Girls×Basket〇

遠野そと

文字の大きさ
上 下
25 / 51
第1章2 無名の怪物

25. 監督の役割

しおりを挟む
 
 何をどう話すべきか。松葉は悩んでいた。

「もうやだ。出たくない」

 第一クォーターが終わるなり、すたすたと利佐が戻ってきた。

「監督。次誰かと代えてください。もうあいつ嫌です」

 言い捨てベンチに座ると、周囲の情報をシャットアウトするように頭からタオルを被った。
  このまま出し続けても本格的な喧嘩に発展しかねない。希望通り交代させるのが賢明か。
 思案していると、キャプテンが利佐の隣に座り、目で合図をよこした。ここは任せてくださいと言っているようだった。

「利佐が出ないんじゃ、あの子止めるの難しくなるよ。ただでさえ向こうにはバケモノじみた子までいるんだし」

 さすがにそんなよいしょで気を取り直すほど単純ではないだろう。

「そんなこと、ないですよ……。私じゃなくてもあんなやつ余裕ですよ」

 まあそうだよな。そんな簡単にいったら拍子抜けだ。

「私はそうは思わないけどな。それに……」声の調子が変わった。「このまま下がったら余計恥ずかしいよ」

 利佐は押し黙る。

「逃げたくなるのはわかるけどね。でもここで逃げたらそれだけ恥ずかしかったって相手にばれちゃうよ。そうなれば相手はいい気味だって思うだろうね。せっかくプレーで勝ってるのに負けた気分になっちゃうよ。それでもいいの」
「……いやです」
「でしょ。次のクォーター。利佐は堂々としてればいいよ。さっきのは全然気にしてませーん、て感じでね。そうすれば全然恥ずかしいことじゃなかったことになるよ。相手もバカにする気が失せるだろうね。そうなればもうこっちのもんだよ。余計なことは言わず相手を完全にねじ伏せて点を取りまくればいい」

 利佐はたちどころに闘志を漲らせた。そしてつぶやいた。
 うまく聞き取れなかったがおっかないことを口にしたのだけはわかった。

「監督」
「……ん、どうした」
「やっぱり私、次も出ます。いいですか」
「お、ああ。がんばれよ」

 ちらと利佐の隣へ目をやるとキャプテンが片目をぱちっと閉じた。

 松葉はもう一つの懸案を思い出す。
 さてもう一人。こっちのほうがやっかいか。

 御崎のエースに手も足も出なかった藍に声をかけようとすると、蘭佳がうなだれている藍の隣に腰掛け、ふふ、と笑った。

「藍ちゃん。かもにされてたね」

 藍は答えない。
 松葉は話に入るタイミングを窺う。

「ねえ藍ちゃん聞いてる?」
「……やっぱり、怒ってるよね?」

 普段の藍からは想像もつかないおっかなびっくりとした小声。

「なに? そんなちっちゃい声じゃ聞こえない」
「やっぱりらんらん怒ってるよね」

 少しだけ声が大きくなった。

「怒ってないよ」

 嘘だ。「嘘だよ」

 松葉の心の声と藍の声が重なった。

「どうしてそう思うの。怒らせるようなことしたって自覚があるから?」
「それは……」

 藍は口ごもる。

「私たちいつもどおりだと思うよ。今の藍ちゃんはいつもと違うけどね」
「ごめん……」

 ほとんど声になっていなかった。

「なに? 聞こえない」

 平静な声音には空恐ろしさがあった。松葉は背筋が寒くなった。

「ごめん。私がいつも自分勝手だから怒ってるんだよね。チームよりも自分自分。らんらんに任せるべきところも構わず自分中心で……」
「自覚あったんだね」
「今日気づいた」

 ふふ、と蘭佳は笑みをこぼした。

「でも藍ちゃんのそういうところ、度が過ぎなければ嫌いじゃないよ」

 藍の表情が少しだけ晴れやかになった。

「あ、でも勘違いしないでね。やられるとすぐ冷静さを失ったり独りよがりになったりするのは好きじゃないよ。私が好きなのはいつも強気な藍ちゃん。だから私が怒ってるのはね、弱気になって諦めてる今の藍ちゃん」
「やっぱ怒ってんじゃん」
「そうだよ怒ってる。藍ちゃんが思ってたのとは別のことでね。それとももっと負けず嫌いなところ見せてくれるって勝手な期待してた私がいけないのかな」
「ううん。そうだよね。いつもならあんな強い相手と戦えたらラッキーって思ってるのに」
「そうだね。でも正直いつかこんな日がくればいいと思ってた。一度痛い目にあえばいいと思ってた」
「なにそれひど」

 屈託なく藍は笑う。いつもの調子に戻りかけている。
 蘭佳は蘭佳で何事もなかったかのように、

「それで次のクォーターだけどディフェンスどうする」
「悔しいけどあの子を一人で止めるのは無理。でももう一回マンツーでついてみたい」
「うん。わかった」
「それで途中、私とらんらんでマーク交代しよ」
「いいけど私も止められないと思うよ」
「それはわかってる」
「ふーん、そう」
「え、今自分で認めたじゃん」
「冗談だよ」
「とにかくね、らんらんもあの子についてみたほうがいいよ」
「わかった。楽しみ」

 いい感じに二つも問題が解決した。
 やっぱりこういうのは部員同士――女子同士に任せて余計な口は出さないほうがいいのだろうか。出る幕のなかった松葉は思った。

「監督。ところで次どうするんですか。さっきと同じですか」
「お、わりいわりい」

 松葉は気を取られていてすっかり自分の仕事を忘れていた。選手のメンタルケアでは役に立てなかったが、第二クォーターの作戦はもう決めていた。
 引き続きマンツーマンディフェンスではあの怪物を止めるのは難しい。力量差がありすぎる。そこで次からはゾーンディフェンスを敷こうと考えていた。御崎にとってもいい練習になる。

 というのはインターバル前の話。
 立ち直った藍が挑戦しようと意気込んでいる以上、まずはこれまで通りでいくべきと判断した。

「とりあえずさっきと一緒で。変更するときはまたタイムアウト取るから」

 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

GIVEN〜与えられた者〜

菅田刈乃
青春
囲碁棋士になった女の子が『どこでもドア』を作るまでの話。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

天使の隣

鉄紺忍者
大衆娯楽
人間の意思に反応する『フットギア』という特殊なシューズで走る新世代・駅伝SFストーリー!レース前、主人公・栗原楓は憧れの神宮寺エリカから突然声をかけられた。慌てふためく楓だったが、実は2人にはとある共通点があって……? みなとみらいと八景島を結ぶ絶景のコースを、7人の女子大生ランナーが駆け抜ける!

ナースコール

wawabubu
青春
腹膜炎で緊急手術になったおれ。若い看護師さんに剃毛されるが…

将棋部の眼鏡美少女を抱いた

junk
青春
将棋部の青春恋愛ストーリーです

切り裂かれた髪、結ばれた絆

S.H.L
青春
高校の女子野球部のチームメートに嫉妬から髪を短く切られてしまう話

切り札の男

古野ジョン
青春
野球への未練から、毎日のようにバッティングセンターに通う高校一年生の久保雄大。 ある日、野球部のマネージャーだという滝川まなに野球部に入るよう頼まれる。 理由を聞くと、「三年の兄をプロ野球選手にするため、少しでも大会で勝ち上がりたい」のだという。 そんな簡単にプロ野球に入れるわけがない。そう思った久保は、つい彼女と口論してしまう。 その結果、「兄の球を打ってみろ」とけしかけられてしまった。 彼はその挑発に乗ってしまうが…… 小説家になろう・カクヨム・ハーメルンにも掲載しています。

処理中です...