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第1章4 総体県予選
43. 強気の姿勢
しおりを挟む68-60
御崎八点リードで最終クォーターを迎える。
このままいけば勝てる。そんな考えが浮かんでくるほどに順調そのものだった。
「杏先輩ともなか先輩。それからつかささんもファウル三つです。気をつけてください」
環奈がスコアに目を落としながら他のメンバーのファウル累積数も読み上げる。
個人ファウルが五つ溜まるとファウルアウト。退場となる。
件の三人の誰か一人でも退場はもちろんのこと、あと一回ファウルを取られ、リーチになってしまった場合もプレーが消極的になりかねない。ベンチの層が薄い御崎にはどちらにせよかなりの痛手である。
味方のファウル数も気になるが遥にはもう一つ心配事があった。後半からマークチェンジしてきた、れのについてだ。
前のクォーターで川貴志に勢いづかれそうになった要因のほとんどが遥のミスからだった。そしてそのほとんどのチャンスメイクをしていたのがれのであった。
「リードしてると言ってもたった八点だからな。残り時間は十分もある。リードなんてないと思えよ。最後まで気抜くな」
はい、と遥は返事をした。
「おし、いくぞっ」
第四クォーター。
最後の十分が始まる。
川貴志のスローイン。
「オッケー、ナイシュ」
開始早々、川貴志のシュートが決まり六点差とされた。
杏がスローインを出し、遥がボールを運ぶ。マークは変わらずれのだ。しかも高い位置で待ち構えている。センタ―ラインより先への侵入は許さんとするような見えない圧力。怖い。タイトに当たってくるようなら無理は禁物だ。
遥はドリブルで敵陣を目指すと、れのがさらに一歩踏み出した。
至近距離までくると怖さは一層増した。
「また逃げる?」
「おっけーおっけー落ち着いていこう」
遥とれのの間に杏が入ってきた。れのを遥に近づけさせないようスクリーン的役割をしながら進んでくれる。
頼もしい背中だ。普通なら安心できる状況だが気を緩めない。
するとれのはするりと杏をかわして遥をぴったりとマークしてきた。
やっぱり。油断しなくてよかった。
遥は抜こうとするではなくボールを守りながら、れのを押し込むように斜めに進む。杏にパスをさばこうとした瞬間、れのがプレッシャーを強めた。遥はあっけなくボールの制御を失ってしまう。
初めての練習試合で痛感したこと。今のボールハンドリングとキープ力では高校の強いチーム相手には満足に視野の確保ができない。ボールを取られないようにするので一杯一杯になっているようではPGは務まらない。
だからその後の自主練習では浮き彫りになった個人の課題を重点的に強化してきた。その成果は確実に表れていた。
しかし。まだまだその程度の技術向上では、れの相手には初練習試合以上に危険だった。
弱々しくボールが転がる。スティールされそうになるも遥はなんとか手に当て、つかさに転がすことで事なきを得た。
シュートを決めたつかさが戻りぎわ、耳打ちをしてきた。
「ボール運ぶの難しい?」
「うん。ごめんね」
「じゃあ遥は先に上がって。次からは私が運ぶから」
「わかった」
「でも今の遥は弱気になってる。それだけは自分でどうにかしないとだめよ」
中学時代を思い出した。
「弱気になったら実力の半分も出せないと思ったほうがいい」
千里も同じことを言っていた。
「強気で攻めるには虚勢でもなんでもいい。自分を鼓舞し、相手の実力が上とわかっていようが自分を騙すくらいでないとね」
そうだ。
今は実力差以上に不利な状況を自分で引きずっている。
大丈夫。怖いけど怖くない。このままじゃできることもできなくなる。
試合時間残り六分。
れのを前にしても遥は怯まない。
選手が動く流れから、いいパスが通せそうな予感があった。
戦術でもなければ誰一人の意図もなし。偶然が重なって生まれるチャンスはいつも突然やってくる。
トップの位置でパスを受けた遥はそのチャンスを逃さない。
俯瞰しているようにコート上の選手の位置がしっかりと把握できていた。そして選手それぞれが次にどこへ動きどこにスペースが生まれどこが死角になるのか、シミュレーション映像のようなものが頭に浮かぶ。
ギャンブルだとは思わなかった。
点に落とすような正確なパスをゴール下へふわりと送る。
ところが、肝心のパスターゲットが気づいていない。
〇
まずい。この感じは直接得点に結びつく。
パスのタイミングを遅らせることができなかったれのは振り返る。
誰の手に渡ることなくボールがエンドラインを割ったのを目撃した。
「ラッキー」
味方が手を叩きオフェンスに切り替える。
ラッキーはラッキーだけど……。
れのは手放しに喜べない。
全体の位置状況を見てから判断していたらあのパスは出せない。見るのと判断が同時。瞬時の的確な判断力と正確なパス技術が求められる。
なにあの子。人が変わったように積極的になった。
意外とおもしろいことできるじゃない。
ふふ、とれのは微笑んだ。
でも、なんて自分勝手なパス。
〇
ギャンブルのつもりはなかったパスは結果的にのるかそるかの失敗に終わった。
現在は一つ一つのプレーの大事さが現実味をより濃く帯びる時間帯だ。これは練習試合ではない。積極性の方向を間違ったかもしれないと遥は内省した。
切り替えて次のプレーに集中する。
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