グリムファクト

秋原海里

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序章-1

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 グリムファクト、というゲームがある。ファンタジーワールドで、危険な魔道書グリモワール魔法具アーティファクトを回収する組織「グリムファクト」に所属することになった新人魔法使いリヒトが、仲間である攻略対象たちと任務をこなしながら、恋物語を繰り広げる、というBLゲームだ。
 主人公のリヒト・ヴァイツゼッカーは、光の加護を受ける魔法使い。その才能を見込まれ、若いながらグリムファクトにスカウトされた。
 グリムファクトには、地水風火の加護を受ける四人の青年がいて、彼らと共に任務をこなしつつ、仲を深めていく。そして最後には、そのうちの一人を結ばれるのだ。

 私、飯田蒼依はこのゲームを全クリアしたばかりでした。余韻に浸りつつ、明日からはお気に入りのルートを再読しようとか考えながら、布団に潜ったところまでは覚えています。
 そして気がついたら、そう。「グリムファクト」に登場するサポートキャラクター、マリウスになっていたんです!
 正確には、今までずっとマリウスとして生活していたところに、突然前世の記憶を思い出した、と言ったところですかね。
 何でこんなことになってるんだか分かりませんが、私にとって幸いなのは、転生したのがマリウスだってことです。
 私は腐男子ですが、自分で妄想できるタイプではないのです。何より、きらびやかで美形な攻略対象たちを差し置いて私のような地味な男がリヒトといちゃいちゃするわけにはいきません!
 マリウスはサポートキャラなので、リヒトの攻略対象には入っていません。それどころか、リヒトと攻略対象の仲を思う存分手助けできるわけです! 一応全クリアした身として、リヒトが誰を相手に選んだとしても、完璧な手助けをお約束して見せましょう。

 さて、どうして急に私が前世を思い出したのか気になったのですが。そういえば昨日、上司から新人が来ると言うような話を聞きました。どうやら光属性の優秀な魔法使いとのこと。これはもう、確実にリヒトが来るって事ですよね。私にサポートをしろというわけですよね!
 というわけでいつもよりもかなりハイテンションで出勤しました。
 恐らく今日はゲームで言う序章なんでしょう。
 ゲーム序章、リヒトは初出勤日。職場にて上司とマリウスに挨拶をする。攻略対象たちは全員仕事で不在。
 まずは職場で作業を……と話していたところに緊急連絡が届き、急遽リヒトとマリウスが調査にかり出される、と言った流れでした。
 恐らくチュートリアルといった位置づけなのでしょうが、普通は攻略対象の誰かを連れてくるだろう、と話題になったのを覚えています。なにせマリウスはパッケージイラストにもいないのですから、初見だと誰だこいつってなりますよ。私もなりました。
 が、今となってはありがたい限り。攻略対象に嫉妬されない程度に仲良くなって、彼らと上手くやっていけるようリヒトにアドバイスしないといけません。
 何せ攻略対象は一癖ある人ばかり。そうでなくては面白くないし、人なつこいリヒトなら大丈夫だろうとも思いますが、苦労は少ない方がいいですからね。
 時刻は午前十時。ゲームでは九時頃、主人公が目覚めるところから始まりました。朝の支度や移動時間を鑑みると、じきに到着する頃合いです。き、緊張してきました。顔がにやけないよう、引き締めておかないと……。
 ちりん、と来訪者を告げる鈴が鳴りました。とうとう、来たようです。
「お、ようやく来たみたいだな」
 上司、ベルント・ハールトークさんが言いました。久しぶりの新人、しかも光の加護持ちとくれば、破天荒な上司も期待しないわけにはいかないようですね。
「迎えに行ってきますね」
「ああ、頼んだ」
 二階から一階へ下りて、玄関の扉を開ける。
 そこにいたのは、よく手入れされた柔らかい金色の髪と、同じ色の目――光の加護を受ける証である、金の髪と目を持つ少年でした。
 やや幼く、可愛らしい顔立ち。知らない場所と知らない人に、少しの不安とたくさんの期待を乗せて輝く目。着慣れない様子の魔法使いの長いローブ。
「あ、あの……俺、リヒト・ヴァイツゼッカーといいます。今日から、ここで働くことになりました。よろしくお願いします!」
 ずっと、画面の向こうにいた私の推しが、生きて、目の前に現れた瞬間でした。
 思わず見とれてしまいそうになるのを必死に押さえて、リヒトを二階に案内するのが精一杯。自己紹介どころか、笑いかけることもできませんでした。だって、にやけてしまいそうで……!
 難しい顔をしている私に、リヒトは不安そうにしていたのが心残りです。ごめんなさい、あなたが嫌いなわけではないんですよ。むしろ逆なんです。

「よう、新人。俺はベルント・ハールトーク。王室直属魔法局グリムファクトの、まあ局長みたいなもんだ。お前の上司に当たる」
「は、はい。よろしくお願いします。本日よりグリムファクトに配属されました。リヒト・ヴァイツゼッカーといいます」
 さすがのリヒトも、ベルントさんを前にかなり緊張した様子です。大丈夫ですよ、その人見た目は怖いですけど、性格も破天荒なところありますけど、そんなに怖くないですからね。
「光の加護持ちがうちに来てくれて助かった。働きを期待している。ちなみに、お前を案内したのはマリウス・シャイベだ。確か同い年だったな?」
「はい。十七歳ですね」
「え、そうなんだ!? ……そうなんですか?」
「はい。……その、難しいなら無理に敬語を使う必要はありませんよ」
「え、でも……」
「うちは実力主義だし、単独行動も多いからな。あまり上下関係を気にする必要はない。まあ、やりやすいようにやればいいさ」
「そ、そうなんですね。えっと、じゃあ……よろしく、マリウス!」
「ええ。よろしくお願いします」
 花開くような笑顔の可愛さに崩れなかった私を褒めてください。顔がにやけないよう力を入れていたので、ものすごい真顔になってしまいました。これではまた怖がらせてしまうでしょうか。
「とりあえず今日のところは、リヒトはマリウスについててくれ。マリウス、事務作業を教えてやってくれ」
「はい! えーと、じゃあマリウス、お願いします」
「分かりました。それではリヒトさん、まずはこちらに……」
 と、リヒトを事務仕事をする部屋に案内しようとしたとき。
 電話のベルが鳴り響きました。
 そう。ゲームの通り、緊急の仕事が入ったのです。ここから、リヒトの物語が始まります。

 彼は誰を選ぶのでしょうか。私は、リヒトとその恋人が、仲良くしているのを、一番近くで眺めていたい。
 そのためにも。私は精一杯、リヒトの手助けをしなければ。サポートキャラの名に恥じないためにも!
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