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少年の俺は魔法を放つ

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「久しぶりに帰ってきましたね。次は何処へ向かうのですか?」
「うん。一応、あの山の頂なんだけどな」

 俺は、カプリコ村から見える高い山を指差した。
 ベネットは直ぐに必要な事を理解したらしく、おじいさんに頼むという結論を出した。

「どうかしたの?」

 考え事をしながら歩いていた俺を、覗き込むように観察しながら尋ねてきたのはルカだった。
 彼女に『ベネットのイベント』なんて事を言った所で、前世の事を説明する事がまず叶わない。
 俺は、何でもないよ……と笑顔で返す。ルカは「ふーん」と、釈然としない感じの態度を見せた。

『おい、アレ見ろよ。アイツ剣ぶら下げてるぞ』
『本当だ。ダッセェな……どっかの冒険者か?』
『ブハハ。剣で冒険はムリだろーが』

 やはり目立つ剣をぶら下げて歩いていると、バカにするような視線を向けてくる者は多い。
 この世界で剣なんて役に立たないと思われているので、気にしてもしょうがない。
 今の俺は、そんな風に割り切れるようになっていた。

「ルシアン。気にしなくていいよ」
「あぁ。別に俺は気にしてなんかいないぞ。俺は自分の剣に自信……」

 ルカに話してる途中。
 俺の頭の中を、まるで強い電流が走った感覚があり。一瞬思考が止まった。何なのかは分からないが、気持ち悪い感覚だ。
 くしゃみが出そうで、出ない感覚というか。言いたかった事をド忘れしてしまった感覚に近いだろうか。

「どうしたの?」
「いや。一瞬何か思い出した事があったような気がしてな」
「何を?」
「うん。分からない」

 俺は昔から無能とバカにされていたし、魔力が無い事はコンプレックスだった。それが原因で、他人に負い目を感じていた時期も長くあった。
 そんな昔の悪い癖が出たのかもしれない。

(しかし何故、今更……?)

 正直、今はそこまで気にしていないつもりだ。
 心の何処かでは、まだ魔力が無い事へのコンプレックスが残っているのかもしれないが。
 この世界には魔力の無い者など、俺以外にはいないのだから無理もない話か。
 
「今日はもう遅いので、明日おじいさんの所に行きましょう。今日は、私が料理の腕をふるわせてもらいますね」

 こうして久しぶりに、ベネットの家で彼女の手料理を味わう事になった。彼女は俺と同じ平民職だが、本当に彼女は多才だと思う。
 回復に特化した水魔法は使えるし、平民特有の野菜栽培技術も高い。そして料理の腕前も一流。
 羨ましいかぎりだ。
 俺の場合、剣を取ったら何も残らないのだから。

 ベネットの手料理を食べて、明日の予定を話合い。それぞれは就寝する事になった。

 
 ――――――――――


 何処の街だろうか……知らない場所に俺は立っていた。
 何処かの国の王都なのだろう。遠くの方に城が見える。ルカもベネットもいない。
 よく見れば自分の姿は少年だ。
 そして突然、俺の頭に何かが当たった。

「おい!無能!早く何か芸でもしろよ」
「ヒョロヒョロの無能が!役立たずは芸すら出来ねーわな」
「もういいわ。腹減ったからパン買ってこいよ」

 俺の頭に当たったのは、投げつけられた石だった。
 どうやら三人の少年に虐められているようだ。

(パン買ってこいって……昔のヤンキーかよ。なんだこの状況?夢か?)

 とうとう夢の中でも苛められる自分。
 昔の事を思い起こしているのかと思った。しかし、その状況は昔の自分とは違った。
 俺を虐めてる奴らの腰には剣。
 剣なんてバカにされるだけの世界の筈だったが。何故か彼等は剣を装備しているのだ。

「お前らこそ剣使ってるじゃないか。魔法以外は無意味じゃなかったのかよ?」
「魔法?何言ってんだ、バーカ!魔法なんて生活を便利にする程度のモノだろうが。剣を使えなきゃ戦えないだろ」

 この夢はどうやら現実とはアベコベの様だった。
 つまりは剣を使える方が偉いようだ。ならば何故俺は虐められているのだろうか。

(仕方ねぇな。ギャフンと言わせてやるぜ)

 夢の中で俺は本物の剣術というモノを見せてやる事にした。
 しかし――――重い!
 腰の剣が重すぎて、構えただけで剣の重さにバランスを崩してしまう。全然扱えなかった。

「ガッハハハ!無能に剣なんか振り回せる筈ないだろ!だからお前は無能なんだよ!おとなしく魔法でも使っておけよ」

 そう言われて俺は何故か魔法を使ってみようと思った。
 もう何年も前に諦めて、試す事すらやめた魔法。使い方だけはいっちょまえに頭の中に残っている。
 そのイメージ通りに炎の魔法を放った。

「あっちぃ!何しやがんだ無能!コイツ!」

 俺の目の前で突如発生した炎は、少年の一人の腕を軽く燃やした。
 それに腹を立てた少年が、剣を俺に向かって振った。
 俺の頬に一筋の傷がついて血が流れる。

「無能のクセに生意気な!魔法なんて無駄なんだよ!」

 なんとも理不尽な話だ。魔法でも使えと言ったから使っただけだったのだが。もっとも自分でも使えるとは思っていなかったから、火傷させてしまったのは悪かったが。

 ゛そんなに無駄ならば、その魔法。われが喰らってやろう ゛

 突然俺の頭の中で声が響いた。
 その直後。
 俺の顔に傷をつけた少年が蒼い炎に包まれた。その炎はとても激しく燃え盛ったが、不思議と熱さは感じられなかった。
 少年は悲鳴をあげる事もなく消えた。
 その様子を見た他の少年達が怯えた顔で俺を見る。


 ――――――――――

 そして俺は夢から覚めた。
 身体は大量の寝汗をかいていて気持ち悪い。
 少年を焼き殺した夢は、決して後味のよいものではなかった。
 夢であっても、自分の身体を通る不思議な魔力の感覚と、罪悪感は。シッカリと現実の身体に残っていた。

(なんだったんだ、今の夢……)

 自分の身体を見ながら、俺は恐る恐る夢の中の様に炎の魔法を使うイメージを高めてみた。

 ――――それが発動する事は無い。

 魔法が使えない事に、俺は何故か心底ホッとした。
 そして心身共に限界まで疲労した俺は、いつの間にか意識を失う様に眠りについていた。
 
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