【本編完結済み】朝を待っている

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第四章

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 太一と亮が突然仲良くなり、おいおいどういう心境の変化だよ。と龍之介達に弄られる事ももうなくなり二人が一緒に居ることが日常となった頃。
 季節は青々と繁る葉が暑い風に吹かれ揺れる、夏になっていた。


 そして今日もバイトが終わり店を出て、壁にもたれ携帯を弄っていた亮に太一が声を掛ければ、

「お疲れ」

 と亮が携帯をしまい微笑み、それに太一も眉をへらりと下げて笑い返した。



 人通りもあまりない、夜の商店街。
 街灯だけがやけに明るく連なっている。

「何食べたい?」

 そう笑う亮の顔に、気兼ねなく食べたい物を太一が言えるようになったのは、確か三日目頃だっただろうか。
 馬鹿みたいに高級なレストランに連れていかれそうになり、ファミレスがいい! と慌てて太一が叫んだのが、きっかけだったと思う。
 今思えばあれも気遣いだったのかもしれないが、配慮なのか天然なのかいまいち分からない亮に、……やっぱり振り回されてる。と太一は思うものの、そんな亮と一緒に居ることがだんだんと心地よくなり、一緒に居る事にも慣れてきた。
 というよりも毎日毎日顔を付き合わせ夜も一緒に外食するようになれば、もう触れるだけで敏感に反応する事もなくなり、二人はどんどんと距離を縮め、十年来の友人のようにくだけた雰囲気で話せるようになっていた。


「ん~……、ラーメン」
「いいね、じゃあ駅前のラーメン屋さん行こっか」
「ん」

 そう話しながら歩く夜道は、優しくて。
 高校に入る前や亮と出会うまでは、鞄の紐をきつく握りしめながら一人夜道を歩いていた事がもう遠い過去のようで、たった半年なのに随分ともうこの生活に慣れてしまった。なんて太一は気付かれぬよう、小さく笑った。


 それから店に着き、熱いし暑い。とラーメンを啜り、ピッチャーの水を無くす勢いで食べ終わった二人は、明日から夏休みだなぁ。なんてぽつぽつと会話を溢した。

「夏休み、皆でどっか行こうよ」
「無理。バイト」
「毎日じゃないでしょ?」
「そうだけど、」
「じゃあ海とか行こうよ」
「海かぁ……、行ったことねぇなぁ」
「えっ!? まじ? じゃあ行くしかないじゃん」

 幼い頃から働きづめの母と二人だったので、どこかに遠出した事があまりなく。特に今思えば母はオメガである自分と太一を守る為に人が多い所を避けていたのだろうと気付いた太一は、海かぁ。とまたしても一人ごちた。


「ね、行こうよ。昼からは無理でも、夜バイト終わったあととかに近くの海で皆で花火とかして遊ぼうよ」
「……ん、いいよ」
「はいじゃあ決定ね」

 言質取りました。と言わんばかりの顔で笑う亮につられて笑っていれば、不意に亮の携帯が鳴る。
 それにズボンのポケットから携帯を取り出した亮だったが、着信履歴も見ずに電源を切っていて、いやいや、出ろよ。と太一は思ったが口にはしなかった。

 それからテーブルの上に置かれた亮の携帯をちらりと眺め、今まで必要性を感じなかったし金もなかったしで持っていなかった携帯をそろそろ持つべきか……? と悩んだ太一だったが、お金はなんとかなるにしても未成年後見人として伯母を連れていかないといけないしと考え、きっと行ってくれないだろうからやっぱり無理だな。という結論に至ってしまった太一の百面相を、亮は向かいでにこにこと眺めていた。





 ──そうして迎えた、夏休み。

 稼げるときに稼がないと。と朝から晩まで働く太一だったが、バイトが終われば皆で近くのファミレスでご飯を食べたり、約束通り近くの海で花火をしては騒いだりと、母が亡くなってから楽しいこと全て捨てたように生きていた太一は、高校に入ってから一変した環境に夢のような気持ちでいっぱいだった。

 そして今日もバイト終わり来ていた皆と一緒に夜の海に向かい、遠くの方で龍之介と優吾が服のまま海に飛び込んだり、明も仲間に引き入れようと腕を引っ張り騒いでいて、その横で亘がわははと笑いながらも足を滑らせ、自ら海にダイブしていた。


 ゆらり、ゆらりと揺らぐビロードのような黒い塊。
 それでも月明かりに照らされた海は漆黒をきらりと煌めかせていて、砂浜に体育座りしながらその景色を眺めていた太一は、潮風が頬や髪を撫でていく気持ちよさに、そっと目を閉じた。

 こだまのように響く、笑い声。
 ザァ、ザァ。と揺蕩う、海の波。

 それに耳をそばだてていれば、

「太一、なーにたそがれてんの」

 なんて声がし、ぱちりと目を開ければ足元だけ海に入ったのか砂で素足を汚した亮が、隣に腰掛けてきた。

 パンパン、と手に付く砂を払いながら微笑む亮の顔が、夜に溶けている。
 それでも浮かぶ白い歯が綺麗で、ふっと笑った太一は、別にたそがれてねぇ。なんて呟き足元の砂を撫でた。


「あははっ、いけー龍之介! 明を沈めろー!」

 遠くに居る龍之介へと声を張り上げ、悪戯っ子のような笑顔を見せている亮。
 隣に座る亮との、肩が触れてしまいそうで触れない距離に、そしてティーシャツから伸びる逞しい腕に、なぜだか分からないがドキドキとしてしまって、太一は慌てて目を逸らした。


「ははっ、眼鏡死んだねあれ」

 そうぽそりと呟いた亮の言葉に、目の前の海を眺める太一。
 ふんばっていた明がとうとう龍之介達に海に引き込まれ、猿のような雄叫びをあげる龍之介の声が響いてくるなか、「俺の眼鏡が消えた!眼鏡どこいった!?」と騒ぐ明の声が響いてくる。
 その声を聴きながら、ほぼ毎晩小学生のような遊びばかりしている馬鹿らしさに太一も声を上げて笑ったあと、それから、こてんと腕に頭を乗せた。

「……楽しいなぁ」

 なんて染々と呟いた、太一の無防備過ぎる声。
 それに亮が太一を見つめれば、幸せそうに微笑んでいて。そろそろ夏が終わりまた学校が始まる事を惜しんでいるようなその儚げな太一の言葉に亮はそっと目を伏せ、

「来年もこうやって遊ぼうね」

 と呟く。
 その声がひどく優しくて、……うん。と素直に返事をした太一に、亮もふっと笑った。


「よっしゃ! 俺らも行くか!」

 突然、どことなくしんみりとした空気を裂くよう、ばっと立ち上がってにかっと笑い見下ろしてくる太一。
 その笑顔に一瞬呆けた亮が、それでもははっと笑いながらつられるよう立ち上がる。
 それから二人はにししっと歯を見せながら、わーわーと煩い海へと駆けていった。




 
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