【本編完結済み】朝を待っている

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最終章

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 泣いている太一の腰を自身に引き寄せながら、こてんと頭を太一の頭に乗せる亮。
 その重みも、その温かさも、全部全部抱えて生きていく。と決意を新たにした太一はずびっと鼻を啜りながらも笑い、

「っし、学校、行くか」

 と亮の喉仏にすりすりと甘えるよう一度頭を擦り付け、それから亮を見上げてニカッと笑う。
 そんな太一に亮は心のなかで、なに今の、なに今の。え、めちゃくちゃ可愛かったんだけど。と喚きつつ、しかし太一を怖がらせぬよう表情にはおくびにも出さずに、にっこりと微笑み返した。


 それから、太一は鞄の中に畳んで制服を持ってきていたが、当たり前に亮は私服なので、一旦亮の家に向かう事にし、二人は展望台をあとにした。


 未だ早朝のため、辺りは誰も居らず。朝露に濡れ光るアスファルトの上を、二人きりで歩く亮と太一。

 そんな朝のなかを手を繋いで歩いていたが、ふと二十四時間やっている薬局を見つけた亮が、ちょっと寄っていい? だなんて聞いてくるので、いいけど、何買うんだ? と太一は首を傾げた。


 ウィン、と自動ドアが開き、中からやる気の無さそうな店員の、「いらっしゃいませ」という声が静かな店内に響く。

 店内はそこそこに広く、所狭しと商品が並び、しかし亮は通路上の案内パネルを見ては迷うことなく歩いていて、引きずられるよう太一も後を追っていたが、亮が、あった。と足を止めたその場所にびくんと体を揺らしてしまった。


「えっと、アルファ用のは……、あった。……あーでもXLはこれだけかぁ。太一、ラテックスアレルギーだったりしない? 大丈夫?」

 そう何でもないような口ぶりで話しかけ、手にしているモノを見ながら、ポリウレタンは置いてないのかぁ。だなんてぶつくさ言っている亮。
 それに太一は顔を真っ赤にしながら、こいつなんでそんな平然とした顔で聞いてくんの!? と目を丸くした。

 ──亮が手にしている、モノ。それは紛れもなく性行為で使う為のスキン商品、コンドームで。

 オメガであるが見たこともなく、むしろそういう類いのものを避けてきた太一が、初めてまじまじと見るその箱の生々しさに口ごもっていれば、そんな太一を見つめた亮は小さく眉を下げながら、呟いた。

「……太一とこうして一緒にいれる未来なんて全然想像してなかったから、俺コンドームとか今一つも持ってなくて。だから念のため、本当に念のためだけど何があるか分かんないから、一応買っとこうと思ったんだけど……、びっくりさせちゃったね。ごめん」

 ……ずっと前に女の子と使ってたのは、太一を好きだと自覚した時に全部捨てちゃったし。とは言わず心のなかで留めた亮だったが、しかしそれから俯き、足元を見た。

「……なんて、一応とか、嘘。ごめん。……ほんとは今すぐにでも太一に触れたい。……あっ、でも勿論ちゃんと太一の心の準備が出来るまで待つつもりだから! そこは心配しないでね!」

 だなんて本音を盛大に吐き出したあと、最後はあわあわとしながら、襲ったりしないから! まじで! 理性フル稼働させるから! と詰め寄る亮。
 そんな亮に一歩後ずさった太一だったが、しかし自分だって亮とそういう事をする妄想をしたことがなかった訳ではない。と足を踏ん張り、こくこくと頷いた。

「……わ、分かってるから、分かってる。うん」

 なんて亮の気持ちを汲みつつ、と、とりあえずさっさと買って行こうぜ。と促す太一。
 そのまま二人は足早に会計を済ませ、店員に、あーこいつら今からヤるのかー、てか何その甘酸っぱい空気感。付き合いたてかよ、リア充爆ぜろ。などと思われている事など勿論知らず、店を出た。


 外に出てみればもう大分陽が高くなっていて、朝の散歩をしている人達がちらほらといる。
 そんな中を何故か気まずい空気で黙ったまま、それでも手を繋ぎ、亮の家を目指す二人。

 黙々と言葉も交わさず歩く二人に反して、亮の反対の手に握られているコンドームが入った袋が、ガサガサとやけに音を立てている気がした。




 ***



 それから亮の家で、もう着ることのない制服に着替え学校へと向かった二人は、じゃあ、またあとで。なんて名残惜しげに学校へと向かう道もずっと繋いでいた手を離し、互いのクラスへと入った。

 なんだか未だに、亮との事が夢だったのでは。とドキドキと胸を高鳴らせたまま太一が教室に入れば、机の上には卒業生である証の胸ポケットに挿す造花が置いてある。
 それを見つめ、いや、全然いいけど机の上に花ってなんか、駄目だろ。と吹き出しつつ、その花を胸ポケットに挿した太一。


 開け放たれた窓から風がふわりと吹き、白いカーテンを揺らしている。
 黒板には、卒業おめでとう。と書かれた文字。

 それを眺めながら太一は、鳴りを潜めた、けれど穏やかにとくんとくんと鳴る心臓のまま、……本当に卒業すんだなぁ。なんて目を細めた。


 窓の外では、卒業生の保護者や来賓客で校庭が賑わっているのが見える。
 そして、先ほど亮と一緒に、なんか変な感じだね。と言いながら潜った校門の横、卒業式と書かれたプレートに列をなして写真を撮っている人達が居て。
 亮の両親は海外出張真っ只中で見に行けないからと、ビデオメッセージを朝一送ってきてくれたらしく、それを学校へと向かう途中聞いた時の亮の照れ臭そうな顔を思い出した太一が、関係が良い方に変わってるようでなんだか俺も嬉しい。と微笑んでいた、その時。

 教室の外が騒がしくなり、そしてその喧しい声の持ち主が誰かなんてもう分かりきっている太一は、ぶっと吹き出してしまった。


「でさ、それがもうめちゃくちゃ、って、おお、太一! おはよー! なんかめちゃくちゃ久しぶりな気ぃすんね!」
「太一、おはよ」

 ガラッと教室に入ってきたのはやはり龍之介と優吾で、おー、と太一も手をあげて挨拶をする。

「冬休み、何してた?」
「バイト」
「まじか」
「受験どうだったん?」
「聞かないで」

 そう軽やかに会話を交わし、まるで三ヶ月会っていなかった事など微塵も感じさせず三人が話していれば、教室に担任が入ってきた。


「おいうるせーぞ佐伯。廊下まで声聞こえてんだっつうの。最後の最後まで注意させんな。はいお前らもさっさと席に着け。って、あれ、坂本お前たしか休むって、」
「あー……、まだ大丈夫だったんで来ました」
「そうか。そりゃあ良かったな」

 興味なげに、しかし良かったなとさらりと言ってくるこの担任は、今までのどの先生よりも太一がオメガだという事に対して何の感情も抱いてはいないようで、普通の生徒と何ら変わらず接してくれる事が、太一にはとても嬉かった。
 それから軽く担任の話があり、体育館に移動する道すがら、そういや俺入学式出てねぇんだった。と思い出した太一は、あとであの桜の木を見に行ってみよう。なんて小さく笑みを浮かべた。


 ぎゅうぎゅうと人が押し込められた、体育館。
 その一人一人に自分の人生があると思うとなんだか感慨深く、太一は自身の椅子に座りながらぼんやりと体育館の天井を見上げた。
 そうして式は滞りなく進んでいき、校長やら何やらの言葉を聞き流していた太一だったが、『卒業生代表挨拶、小山亘君お願いします』というアナウンスが流れた瞬間、ガタッと椅子を揺らし目を見開いてしまった。

 は? と驚きながら壇上を見れば、そこに居るのは間違いなく亘で。
 頭が良いとは知っていたが、まさかそこまでとは思ってもいなかった太一が龍之介の方をバッと向き、まじで!? と小声で問いただす。
 そうすれば、まじだよウケるよな。なんて龍之介もぷぷぷと笑っていて、いやあいつに挨拶なんて無理だろ。と太一はハラハラしながら亘を見た。

 しかし、意外にもすらすらと当たり障りのない事を述べながら、亘が呆気なく答辞を終え、頭を下げ壇上を降りてゆく。
 それにホッと胸を撫で下ろしつつどこか拍子抜けした気分のままでいれば、その答辞を聞いて感動したのか、生活指導も担っている体育教官のゴリ(後藤まさのりという名に加え見た目もゴリラみたいなので生徒の間ではひっそりとゴリと呼ばれている)が、「こ、こやまぁぁ! 成長したなぁぁ!!」なんて咽び泣いていて、それを見て太一は、ははっ!! と声をあげて笑ってしまった。




 
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