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偏狭の王国にて魔王と呼ばれる者は……
しおりを挟む――――ヴァンドルク王国南部、上空――――
飛空艇の激しいプロペラ音は、ドアを閉めきった船室内にも響くので、居心地はさほど良くない。
その音はドアが開けられた事で一層大きくなる。そんな中でも良く通るレイバンの声が、俺に島への到着を知らせた。
「直接、城の上に向かいますか?」
「いや。魔王軍を下手に刺激出来ないので、ここでお願いします」
「分かりました。もし、明日の夜になっても貴殿から何のアクションも無い時は……。サラン王国は武力行使に出ます」
少し考えて、俺はコクリと頷いた。
そしてベネットと二人で島の南部へと降りたのだ。
当初はベネットを置いていくつもりだったが、彼女自身が『一人でも行く』と、強情を張った為。仕方なく連れていく事にした。
今回ばかりは完全に無策だ。
だが、目的のルカだって。正直、生きている保証は無い。
もし、この状況をハッピーエンドに出来る勇者(主人公)がいるなら。今すぐ助けてほしいと願った。
だが、それは叶いそうにない。
(結局、あのゲーム。未だ、魔王討伐は成されてなかったし……さすがに攻略法が分かんねぇわ)
とりあえず俺達はヴァンドルク王国の地に降りたわけだ。
少し先には、島唯一の街である王都とヴィルゼフ・ヨハネ城が見える。
見送るレイバンに背を向けて、俺とベネットはヴァンドルクの城下町へと歩み出した。
そこは意外にも、ゼクルートやサランと変わらない雰囲気だった。とても魔王が支配している感じでは無く。いかにも普通の王様がいて、普通に国として機能しているかのように見えた。
「君達。この国の人ではないね」
「はい。私達、城に用事があって来ました」
「城?今、あそこには誰もいないぞ。昔は魔王様が住んでいたらしいがね」
「魔王……様ですかぁ」
複数人と言葉を交わしたが、この国の人が魔王を恐れている感じは無かった。寧ろ、当然の様に魔王=国王として扱っている所がある。
人々から特に情報は得られそうにない。
俺達は真っ直ぐに城へと向かった。
城の城門は固く閉ざされている。
目の前には二人の門番。他の国と大きく違うのは、門番が甲冑に剣を身に付けている事だ。
それはこの世界ではありえない光景で、ベネットが驚いているのが伝わってくる。
それよりも。誰もいない筈の城を、門番が守る事の意味。
それを問うよりも先に、門番は何も言わずにサッと道を開けた。次に、ゴゴゴっと音がして城門が開かれる。
(やっぱり、俺は大歓迎されてんだな)
城内に足を踏み入れるなり、俺の頭がズキンと疼いた。思わずこめかみを押さえる。
「ルシアン様?」
「いや……何でもない。行こう」
「それにしても、誰もいませんねぇ」
確かに誰もいない。
だが間違いなく罠の中へ足を踏み入れているのだ。
俺を始末したいならば、不意打ちした方が賢いと思うが。それをせずにわざわざ呼び出すのだから、嫌な予感しかしない。
「ベネット。お前、やっぱり引き返せ」
「どうしてですか?私は足手まといですか?」
ベネットは少し切ない顔を見せた。
「いや。そうじゃない」
「ですよね。今まで私、冒険に貢献してきたし。回復魔法はかなり重要ですもん。分かってます。
単純に、こんな可愛い女の子を死なせたくないって所でしょうけど……でも御断りします。
私だってルシアン様に守られ……じゃなくて。ルシアン様と戦いたいんです!」
本気で言ってるのか冗談なのか、相変わらず独特の持論を繰り広げるベネット。
だが、凝り固まっていた気持ちが、彼女の言葉で少し和んだ気がした。
「分かったよ。だが、俺はベネットに死んでほしくない。ヤバイと思ったら逃げろよ」
「私……結構、愛されてます?」
「いや、そういうわけでは」
そんな軽口を叩きながら、俺とベネットは誰もいない城内を歩いていた。何処に向かっているのか分からないまま。
俺は、ただ無意識に歩いていた。
「ルシアン様。ところで何処に向かってるんですか?」
「ん?分からんけど。なんとなくコッチかなぁ?って感じなんだよ。まぁ、適当だな」
自分でも分からないが、何故かこの場所に見覚えがある。
ゲームでもまだ作っていなかった城だが、頭の中に構想はあったのかもしれない……。
(この景色、何処かで見たんだよなぁ)
城なんて似たり寄ったりだとは思うが。何かを思い出しそうだった。
暫く歩くと、大きな扉があり。その前に誰かが立っている。急に緊張感が高まった。
少し小柄なその者は、顔立ちから男だと分かる。しかし突然、俺を見るなり男は頭を垂れた。
「お待ちしておりました、魔王様」
誰に言ってるのかと、俺は辺りをキョロキョロする。
ベネットは目を丸くして俺を見詰めていた。その反応を見て「俺の事か?」と、自分を指差したが。
ベネットは「分からない」といった風に、無言で首を横にブンブンと振った。
完全に二人とも状況が把握出来ていないのだ。
その小柄な男は、何も言わず大きな扉を開くと。奥へと歩いて行く。床には真っ直ぐに敷かれたレッドカーペット。その先には玉座がある。
つまりそこは玉座の間なのだろう。
それよりも、俺達の前を歩く男からは驚く程に足音がしない。と、いうより目の前にいるのに気配すら感じないのだから不気味だ。
やがて、男は玉座を軽く持ち上げ三十センチ程動かした。
奥の壁がガゴンっと両側にスライドするように開いていき、その先には下りの階段が現れる。
どうやら、玉座があった辺りの床が感圧式になっていたのだろう。退かした事で隠し通路が現れたようだ。
男は階段を下りて行く。
俺とベネットも黙って男の後についた。
中は湿っぽく。古い煉瓦で組まれた壁は迷路のようにアチコチに行き止まりを作っている。
だが、男は特に迷う事無くひたすら進んだ。やがて、再び扉が現れ、男がそれを開け放った。
かなり広大な空間なのは空気感で分かる。ただ、光が届かぬ程の闇だった。
少しずつ奥に歩いて行くと、薄暗い闇の奥に何かが立っている気配がする。そして獣のように、闇の中から不気味に赤く光る目だけが見えた。
次の瞬間。辺りが一気に明るくなった――――
俺達は完全に囲まれていた。
甲冑に身を纏った無数の兵士達に。
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