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俺の適正『空気を読む』は間違わない

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 ブライトは賢い。
 最初からきっと彼は幾つかの未来を想定していたのだ。
 もちろん彼は全てのスコタディを、プシュケスフィアで封印したかった事には違いない。

 だが彼は、ワングになる前世に能力を使い過ぎたのだろう。その為、彼の未来予知は不完全だった。
 いや。完全に残したにも関わらず、完璧に遂行出来なかったのは俺の責任なのかもしれない。
 何故なら彼の前世は、きっと坂田隼人だったのだと思うから。

 俺は前世で八歳の時、一度死んだ。
 きっとその時、彼も死んだのだと予想している。俺が自分で作ったゲームだと思っていた【マジックイーター】
 だがそれは、ブライトが坂田隼人の脳に残した物だったのだろう。

 だから、坂田隼人はこの世界を。このシナリオを。ずっと夢に見ていたのだと考えるのが自然だった。
 きっとブライトは、全て分かっていたのだ。
 坂田隼人がこの世界に転生する事。そして、ゲームという形でブライトが残した未来の出来事を記憶し、この世界で活かされる事を。

 この世界が俺のゲームに酷似していたのではなく。俺の記憶がこの世界の未来を知っていたのだ。
 実際ゲームの知識に助けられてここまで来た。途中でいくつか起きたイレギュラーは、きっと俺が未来を変えようとした事が原因かもしれない。

 この世界に俺が正常に転生出来ていたならば……あるいわ。予知された流れ通りに行っていたかもしれない。
 それも、今となっては分からないが。

 ブライトが残した未来シナリオは、間違っていなかったと。俺はそんな気がするのだ。
 どんなイレギュラーが起きても。俺が魔王に支配される未来だけはきっと変わらなかったのだろう。
 だから彼はワングとして、俺をここに導いたに違いない。

 そして、そうする事で。もし失敗しても、必ず俺が何とかすると彼は考えていたのだと思う。彼は前に、俺に言っていた。
『お前の中にある魂は二つ』だと。
 彼がブライト本人なのに、こんな事を言うのは変だと。今更ながらに思った。
 これはあくまで俺の予想だが。

 きっと俺の魂。それは前世も今もリリスなのだと思っている。そして彼は、リリスにだから未来を託したのだ。
 思い起こせば俺の中で度々聞こえた声は、魔王のもの以外に夢に出た彼女のものもあった。
 リリスもきっとブライトと同じ、ポースを持つ者だったのかもしれないと俺は思っている。
 そうでなければ俺の魂は、魔王のスコタディにもっと前に侵食されていた筈だ。

 ブライトは分かっていたのだろう。
 もし魔王に支配された時。きっと俺は……いや、リリスなら。ブライトの描いた未来を信じるだろうと。

 俺は未来は読めない。
 だが、自分が成すべき事は理解出来るのだ。いつだって、そうやって空気を読んで来たのだから。


「る、ルシ……アン?……だめだよ……いや……」

 ルカの口から掠れた声が虚しく洩れた。
 血に染まった彼女の顔から涙が流れ落ちる。そしてゆっくりとルカは俺に手を伸ばし、剣を握る俺の手を。彼女の手が優しく包み込んだ。
 そして、容認し難いといった眼差しで見つめていた。
 俺の腹部を貫く魔鉱石の剣を。

 そう。俺は自分を刺した。
 それこそ、俺が全てを受け入れた結果だった。魔王の意識は、抵抗をやめた俺から一瞬離れたのだ。
 その瞬間に俺は手首を反して剣先を自分に向けた。
 もしも必死で魔王に抵抗し続けていたら、俺の剣は魔王に完全に掌握されたまま、ルカとベネットに振り下ろされたと断言出来る。

(よく出来ました……)

 頭の中でそんな風に自分を褒めていた。いや、褒められたのかもしれない。

 ゛ぐぉぉおお! ゛

 力が抜け意識が遠ざかる頭の中では、魔王の断末魔が響き渡った。だが、それは一瞬だった。
 最後にやってやった達成感と共に、魔王のスコタディから解き放たれるのを俺は感じていた。
 もはや、目も開けれず何も見えないが。ルカの声が微かに聞こえた。

「何してるのよ……バカ」
「ははっ……カッコいい最後……だろ。こういう時は……空気読んで……」

(俺は再び転生するのかな?そういえば魔王、結局封じ込められなかったなぁ……
 また、ブライトとリリスは戦うのかな?)

 これはルカを助ける旅だった。
 いや、正確には婚約を阻止する旅だったか。俺が死んでしまった後、ルカとベネットだけで光の魔法習得まで辿り着けるのだろうか。
 そんな不安だけは残った。
 しかし当分、魔王の脅威は無くなるだろう。それだけでも、彼女達の旅は安全になるはずだ。

 もうこの世界は俺の知ってる【マジックイーター】じゃ無くなってしまった。
 どうしても、自分が作った前提で考えてしまうのは仕方ないのだが。もし次……俺が続きを作るとしたら。

 (どんなゲームにするかな?プシュケスフィアで、片っ端から悪を封印していくゲームとかか?
 それじゃ結局、魔法最強ゲームじゃねーか)

 それは、とんだクソゲーだと思った。
 やっぱり近接攻撃職も選べる、バランスの良いゲームが一番だと思うのだ。
 なんで、前世でこんなゲーム売れたのか理解に苦しむ。

 そして、そんな事を考える意識の奥から声が聞こえた。


「ルシアン!ルシアン!」
「ルシアン様!」

(ルシアン……ルシアン、うるせぇなぁ。ルシアン・ルーグは死んだんだよ!――――って、あれ?目が開くぞ……)

 目を開けると。そこにはルカとベネットがいた。そして自分の手も動いた。
 拳を握ったり……開いてみたりする。自由に動いた。

(あれ?俺……死んだよな?)

 あの状況からでは、流石にベネットの回復魔法だけでは間に合わないと思っている。
 そして俺は、ふと自分の腹部を見る。
 
 剣は抜かれて横に放り投げられていた。
 その剣は蒼く輝いている。そして、ベネットが俺に回復魔法をかけながら、得意気に言った。

「私の回復魔力。甘く見ないでくださいよね」

 ベネットはチラリと俺の剣を見る。
 やっと俺は理解した。
 彼女は最初ルカに回復魔法をかけていた。その時、ルカの肩に刺さったままだった俺の剣は。一緒に、その魔力を魔鉱石の中に吸収していたのだろう。

 俺は知らぬ間に、回復魔法が宿った剣で自分を刺していたのだ。それで、傷の内側から治癒能力が発揮したのだろう。

「マジか……俺。生きてんのかよ。あそこは、普通、空気読んでカッコよく散って。涙のサヨナラ展開だっただろうが」
「バカ!ふざけた事言わないでよ!」
「本当ですよ!死んだら怒りますからね」

 どうやら、俺は色んな偶然が重なり。奇跡的に命拾いしたようだ。
 ブライトは……というと。俺の身体から魔王のスコタディが離れるのを見たらしく「また逃げられたか……」と、普通にブツブツ言っていたらしい。

(いや。ってか、あんた!あの傷で生きてんのかよ!)

 っと、ツッコミたくもなる。
 彼は魔王軍のフリをしていたわけだが、肉体も本当は魔物だったのではないのか?と、思うほど非常識すぎるのだが。

 しかし。魔王に操られていたとはいえ、ブライトを斬ったのは俺だ。次回は俺も彼と一緒に、スコタディを封じるのを手伝わないとダメだろうか……なんて考えてしまう。
 その時に俺が何歳になってるかは保証しないが……

 程なくしてだ――――
 サラン王国から大量の飛空艇が飛んで来て。まだ迷宮に居残る魔王軍の残党は、レイバンの率いるサラン王国魔法士団が殲滅したようだった。
 こうして魔王討伐は、一応の区切りを付ける事になったのだ 
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