Girls×Basket〇

遠野そと

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第1章4 総体県予選

44. 杏、狙われる

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 点差を広げることも縮められることもなく試合は進む。
 
 恐れていた事態が起きたのは、残り五分に差しかかった頃だった。

 ピッ

「赤五番、プッシング」

 オフェンス時に杏がファウルを吹かれた。
 これで四回目。あと一回ファウルで退場だ。

 御崎高校、後半一回目のタイムアウトをここで取った。
 タイムアウトは前半二回、後半三回取ることができる。前半分を後半に持ち越すことはできない。今のは後半一回目なのであと二回残している。

 試合終了までそう長くないので岩平は杏を下げなかった。いや、下げられなかった。

「気負い過ぎずにね」

 もなかが杏に声をかけた。

「うん。でももなか、あんたも三つやってんだからね」
「わかってる。絶対勝とう」

 昨年の四月、御崎高校のバスケ部に入部した一年は杏ともなかの二人だけだった。
 他の学年は二年に一人と三年に二人。最後に大会に出たのは約一年前の総体予選で当時の三年が引退してから初の試合なのだと、上級生たちは試合に出られるメンバーが揃って喜んだ。

 三年が引退すると自分たちが入学する前の先輩たちと同じ状況になった。
 大会には出られない。練習試合も組めない。可能になるとすれば新入生が入学してくる一年後。ただし部員が集まる保証はない。

 杏はモチベーションが保てなかった。
 続ける意味あるのかな。疑問を抱きながら体育館に足を運ぶ日が続いた。

 一方で、当時二年の舞は来る日も来る日もひたむきに自分の武器を研ぎ続けていた。力を試す場がないかもしれない、それなのに舞は練習の日々が時間が無意味になることを恐れていないような表情で微笑むのだ。

 そんな彼女を見ているうち杏の心境に変化が表れた。舞と一緒に部活をしたい気持ち、試合に出たい気持ちが強くなっていった。

 公式戦でがつがつ点を取る舞の姿はチームとしてだけでなく個人的にも嬉しくて胸にくるものがあった。

 舞がいたから余計なことを考えずにバスケを続けられた。
 大好きな先輩とまだまだバスケをしていたい。
 そのためには勝つしかない。勝って勝って勝ち進んで冬の予選の切符を手に入れる。そうすれば同じチームで冬まで一緒にバスケができる。

 でもまずは目の前の試合。絶対勝って次に繋げる。

 タイムアウト明け。川貴志のスローインで試合再開。
 四番の選手がドリブルで中へ切れこんだ。その先には杏が。

「ノーファウル!」

 杏と四番が軽く接触した。
 ピッ、と笛が鳴った。シュートが決まった。

「……」

 杏は両手を上げ動きを止めていた。
 審判を見やる。
 審判は続行を促す。先ほどの笛はタイミングよく隣のコートで吹かれたものだった。
 
「びびったー」

 ひやりとさせられた。
 杏は九死に一生を得たというようにオフェンスに切り替えた。しかしファウルの累積が減ったわけではない。追い詰められた状況はなおも続いている。

 その後も川貴志はドライブ中心にオフェンスを組み立ててきた。狙いは杏だ。無理ができない状況をついてくる。相手からすればファウルアウトしてくれればそれ以上のことはなし。ファウルを引き出せなくてもディフェンスが控えめになるなら得点に繋がりやすくなるので執拗に攻めてくる。

「ふんっ!」

 ドライブからパワープレーに転じた八番のシュートを杏がはたき落とした。ボールはラインを割って飛んでいく。

「だあっしゃー! あたしは4ファウルでも委縮しない。むしろパフォーマンスを上げる女!」
「だそうだけどどうする」

 七番が四番に判断を仰ぐ。

「作戦に変更はないわ。もっと強気にいきなさい」

 川貴志ボールで試合再開。

 常に退場と隣合わせながら奮闘していた杏を一陣の風がかすめていった。
 蝋燭の火をふっと吹き消すようだった。
 無情な笛の音が館内に響く。

「ブロッキング!」

 審判がオフィシャル席へ向かう。

「ファウル、赤五番。ブロッキング」

 赤字で『5』と表記された旗が出された。5ファウル。退場だ。杏はもうこの試合には出られない。
 御崎は後半二回目のタイムアウトを取った。

「あああー」杏は頭を抱える。「ほんとごめん」

 岩平が杏の肩を叩く。

「四つ目やったときから覚悟してたから想定内だよ。むしろよくここまで粘った」
「あぁー……。さっこ。あとは頼んだよ」

 早琴はあらぬ方向を見つめ固まっていた。

「さっこ?」
「は、はははははい」
「早琴さん一旦落ち着きましょう」
「どうしよおおお環奈ちゃん。練習試合の接戦とはわけがうわあああああ」

 環奈が早琴の肩を掴んでぶんぶん揺らす。

「落ち着いてくださいっ」
「落ち着くから止めて」
「深呼吸しましょう。まず吐いて、それから吸ってください」
「吐いてから吸えばいいんだね」
「次は軽くジャンプしましょう。副交感神経がなんたらで緊張をほぐせます」

 早琴は小刻みにジャンプする。

「落ち着いてきた気がする」
「よしそのまま体動かしとけ。まだリードはある。大丈夫だ」
 
 残り二分五十四秒。リードは六点。
 岩平が選手たちを見回す。

「いいか。時間的にもちょうどいい。明らかなチャンスなら早攻めでもいいけどここからはできるだけ時間使って攻めるぞ」

 
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