43 / 51
第1章4 総体県予選
43. 強気の姿勢
しおりを挟む68-60
御崎八点リードで最終クォーターを迎える。
このままいけば勝てる。そんな考えが浮かんでくるほどに順調そのものだった。
「杏先輩ともなか先輩。それからつかささんもファウル三つです。気をつけてください」
環奈がスコアに目を落としながら他のメンバーのファウル累積数も読み上げる。
個人ファウルが五つ溜まるとファウルアウト。退場となる。
件の三人の誰か一人でも退場はもちろんのこと、あと一回ファウルを取られ、リーチになってしまった場合もプレーが消極的になりかねない。ベンチの層が薄い御崎にはどちらにせよかなりの痛手である。
味方のファウル数も気になるが遥にはもう一つ心配事があった。後半からマークチェンジしてきた、れのについてだ。
前のクォーターで川貴志に勢いづかれそうになった要因のほとんどが遥のミスからだった。そしてそのほとんどのチャンスメイクをしていたのがれのであった。
「リードしてると言ってもたった八点だからな。残り時間は十分もある。リードなんてないと思えよ。最後まで気抜くな」
はい、と遥は返事をした。
「おし、いくぞっ」
第四クォーター。
最後の十分が始まる。
川貴志のスローイン。
「オッケー、ナイシュ」
開始早々、川貴志のシュートが決まり六点差とされた。
杏がスローインを出し、遥がボールを運ぶ。マークは変わらずれのだ。しかも高い位置で待ち構えている。センタ―ラインより先への侵入は許さんとするような見えない圧力。怖い。タイトに当たってくるようなら無理は禁物だ。
遥はドリブルで敵陣を目指すと、れのがさらに一歩踏み出した。
至近距離までくると怖さは一層増した。
「また逃げる?」
「おっけーおっけー落ち着いていこう」
遥とれのの間に杏が入ってきた。れのを遥に近づけさせないようスクリーン的役割をしながら進んでくれる。
頼もしい背中だ。普通なら安心できる状況だが気を緩めない。
するとれのはするりと杏をかわして遥をぴったりとマークしてきた。
やっぱり。油断しなくてよかった。
遥は抜こうとするではなくボールを守りながら、れのを押し込むように斜めに進む。杏にパスをさばこうとした瞬間、れのがプレッシャーを強めた。遥はあっけなくボールの制御を失ってしまう。
初めての練習試合で痛感したこと。今のボールハンドリングとキープ力では高校の強いチーム相手には満足に視野の確保ができない。ボールを取られないようにするので一杯一杯になっているようではPGは務まらない。
だからその後の自主練習では浮き彫りになった個人の課題を重点的に強化してきた。その成果は確実に表れていた。
しかし。まだまだその程度の技術向上では、れの相手には初練習試合以上に危険だった。
弱々しくボールが転がる。スティールされそうになるも遥はなんとか手に当て、つかさに転がすことで事なきを得た。
シュートを決めたつかさが戻りぎわ、耳打ちをしてきた。
「ボール運ぶの難しい?」
「うん。ごめんね」
「じゃあ遥は先に上がって。次からは私が運ぶから」
「わかった」
「でも今の遥は弱気になってる。それだけは自分でどうにかしないとだめよ」
中学時代を思い出した。
「弱気になったら実力の半分も出せないと思ったほうがいい」
千里も同じことを言っていた。
「強気で攻めるには虚勢でもなんでもいい。自分を鼓舞し、相手の実力が上とわかっていようが自分を騙すくらいでないとね」
そうだ。
今は実力差以上に不利な状況を自分で引きずっている。
大丈夫。怖いけど怖くない。このままじゃできることもできなくなる。
試合時間残り六分。
れのを前にしても遥は怯まない。
選手が動く流れから、いいパスが通せそうな予感があった。
戦術でもなければ誰一人の意図もなし。偶然が重なって生まれるチャンスはいつも突然やってくる。
トップの位置でパスを受けた遥はそのチャンスを逃さない。
俯瞰しているようにコート上の選手の位置がしっかりと把握できていた。そして選手それぞれが次にどこへ動きどこにスペースが生まれどこが死角になるのか、シミュレーション映像のようなものが頭に浮かぶ。
ギャンブルだとは思わなかった。
点に落とすような正確なパスをゴール下へふわりと送る。
ところが、肝心のパスターゲットが気づいていない。
〇
まずい。この感じは直接得点に結びつく。
パスのタイミングを遅らせることができなかったれのは振り返る。
誰の手に渡ることなくボールがエンドラインを割ったのを目撃した。
「ラッキー」
味方が手を叩きオフェンスに切り替える。
ラッキーはラッキーだけど……。
れのは手放しに喜べない。
全体の位置状況を見てから判断していたらあのパスは出せない。見るのと判断が同時。瞬時の的確な判断力と正確なパス技術が求められる。
なにあの子。人が変わったように積極的になった。
意外とおもしろいことできるじゃない。
ふふ、とれのは微笑んだ。
でも、なんて自分勝手なパス。
〇
ギャンブルのつもりはなかったパスは結果的にのるかそるかの失敗に終わった。
現在は一つ一つのプレーの大事さが現実味をより濃く帯びる時間帯だ。これは練習試合ではない。積極性の方向を間違ったかもしれないと遥は内省した。
切り替えて次のプレーに集中する。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
天使の隣
鉄紺忍者
大衆娯楽
人間の意思に反応する『フットギア』という特殊なシューズで走る新世代・駅伝SFストーリー!レース前、主人公・栗原楓は憧れの神宮寺エリカから突然声をかけられた。慌てふためく楓だったが、実は2人にはとある共通点があって……?
みなとみらいと八景島を結ぶ絶景のコースを、7人の女子大生ランナーが駆け抜ける!


僕は 彼女の彼氏のはずなんだ
すんのはじめ
青春
昔、つぶれていった父のレストランを復活させるために その娘は
僕等4人の仲好しグループは同じ小学校を出て、中学校も同じで、地域では有名な進学高校を目指していた。中でも、中道美鈴には特別な想いがあったが、中学を卒業する時、彼女の消息が突然消えてしまった。僕は、彼女のことを忘れることが出来なくて、大学3年になって、ようやく探し出せた。それからの彼女は、高校進学を犠牲にしてまでも、昔、つぶされた様な形になった父のレストランを復活させるため、その思いを秘め、色々と奮闘してゆく

【Vtuberさん向け】1人用フリー台本置き場《ネタ系/5分以内》
小熊井つん
大衆娯楽
Vtuberさん向けフリー台本置き場です
◆使用報告等不要ですのでどなたでもご自由にどうぞ
◆コメントで利用報告していただけた場合は聞きに行きます!
◆クレジット表記は任意です
※クレジット表記しない場合はフリー台本であることを明記してください
【ご利用にあたっての注意事項】
⭕️OK
・収益化済みのチャンネルまたは配信での使用
※ファンボックスや有料会員限定配信等『金銭の支払いをしないと視聴できないコンテンツ』での使用は不可
✖️禁止事項
・二次配布
・自作発言
・大幅なセリフ改変
・こちらの台本を使用したボイスデータの販売
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる