やる気が出る3つの DADA

Jack Seisex

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~宣言解除後の日常(39)~

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「まじかよ」
 倉橋が呟いた。
 倉橋は、夢遊病者のように、【立哨】姿勢を解き、ズボンを下ろして後ろを向いた。そして、そのまま、ゆっくりと老人が置いた【小便器】に向かって、近づいて行った。倉橋は(もうどうなってもいい)と思っていた。
 ――この、う●この問題さえ、解決できれば、後は何もいらない。

 すると、
「おい、どうしたんだっ」
 警備員の男が言った。
 男は、【立哨】姿勢から【回れ右】をして、【かけ足】で倉橋のところまでやってきた。この男は、一々、警備員風の動きがわざとらしい。
「待て、待て」
 男は、小便器から倉橋を引き離すと、車内の隅っこにまで引っ張っていった。
「正気か?」
「正気?」
「そうだ。お前、今、尻を出しているんだぞ。ハンケツの状態だ」
「え」
 倉橋が答えた。
 倉橋は、ズボンを上げて、先ほどの【立哨】位置に戻った。
(危ない、危ない)
 ――半ば無意識の状態のまま、車内で本当に、う●こをするところだった。

「驚かすなよ」 
 警備員の男が笑っている。
 男が楽しそうに笑ったのは、これが初めてかもしれない。
「すみませんでした」
「すみませんじゃ、すまないことだって世の中にはある。ここは、VRゲームの世界じゃないんだから。常識的な行動をしたほうがいい」
 男が諭してくる。
 考えてみれば、男が真っ当なアドバイスをしてきたのも初めてだった。
「それもそうだ」
 倉橋が、ズボンを元の位置までずり上げた。
 こうして倉橋は、かなり【危険な状態】から脱出できたのだった。  
「分かればいいんだ」
 男がささやいてくる。

 M・デュシャン似の外国人の老人は、先ほどの【小便器】を、元の段ボールの中にしまっている。小便器は、デュシャンの【泉】のレプリカのようだ。老人はアート愛好家で、たまたま、ギャラリーで購入したばかりの作品を車内で見たかっただけらしい。
(ここでは、普通の人が普通に生きている――つまり、ごく平凡で日常的な世界なのだ。個人の勝手な判断で、無理にシュールでアブノーマルで、エキセントリックな世界に変えてはいけない)  
 倉橋は反省した。

 その時、
「ガスマスクの少女が、悲しむだろ。お前が、そんなことしてるの知ったら」
 男が言った。
 男は、前を向いたまま【立哨】していて、微動だにしない。
「ガスマスクの少女?」
 倉橋が聞く。
「そうだ」
「おい。なんで、あんた【あの少女】のこと知ってるんだよ。あんた何者なんだ――」
 倉橋が問い詰める。
 今度こそ、正体を暴いてやる。倉橋は【摺り足】を使って、男にジリジリと近づいていった。

 次の瞬間、
「よし。着いたぞっ」
 男が叫んだ。
 男は、軍隊式の【行進】をして、車外に出て行こうとしている。どこか、逃げ腰なのは【見え見え】である。
「着いたって?」
 倉橋が呟く。
 どうやら、目的地に着いたらしい。倉橋が警備員として、暫く、仕事をする場所である。やむを得ない。男の正体を暴こうとした倉橋の追及も、一旦、お預けということになるだろう。
 すぐに、
「ここは、どこですか?!」
 倉橋は怒鳴った。
 男は、どんどん一人で、歩いていこうとしている。未知の地で、取り残されてはたまらない。だが、ホームの案内板で、新たな勤務地の場所の【名前】が判明した。

【羽田空港・第2ターミナル】
 案内板には、こう記されていた。 
 
――どうやら、倉橋は、羽田空港の警備員をやることになったようだ。
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