしながら、じゃあとりあえず食器だけ持っていくね。と席を立つ。
それに、サンキュ。と続くよう立ち上がった太一がキッチンへと向かい、カチャ。と食器をシンクに置いた亮の背中を眺めては、徐にぎゅっと抱きついた。
「わっ、太一、どうしたの」
「んー? ……べつに。なんとなく」
そう呟き、ぐりぐりと亮の背中に額を押し付けてくる太一の行動に、
「ふふっ。……可愛い」
なんて呟いた亮が腹に回る太一の手を取り、ちゅっと指先に口付けては向きを変えて正面から抱き締めてくる。
そんな亮の胸板は厚いのにふわっとしていて。……亮の匂いだ。なんてすりすりと顔を擦り寄せた太一に、ああ可愛い。と心の中で呟いた亮はそっと優しく太一の顎に手を添えてはそのままくいっと上を向かせ、あ、と少しだけ頬を染める太一の顔に自分の顔を近付けた。
「んっ」
ちゅっ。と触れるだけの優しいキスが唇に灯り、小さく漏れた太一の声。
その声にふふっと微笑みながら頬を抱き込むよう顔を両手で挟み、ちゅ、ちゅ。と亮が何度も唇を触れ合わせれば、はぁ。と太一の口から甘い吐息が零れ、キッチンに落ちていく。
見上げてくる瞳はとろりと蕩けていて、先ほどまで自分を笑い飛ばしていた快活さが嘘のように艶やかしい表情をする太一に、……くらくらしそうだ。と亮はするりと掌を服のなかに潜り込ませた。
「ん、あっ」
するする、と太一のキメ細かで薄い肌を指でなぞればまたしても甘い声が漏れ、ぎゅっと掴まれている服の裾を更に強く握ってきたのが分かり、亮は堪らず太一を抱き上げた。
「……お風呂、あとでいい?」
そう熱い吐息を溢し、自分の目線より少しだけ高くなった太一に伺いを立てる亮。
そんな亮の腰にぎゅっと足を巻き付け首に腕を回し、
「……ん」
と太一も熱い息を吐いては、こつんと額を合わせた。
「たいち、」
「りょう……」
お互い劣情を揺らめかせ名前を呼びあい、どちらともなく口付けようと顔を寄せた、その瞬間。
プルルルルルッ!! と突如携帯が鳴り響き、二人はびくっと身を飛び跳ねさせた。
「……鳴ってんぞ」
「うん。でもいいよ。無視しよ」
「でも、んっ」
出た方が、と言いかけた唇を下から塞ぎ、密着した太一の下半身にもうすっかり怒張している自身を擦り付けるようゆさっと一度揺らした亮が、
「……太一が最優先」
だなんて笑う。
その焼けるような熱視線にうぐっと喉を詰まらせた太一もまた小さく腰を揺らめかせ、……んっ。と呟き、早く寝室行くぞ。と亮の首にぎゅっと抱きついた。
それから二人は先ほど買ったばかりのふわふわのベッドに沈み、お互い離さないと言わんばかりに抱き締め合いながら白の海のなかで体を何度も何度も重ね合い、慈しむようなセックスをしたのだった。
──そんな甘い夜を過ごした、翌朝。
先に目を覚ましたのは亮で、腕のなかですやすやと寝息を立てている太一を見ては目を細め、その可愛らしい額にちゅっとキスをひとつした。
取り付けられていたカーテンの隙間から漏れる陽は柔らかく、その光の筋に照らされた太一の細く白い首には、沢山の噛み痕やらなにやらがまたしても増えていて。
……さすがにこれはやり過ぎたなぁ。だなんて亮は昨夜の自身を少しだけ反省し労るよう太一の首をすりすりと撫でていたが、そういえば電話が鳴ってたな。とふと思い出し、そっと太一の体をふかふかのベッドの上に寄せては抜け出した。
それから約、数分後。
ふかふかの感触に気持ち良く寝ていた太一はしかし、側に温もりがない事に気付いたのか眉間に皺を寄せ、亮を探すよう白いシーツの上で手を動かしたが、冷たいリネンの感触しか辿れず不機嫌な顔のままむくりと起き上がった。
それからぼうっとベッドの上で項垂れ、目をごしごしと擦りなんとか起きようとしていた太一の耳に、ガチャリと寝室の扉が開く音がした。
「……どこ、行ってたんだよ……」
寝起きで未だ働かない頭のまま、起きた時いないの嫌なんだけど。と拗ねたように太一が亮を見たが、そこには携帯片手に若干焦ったような表情をした亮が居て。
そんな亮の様子に、……どうした? と太一が首を傾げた瞬間。
「……俺の両親、昨日の夜に帰国したらしくて、」
なんてぽつりと亮が呟いた。
その言葉に、……あぁ、じゃあ昨日の夜の電話はそれだったんだ。と申し訳ない気分になった太一が気まずげにボリボリと頭を掻いたが、
「それで、もし時間があるなら今日のいつでも良いから俺と太一に会いたいって言われたんだけど……」
と静かに告げられた言葉にピタリと手を止め、……は? と目を見開いてしまった。
「きょ、きょう!?」
なんて一気に目が覚めたと同時に、急すぎて心の準備すら出来ていないこのタイミングで!? と叫んだ太一の声が穏やかで柔らかな朝に似つかわしくなく響いていく。
その声に亮が申し訳なさそうな顔をし、太一は目を白黒とさせつつ不安と期待で押し潰されそうになりながらも、「わ、分かった……!」と上擦った声で返事をしては、必死にこくこくと頷いたのだった──……。
【 甘く、されど目まぐるしい毎日 】
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