【本編完結済み】朝を待っている

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第九章

52~side亮~

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 ──チュンチュン、と耳に響く朝鳥の鳴き声。

 その声にぴくりと体を揺らした亮が、ゆるりと目を開ける。
 未だ微睡みに揺れる頭でぼうっと宙を見たが、しかしそれから数分後、バッと背もたれから上体を離してベッドを見た亮。
 けれどもそこに太一は居らず、ヒュッと息を飲んで立ち上がった亮は慌ててベッドの方へ駆け寄った。

 しかしそこにはやはり、まるで太一の存在なんてなかったかのよう綺麗にメイキングされたベッドだけが佇んでいて、途端心臓がバクバクと鳴り拭えない不安が喉を狭め、亮は息を飲んだ。


「……た、いち、」

 呟いた声は掠れみっともなく、冷や汗がじわりと吹き出すのが分かる。
 そのまま体をぐらりと揺らす亮だったが、持ち直すよう慌てて足を踏ん張り、それから机の上に放置していた携帯がピカッと光っているのを目の端で捉え、バッと手を伸ばした。

 逸る気持ちで画面を見れば、太一からのメールが届いていて。

 それにドクドクと心臓を鳴らしたまま、それでも、

『ごめん。急用が出来たからちょっと出てる。戻ってくるから待ってて』

 という文面に亮は一瞬息を飲んだあと、脱力しずるずるとベッドの脇に座り込んだ。


 ……良かった。本当に、良かった。

 そう心のなかで呟き、はぁ。と重いため息を吐いた亮。


 ……太一が気丈に振る舞えば振る舞うほど、太一が平気だと笑えば笑うほど、亮は怖かった。
 いつかふっとどこかへ消えていってしまうのではないか。そう思ってしまうほどのその儚さが、怖かった。

 そんな不安がいつも腹の中で燻っていて、目を覚ました時に太一が居ないことに物凄く焦りを感じていた亮はもう一度深く息を吐き、とりあえず連絡があって本当に良かった。と安堵しつつも、送られてきたメールの時間帯を見れば朝とも呼べぬほどの時間な事に、やはり胸騒ぎを覚えてしまった。

 それでもその疑念を、いや、自分がどうこう言える立場ではない。それに、待ってて。と言ってくれている。と振り払い、

『分かった。待ってる。遅くなるようなら迎えに行くから、連絡して』

 だなんて物分かりの良いフリをした。



 しかしそれから程なくし、またしてもピロン。と通知の音がし、亮は慌てて手元の携帯を見た。
 差出人はやはり太一からで、

『ありがと。でもやっぱお前の家には戻れない。話したい事あるから今日の夜十時にあの展望台の上で待ってる』

 と書かれている文字に亮は瞬時に立ち上がり、すぐさま太一に電話を掛けた。
 けれども返ってきたのは、『お掛けになった電話は電波の届かない場所にあるか電源が入っていない為、掛かりません』というアナウンスだけで。

 その音を聞いた途端、電源を切ったのだろうと悟った亮は呆然と立ち尽くし、それから髪の毛を一度ぐしゃりと掻き毟っては、……落ち着け。落ち着け。とバクバク鳴る心臓を抑えたあと上着も羽織らず部屋を飛び出した。



 ガチャン。と門を揺らし道に出て辺りを見回したが、手を繋いで歩く親子や犬を散歩させている老人しか居らず、まさに休日の穏やかな朝に相応しい光景が広がっている。

 それがまるで、太一だけを隠し何事もなかったかのように回る世界のように感じられて、亮はハッと息を乱し、心臓がぎゅっと締め付けられるような痛みに小さく鼻を啜っては、居ても経ってもいられなくて太一の行きそうな場所へと探しに行こうと足を踏み出したが、そこでぴたりと動きを止めてしまった。


 太一が、何を考えているのか。
 太一が、今何をしているのか。

 そのどれひとつだとて亮は知らず、ましてや太一の行くあてすらも分からない自分が情けなく不甲斐なくて、堪らず泣いてしまいそうになるのを必死に堪えた亮は、まだまだ時間はあるのにそれでも展望台にしかすがる場所がないと、白い息を揺蕩わせながら自身の気持ちとは裏腹なほどの爽やかな朝の道を駆けていった。





 ハァ、ハァ、と上がる息のまま三階までのぼりきり、眼下に広がる街を見下ろした亮の、汗でしっとりと濡れる額を冷たい風が撫でていく。

 電線の上で身を寄せ合う小鳥。
 陽の光に照らされ、キラリと光る家々の屋根。
 元気に駆けてゆく子ども達の声。

 それはとても美しくキラキラと輝いている筈なのに、どこか色も現実味もなく。
 見方一つ、心持ち一つで世界がこんなにも表情を変える事をきっと太一に出会わなかったら自分は知らなかった。なんて長い睫毛を震わせながら目を伏せた亮は、けれど今はそれがひどく悲しい。と鼻を啜った。


 この寒空の下で、それでも太一は今ちゃんと笑えているだろうか。

 なんて糞みたいな気持ち悪い事を考えながら太一の笑顔を思い出そうとしたが、最後に見たあの、苦しくて苦しくて堪らない。と泣きじゃくる顔と悲痛にまみれた泣き声だけしか思い出せず、亮は冷たい手すりをぎゅっと握った。

 そのどうしようもないやるせなさと骨にしみる冷たさだけが、やけに鮮明だった。




 
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