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平民と平民の格差がエグい

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 ウェレルの街は賑やかだ。
 そして街の風景は美しい。前世で言うとヴェネツィアというイタリアの都市と似ている。水路が街中のあちこちに通っていて歩くより小船で移動する者も多い。
 と、言っても俺はヴェネツィアに行った事はない。

 そしてこの街が賑やかなのには理由がある。
 冒険者が多い。とにかく多い。
 それは、この街から水路を上がっていくと洞窟があり、その洞窟の奥が魔力の泉だからだ。なんというお手軽さ。

 だが、その洞窟に入ると別世界。
 【ウェレル大空洞】と呼ばれるその洞窟はカーラの滝の洞窟とは違い、出てくる魔物が雑魚ばかりとは言えないのだ。
 
「ふぇぇえ。随分明るいのね!」
「ここは魔法の結界が張ってあるのです。その結界自体が光を帯びているのだそうですよ」
「そうだな。だから奥に行くと結界も切れて魔物も普通に出るぞ。油断するなよルカ」
「ルシアン、何でそんな事知ってるの?」

(あうっ!ウッカリ普通に話しちまった)

 ルカの父親を説得した時はルカに席を外して貰っていた事もあり、大体の事は『昔行った事がある』で解決した。
 だが、ルカ本人は親に内緒で頻繁に俺に会いに来ていた。つまり旅に出ていたなんてのは通用しない。

「学院で先生が言ってたじゃないか」
「そう?私、勉強だけは自信あるんだけどなぁ」
「る、ルカが休んでた時だからな」
「私休んだ事あったっけ?」
「あ、あるじゃないか……」

 そういえばルカが休んだのを見たことない気がする。ルカの瞳は俺を探るように視線を外さない。
 と、ふとその目が柔らいだ。

「あ。一度だけ家の用事で途中で帰った時かな?」
「そうそう!そうだった。家の用事って言ってたよ」
「よく覚えてるね。意外と私の事見てるんだ……」

 それ以上ツッコまれる事は無かった。
 そんな俺達のやり取りを不思議そうに見詰めていたベネットだが、突然その表情は張り詰めたものに変わった。

「来ます!ガルラです!」

 いつの間にか結界エリアは終わっている。
 正面の薄暗い中をササッと移動する大きな物体。その目は光っている。
 数は二体――――
「ブギャーー!」と、変な鳴き声と共に飛び込んで来た一体をルカの風魔法が切り裂いた。
 ドサリと地面に落ちたが、直ぐに機敏に立ち上がる魔物の姿はにしか見えない。

 まぁ大きさ的にはトラと言うべきだが。
 次の瞬間、俺の肩に激痛が走った。
 
「ルシアン!」
「くそっ!薄暗くて動きがわからねぇ!」

 かなり深くやられた。
 奴らの武器は爪。まさにネコのように爪で引っ掻いてくるのだが、その爪の切れ味は鋭い。ナイフ……いや。それ以上。
 木製の防具くらいなら簡単に引き裂くので、チェーンソーと例えても大袈裟ではない。
 
「か、回復します!」

 俺は驚いた。
 ベネットの回復魔法の凄さに。
 水属性の回復魔法は、その雫に回復効果がある。俺の肩の上にかざされたベネットの手から垂れ落ちる光る液体は、一瞬で俺の痛みを消し去った。
 傷が治ったわけではない。だが真っ先に鎮痛効果が出るのは、中級の回復魔法からだと聞いた事がある。

(なるほど。だから回復が終わる前に、治ったと勘違いして敵に突撃してく奴が多かったんだろうな)

 俺は自分の傷が深い事を瞬時に悟った。
 小さい頃、森で魔物に襲われ死にかけた経験があったからだ。ゲームみたいに数値は出ないが、肉体の限界は把握している。
 今、もう一度食らったら出血多量で倒れるだろう。

 俺は歯痒くとも今はベネットの回復に身を委ねた。その間もルカは魔法を駆使して戦っているのだ。


「よし!行くぞ!」

 ある程度傷が塞がった所で俺が戦闘に復帰する。途端に空洞に光が溢れた。
 ベネットが水魔法で発生させた小さな水滴達が空気中に漂い、洞窟内の僅かな光を反射、増幅させて辺りを明るくしているのだ。

(ガルラがハッキリ見える!ベネットってかなり優秀な魔法使いじゃないか!同じ平民なのに格差ありすぎじゃね?)

 俺は、優秀な平民のおかげでハッキリと視界に映るガルラという名のネコに一瞬で近付くと、腰の仕込み杖を抜剣しながら叫ぶ。

「ウィンドカッター!」

 そしてガルラの首が胴体と分離した。
 同時にルカの方も、もう一体を仕留めたらしく。ボロ雑巾のようになったガルラの死体が地面に倒れていた。
 それから間も無くして、空気中の水滴は地面に落ち。洞窟は元の薄暗さへと戻る。

「驚きました!お二人はとても強いですね!」
「驚いたのは俺だよ、ベネット。君の回復魔法は凄いよ。それに他の魔法の使い方も」
「いいえ。私の魔法なんて全然ダメなんです!だから、みんな次々死んでしまうんです!」

 ベネットは悔しそうに自分のてのひらを見つめた。
 彼女は自分の回復魔法の特性に気付いていないようだ。

「大丈夫よ。ベネットちゃん!ほら、ルシアンの肩見て。ちゃんと血が止まってるじゃない」
「え?……うん。きっとルシアン様は浸透魔力が高いのですね」

 浸透魔力とは魔力に比例していて、補助魔法や回復魔法を受けた時の効果が高くなる事を表す言葉だが。
 魔力の無い俺には当然、浸透魔力もない。
 彼女に己の回復魔法の特性について伝えるのは後にして、とりあえず先を急ぐ事にした。

 ――――二十分後。

「一体何匹いるの!?」
「わからない。既に十以上は倒してるよなぁ」
「おかしいですね。今までこんなにガルラが出た事はないのですが……」

 まぁ時の運だけはどうしようもない事だ。ここまで進めているのだから問題は無いし、もう少しで泉に到着するはずだ。

「うわぁぁ!」
「ロイがやられた!早く回復だ!」
「ま、まってくれ!」

 意外と近くから切迫した声が聞こえて来て全員が顔を見合わせた。誰かが襲われているのだろう。俺達は声目掛けて洞窟の奥にと走った。

 そこには美しく水面を輝かせる泉。
 泉を前にして尻餅をつく冒険者達。
 そして、その冒険者達を威嚇する大きなが泉の中から出て来て鎌首をもたげていた。
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