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若き職人はマウントを取りたがる

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 王都キネスモから北へ三キロ。
 そう遠い所ではない場所に岩山がある。とても登れるような山では無い。
 しかしその岩山の下に街があるのだ。
 村ではない。街だ。つまり、それは地下でありながらも、かなり規模が大きいという事を意味する。

「……で?これが入り口なのか?」
「そうです。心配しなくても狭いのは入り口から暫くだけです。奥に入って行くと十分立って歩けますよ」

 ベネットがそう説明するのは、勿論この【ドリル】という街の話だ。
 ここはドワーフが住んでいる。ドワーフは背が低い種族なので、これでも良いのだろうが。正直しゃがんで歩くのは辛いし、普通の人間なら這って行った方が早い。

「ルシアン。カーラの洞窟思い出すね。あの奥に続く道、こんな感じだったよね?」
「あぁ。そうだな……よし。またルカから行けよ」
「そうね。今度は中も明るいし」

 そう言ってルカは四つん這いになった。

「ダメです!」
「え!?ベネットちゃん、どうしたの?」
「そんな事したらルカ様のパンツが見えちゃいます!」

(ちっ!何してくれてんだよ)

 ルカが顔を真っ赤にする。俺は何事も無かったかのように、四つん這いになりサッサと入り口に入って行く。

「ちょっと待ちなさい、ルシアン。まさかカーラの洞窟でも私に先に行かせたのって……」
「考えすぎだ。あの時は緊急事態だった……お前の安全を最優先した結果に決まってるだろ。それに暗かったから見えねぇよ」
「そか。そうだよね。私、本当はあの時ルシアンが来てくれたの凄く嬉しかったよ。一人で不安だったし……」

 俺の後ろについて来ながら、ルカは滔々と当時の気持ちを語りだす。
 しかし、あの時は暗くても見えていたのだが。
 少し暗い方が寧ろチラリズムの興奮度が増す、とは口が裂けても言ってはいけない状況だと思った。
 しかし、ベネットが追い討ちをかける。

「今は別に急じゃありませんし、明るいのにルカ様を先に行かせようとしたじゃないですか」
「――――ねぇ。ルシアン?」
「な、何言ってんだよ。たまたまだろ」

 振り向くのが怖い。
 きっと今、俺の後ろに鬼がいるに違いない。俺はゴキブリのようにカサカサとルカ達を置いて素早く進む。
 すると直ぐに立ち上がれる場所に出た。
 背後から迫る恐怖から逃げるように素早く立ち上がると、その直後。小さな人とぶつかった。

「おっと。すまんね兄ちゃん」
「あ、すいません。ちょっと聞きたいのですが。この街で魔鉱石を加工してくれる人知りませんか?」

 小さな人は顔を見ると、かなり年老いたお爺さんって感じだ。その顔からドワーフである事は分かった。郷に入れば郷に従えである。
 ドリルの街は、大きくくり貫かれた地中に街があるとかではなく、多くの横穴、縦穴がアリの巣の様に拡がっている。
 いわば鉱山が街になったと思えばいい。
 それ故に、油断すればいつ迷ってもおかしくない街なのだ。がむしゃらに探し回っても仕方ない。

 ドワーフのお爺さんは少し考える仕草をして、やがて一人の職人を思い出したようだ。

「沢山いるぞ。だが、ワシが知っている中では、ヒッポリクだな。彼の工房は……」

 ヒッポリクの工房の場所は、先ず奥に真っ直ぐ行く。
 三番目の交差点を右。さらに突き当たりまで行って左に。
 その先の扉を三つ越えたら階段を降りて、右に進む。
 そこから六番目の交差点をまた右に曲がり、突き当たりの梯子を上る。上がった所の右から三番目の扉だそうだ。
 これは比較的近い場所だという。
 ナビでもないと移動出来る自信が無い。俺の話が終わるのを待ってたルカに話を振ってみる。

「ちょっと、ルシアン」
「よし。行くぞ、ルカ!ヒッポリクと言う人で。場所は奥に真っ直ぐ…………」

 矢継ぎ早にルカに場所を伝えると、彼女も頭を混乱させた。
 お陰で、さっきまでのパンツ事件はスッカリ忘れたようだ。
 ベネットは、辺りの壁の形で大体の場所を把握出来るとか言い出す。
 岩肌は一見どれも同じように見えても、全てが違うのだという。さすがは神秘マニアだ。見る所が違う。
 そんなベネットに道は任せるが吉だろう。そして無事に目的の場所に到着した。


「ん?誰だ?」
「ここで魔鉱山を加工してもらえると聞いて来ました」

 その者は若いドワーフ。年はまだ三十前半くらいか。紹介された以上、それなりに腕が立つのだろうから。お爺さんのイメージだったが見事くつがえされた。

「何を作るんだ?」
「実は剣を作って欲しくて」
「お前さぁ……普通、石の加工ったら宝石とかアクセサリーだと思わないのか?」

 まったくその通りだった。何故、石の加工で剣という発想が出たのだろうか。

「あ!そうか!剣は鍛冶屋ですね。誰か知りませんか?」
「知らねぇが、剣なら作れるよ。俺は天才だからな」
「は、はぁ。天才……ちなみに飾りじゃなく。本当に切れ味を求めてるのですが?」
「勿論だ……が、それは鉱石次第だな」

 一々、マウントをとってくる奴だ。
 どこの世界でも職人とは、そういうモノなのだろうか。
 俺は国王から頂いた魔鉱石を見せた。
 途端にヒッポリクは顔つきが変わった。

「ほう。これは何処で見付けた?」
「頂き物です。この国の王様からの」
「なんだと?面白れぇ。剣の形は?」
「これに収まるようにお願いしたいのです」

 俺は、今まで使ってた杖型の鞘を見せた。
 ルカが覗き込んで来る。

「ねぇ。まだ剣を隠すつもりなの?」
「違うよ。ただ普通に持ち歩いている時まで、目立ちたくはないだけだ」

 ヒッポリクは鞘を見て口元を緩めた。その表情には心の底から喜悦めいたモノが満ち溢れている。

「いいぜ!やってやるよ。三日くれよ。久しぶりに鍛冶道具用意しなきゃならねーしな」
「元々、鍛冶屋をやってたんですか?」
「昔はな。代々、王国の宝剣を作ってた家系でな。俺はその十八代目だ。まぁ、ここ何代も剣なんて作る事は無かったみたいだけどな」

 なんとまぁ、素晴らしいご都合展開。
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