343 / 1,429
~宣言解除後の日常(39)~
しおりを挟む
「まじかよ」
倉橋が呟いた。
倉橋は、夢遊病者のように、【立哨】姿勢を解き、ズボンを下ろして後ろを向いた。そして、そのまま、ゆっくりと老人が置いた【小便器】に向かって、近づいて行った。倉橋は(もうどうなってもいい)と思っていた。
――この、う●この問題さえ、解決できれば、後は何もいらない。
すると、
「おい、どうしたんだっ」
警備員の男が言った。
男は、【立哨】姿勢から【回れ右】をして、【かけ足】で倉橋のところまでやってきた。この男は、一々、警備員風の動きがわざとらしい。
「待て、待て」
男は、小便器から倉橋を引き離すと、車内の隅っこにまで引っ張っていった。
「正気か?」
「正気?」
「そうだ。お前、今、尻を出しているんだぞ。ハンケツの状態だ」
「え」
倉橋が答えた。
倉橋は、ズボンを上げて、先ほどの【立哨】位置に戻った。
(危ない、危ない)
――半ば無意識の状態のまま、車内で本当に、う●こをするところだった。
「驚かすなよ」
警備員の男が笑っている。
男が楽しそうに笑ったのは、これが初めてかもしれない。
「すみませんでした」
「すみませんじゃ、すまないことだって世の中にはある。ここは、VRゲームの世界じゃないんだから。常識的な行動をしたほうがいい」
男が諭してくる。
考えてみれば、男が真っ当なアドバイスをしてきたのも初めてだった。
「それもそうだ」
倉橋が、ズボンを元の位置までずり上げた。
こうして倉橋は、かなり【危険な状態】から脱出できたのだった。
「分かればいいんだ」
男がささやいてくる。
M・デュシャン似の外国人の老人は、先ほどの【小便器】を、元の段ボールの中にしまっている。小便器は、デュシャンの【泉】のレプリカのようだ。老人はアート愛好家で、たまたま、ギャラリーで購入したばかりの作品を車内で見たかっただけらしい。
(ここでは、普通の人が普通に生きている――つまり、ごく平凡で日常的な世界なのだ。個人の勝手な判断で、無理にシュールでアブノーマルで、エキセントリックな世界に変えてはいけない)
倉橋は反省した。
その時、
「ガスマスクの少女が、悲しむだろ。お前が、そんなことしてるの知ったら」
男が言った。
男は、前を向いたまま【立哨】していて、微動だにしない。
「ガスマスクの少女?」
倉橋が聞く。
「そうだ」
「おい。なんで、あんた【あの少女】のこと知ってるんだよ。あんた何者なんだ――」
倉橋が問い詰める。
今度こそ、正体を暴いてやる。倉橋は【摺り足】を使って、男にジリジリと近づいていった。
次の瞬間、
「よし。着いたぞっ」
男が叫んだ。
男は、軍隊式の【行進】をして、車外に出て行こうとしている。どこか、逃げ腰なのは【見え見え】である。
「着いたって?」
倉橋が呟く。
どうやら、目的地に着いたらしい。倉橋が警備員として、暫く、仕事をする場所である。やむを得ない。男の正体を暴こうとした倉橋の追及も、一旦、お預けということになるだろう。
すぐに、
「ここは、どこですか?!」
倉橋は怒鳴った。
男は、どんどん一人で、歩いていこうとしている。未知の地で、取り残されてはたまらない。だが、ホームの案内板で、新たな勤務地の場所の【名前】が判明した。
【羽田空港・第2ターミナル】
案内板には、こう記されていた。
――どうやら、倉橋は、羽田空港の警備員をやることになったようだ。
倉橋が呟いた。
倉橋は、夢遊病者のように、【立哨】姿勢を解き、ズボンを下ろして後ろを向いた。そして、そのまま、ゆっくりと老人が置いた【小便器】に向かって、近づいて行った。倉橋は(もうどうなってもいい)と思っていた。
――この、う●この問題さえ、解決できれば、後は何もいらない。
すると、
「おい、どうしたんだっ」
警備員の男が言った。
男は、【立哨】姿勢から【回れ右】をして、【かけ足】で倉橋のところまでやってきた。この男は、一々、警備員風の動きがわざとらしい。
「待て、待て」
男は、小便器から倉橋を引き離すと、車内の隅っこにまで引っ張っていった。
「正気か?」
「正気?」
「そうだ。お前、今、尻を出しているんだぞ。ハンケツの状態だ」
「え」
倉橋が答えた。
倉橋は、ズボンを上げて、先ほどの【立哨】位置に戻った。
(危ない、危ない)
――半ば無意識の状態のまま、車内で本当に、う●こをするところだった。
「驚かすなよ」
警備員の男が笑っている。
男が楽しそうに笑ったのは、これが初めてかもしれない。
「すみませんでした」
「すみませんじゃ、すまないことだって世の中にはある。ここは、VRゲームの世界じゃないんだから。常識的な行動をしたほうがいい」
男が諭してくる。
考えてみれば、男が真っ当なアドバイスをしてきたのも初めてだった。
「それもそうだ」
倉橋が、ズボンを元の位置までずり上げた。
こうして倉橋は、かなり【危険な状態】から脱出できたのだった。
「分かればいいんだ」
男がささやいてくる。
M・デュシャン似の外国人の老人は、先ほどの【小便器】を、元の段ボールの中にしまっている。小便器は、デュシャンの【泉】のレプリカのようだ。老人はアート愛好家で、たまたま、ギャラリーで購入したばかりの作品を車内で見たかっただけらしい。
(ここでは、普通の人が普通に生きている――つまり、ごく平凡で日常的な世界なのだ。個人の勝手な判断で、無理にシュールでアブノーマルで、エキセントリックな世界に変えてはいけない)
倉橋は反省した。
その時、
「ガスマスクの少女が、悲しむだろ。お前が、そんなことしてるの知ったら」
男が言った。
男は、前を向いたまま【立哨】していて、微動だにしない。
「ガスマスクの少女?」
倉橋が聞く。
「そうだ」
「おい。なんで、あんた【あの少女】のこと知ってるんだよ。あんた何者なんだ――」
倉橋が問い詰める。
今度こそ、正体を暴いてやる。倉橋は【摺り足】を使って、男にジリジリと近づいていった。
次の瞬間、
「よし。着いたぞっ」
男が叫んだ。
男は、軍隊式の【行進】をして、車外に出て行こうとしている。どこか、逃げ腰なのは【見え見え】である。
「着いたって?」
倉橋が呟く。
どうやら、目的地に着いたらしい。倉橋が警備員として、暫く、仕事をする場所である。やむを得ない。男の正体を暴こうとした倉橋の追及も、一旦、お預けということになるだろう。
すぐに、
「ここは、どこですか?!」
倉橋は怒鳴った。
男は、どんどん一人で、歩いていこうとしている。未知の地で、取り残されてはたまらない。だが、ホームの案内板で、新たな勤務地の場所の【名前】が判明した。
【羽田空港・第2ターミナル】
案内板には、こう記されていた。
――どうやら、倉橋は、羽田空港の警備員をやることになったようだ。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
法術装甲隊ダグフェロン 永遠に続く世紀末の国で 野球と海と『革命家』
橋本 直
SF
その文明は出会うべきではなかった
その人との出会いは歓迎すべきものではなかった
これは悲しい『出会い』の物語
『特殊な部隊』と出会うことで青年にはある『宿命』がせおわされることになる
法術装甲隊ダグフェロン 第二部
遼州人の青年『神前誠(しんぜんまこと)』が発動した『干渉空間』と『光の剣(つるぎ)により貴族主義者のクーデターを未然に防止することが出来た『近藤事件』が終わってから1か月がたった。
宇宙は誠をはじめとする『法術師』の存在を公表することで混乱に陥っていたが、誠の所属する司法局実働部隊、通称『特殊な部隊』は相変わらずおバカな生活を送っていた。
そんな『特殊な部隊』の運用艦『ふさ』艦長アメリア・クラウゼ中佐と誠の所属するシュツルム・パンツァーパイロット部隊『機動部隊第一小隊』のパイロットでサイボーグの西園寺かなめは『特殊な部隊』の野球部の夏合宿を企画した。
どうせろくな事が怒らないと思いながら仕事をさぼって参加する誠。
そこではかなめがいかに自分とはかけ離れたお嬢様で、貴族主義の国『甲武国』がどれほど自分の暮らす永遠に続く20世紀末の東和共和国と違うのかを誠は知ることになった。
しかし、彼を待っていたのは『法術』を持つ遼州人を地球人から解放しようとする『革命家』の襲撃だった。
この事件をきっかけに誠の身辺警護の必要性から誠の警護にアメリア、かなめ、そして無表情な人造人間『ラスト・バタリオン』の第一小隊小隊長カウラ・ベルガー大尉がつくことになる。
これにより誠の暮らす『男子下士官寮』は有名無実化することになった。
そんなおバカな連中を『駄目人間』嵯峨惟基特務大佐と機動部隊隊長クバルカ・ラン中佐は生暖かい目で見守っていた。
そんな『特殊な部隊』の意図とは関係なく着々と『力ある者の支配する宇宙』の実現を目指す『廃帝ハド』の野望はゆっくりと動き出しつつあった。
SFお仕事ギャグロマン小説。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
基本中の基本
黒はんぺん
SF
ここは未来のテーマパーク。ギリシャ神話 を模した世界で、冒険やチャンバラを楽し めます。観光客でもある勇者は暴風雨のな か、アンドロメダ姫を救出に向かいます。
もちろんこの暴風雨も機械じかけのトリッ クなんだけど、だからといって楽じゃない ですよ。………………というお話を語るよう要請さ れ、あたしは召喚されました。あたしは違 うお話の作中人物なんですが、なんであた しが指名されたんですかね。
おっさん、ドローン回収屋をはじめる
ノドカ
SF
会社を追い出された「おっさん」が再起をかけてドローン回収業を始めます。社員は自分だけ。仕事のパートナーをVR空間から探していざドローン回収へ。ちょっと先の未来、世代間のギャップに翻弄されながらおっさんは今日もドローンを回収していきます。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
【新作】読切超短編集 1分で読める!!!
Grisly
現代文学
⭐︎登録お願いします。
1分で読める!読切超短編小説
新作短編小説は全てこちらに投稿。
⭐︎登録忘れずに!コメントお待ちしております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる