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第1章2 無名の怪物
18. 初練習試合
しおりを挟む練習試合当日。
学校へ到着するとマイクロバスが止まっていた。
舞、早琴、環奈、の電車組三人と岩平の姿もあった。
遥は挨拶をして電車組のもとへ向かう。
集合時間まではまだ余裕があった。バスのトランクへボールなど私物以外の荷物を積み込んでいると杏ともなかが連れだってやってきた。
「あとはつかさだけか。コートの外ではあいつが一番心配なんだよな。ちゃんと来れんのかな」
「そういやこの時間帯に動いてるつかさって一度も見たことないよね」
岩平が不安を吐露し、杏が不安を煽る。
「おいおい、大丈夫か」岩平は腕時計を確認する。「まだ集合時間ではないけど」
「電話してみよっか」
「出ないです」既に環奈がかけていた。
「寝てたりしてね」
もなかがくすりと笑う。環奈は電話を鳴らし続けた。
「あ、出ました。つかささん? 今どこですか。え、今起きたんですか」
「げ」
岩平がやっぱりという表情をする。待ってるからできるだけ急げ、と言付けた。
環奈が通話を終えると岩平は苦笑した。安堵しているようでもある。
「電話しといてよかったな」
「もう少し早くかけるべきでした」
しばらくして、つかさはふらふら走りながらやってきた。髪がハネている。十五分の遅刻だった。
「ごめんなさい」
「意外と早かったね」
もなかがつかさの寝ぐせ部分をなでる。
「知らない間にアラーム止めてたみたい」
杏が寛大に笑った。
「アラームセットしてただけでも偉いよ。次がんばれ」
「甘やかしてんのか馬鹿にしてんのかどっちだよ」
岩平はふっと息を吐き、「さあ乗った乗った」と全員に乗車を促した。
車内には二人掛けと一人掛けの座席が一列ずつあった。最後部の座席は四人掛けだ。
「つかさ。朝飯食ってきたか」
運転席から声が飛んできた。
「もう寝てまーす」
「嘘だろ……。まあいいや。全員乗ったな? 出発するぞー」
予定よりも遅れて東陽高校へ到着した。
つかさの遅刻した時間を差し引いても遅れが生じていたのは岩平が道を間違えたからだ。
バスから降りる。
寝起きのつかさは足取りがふらふらしていた。もう少し早く起こしてあげるべきだったか、と遥は思う。
「これから試合だけど大丈夫?」
「もう大丈夫」
外の空気を吸ったからなのか、つかさの表情がしゃきっとしてきた。
体育館を探して敷地内を進んでいると、進む。ビイイイとブザーの音が鳴り響いてきた。
遥は気が引き締まる。館内からはシューズが床に擦れる音、ドリブル音、選手の声などが聞こえてくる。練習試合が始まっているようだ。ピッと短い笛の音が聞こえた。
「やってるやってる」
二、三年生にとっても久しぶりの試合。杏のテンションは高い。
岩平を先頭に体育館の玄関を入る。東陽高校のマネージャーが出迎えた。挨拶をした。更衣室へ案内してくれるようだ。
「着替えたらすぐアップな」
岩平とはそこで一旦別れた。
更衣室に入ってから環奈が袋を取り出した。貴重品を預かってくれるようだ。部員たちはスマホや財布をその袋に入れていった。
着替えてコートに向かう。
コートは二面あった。空いているほうは自由に使っていいとのことだった。遥たちはそちらでウォーミングを行う。
高校バスケの試合は一クォーター十分の計四クォーターで行われる。
クォーター間のインターバルは二分。第二、第三クォーター間のいわゆるハーフタイムだけは十分となっている。
しかし今回は御崎高校を含めた四校での試合のため、二クォーター制の対戦でどんどん回していく。なおここでの第二クォーターは第四クォーター扱いとし、ルールも第四クォーター時のものが適用される。
残り試合時間は二分を切っていた。この試合が終わればどちらかの高校と入れ替わり、十分間のインターバルを挟んだのちに試合が開始される。
「うまいね」
観戦しながら、もなかがぽつりとこぼした。
遥もそう思った。想像以上だった。強いチームというのもあるだろうが中学とは迫力が違う。こんな相手に自分の実力がどこまで通用するのか考えると楽しみであり不安でもあった。デジタルタイマーに表示された残り時間が終わりに近づくにつれて緊張が顕著になる。
「そりゃ東京のベスト8だもん。どこまでできるかな」
落ち着き払っている舞を見ていると心に余裕が生まれ、周りが見えてきた。
「なんかお腹すいてきた」
杏は余裕綽々といった様子。これにも気持ちが軽くなる。
「私も」
つかさが細い声で杏に反応した。
一瞬、つかさの姿が千里と重なった。
そうだった。
たしかに目の前で試合をしている人たちは上手い。でも、考えてみればこっちにはもっととんでもない味方がいるではないか。それはこれまでの練習で目の当たりにし、肌で感じた経験から断言できた。
一人で戦うんじゃない。チームで戦うんだ。
試合終了を告げるブザーが鳴った。
勝利したのは東陽高校。ベンチを引き上げたのも東陽高校だった。
遥たちはベンチへ荷物を運ぶ。
先ほどまで東陽高校ベンチで指揮を執っていた人物と岩平が話し始めた。
十分のインターバルが残り三分になったところで岩平が集合をかけた。
「がんちゃん。東陽の監督と知り合いなの」
「ああ、元チームメイト」
岩平はゲームプランを話す。
難しいことをするつもりはないしそんな練習もしていない。新チームになってから今日までのわずかな期間で、基礎練習以外にやってきた練習といえば速攻とマンツーマンディフェンスの連携確認くらいだ。
今必要なのは複雑な戦術ではない。各々がチームと試合そのものに慣れること。そのために今日行う約束事は一つ。
「いいか。とにかく今日は相手に隙があればどんどんシュート狙ってけ。前が空いたらすぐシュートでもドライブでもなんでもいいから攻めろ。ディフェンスはハーフコートのマンツー。速攻も出せそうならどんどん狙ってけ」
「おっけー」
「了解」
遥も「はい」と返事をした。
続いて岩平はスターティングメンバーを発表した。
「舞、杏、もなか、つかさ、遥。さっこはとりあえずベンチな」
タイマーの残り時間が十秒を切ろうとしていた。Tシャツの上からノースリーブのリバーシブルシャツを着る。敵味方を区別するためのものだ。番号もついている。
「おっしゃ。行ってこい」
さあいよいよだ。いい具合に気持ちが高ぶっている。
コート中央で横一列に五人は並ぶ。相手チームも整列した。センターラインを挟んで向かい合う。
「誰につく?」
もなかがマークマンの確認をする。
「とりあえず似た身長の人で」舞が言った。
「ジャンプは?」
「とりあえず私が飛ぼうか」
ブザーが鳴り、タイマーの試合時間が十分にセットされる。
審判の笛で礼。
「お願いします!」
両チームのジャンパーがセンターサークルに入る。遥は自陣ゴールへ引いた位置で構えた。
審判がジャンパー二人の間でボールを構える。
ふわっとボールが上がった。
頂点に達したところに舞の手が触れる。ジャンプボールに競り勝った。
斜め後ろへ弾いたボールをもなかがキャッチし、すぐ遥に預けた。
敵がすばやく自陣へ戻っていく。
つかさが右サイドを上がる。
ここから速攻を仕掛けても楽にシュートまで繋がるパスは通らない。
しかし、つかさなら。
ディフェンスが全員戻りきれていない今なら一対一はもちろん、相手が二枚つこうと簡単に抜き去りシュートまで持っていけるんじゃ……。
つかさと目が合う。遥はすかさずつかさの前方へパスを送った。
つかさは空中でボールをキャッチし、右四十五度、3ポイントラインの手前に着地した。大きく動いてボールを受けたことによりマークマンとのズレが生まれている。
一瞬で抜き去る光景が目に浮かんだ。
「いけ!」
ベンチから声が飛ぶ。
つかさはぴたりとした着地から右足を前方へ。すっと伸びていく。ドリブルを一ついれたときには既にディフェンスを置き去りにしていた。
「はやっ!」コート内の敵選手とそのベンチから反射的に声が上がった。
「おそっ!」杏ともなかもまた声を上げた。
別のディフェンスがカバーに出てきた。つかさは上体を起こして一瞬スピードを緩める。ストップからのジャンパーか。違った。ディフェンスの飛び出しが中途半端かつ迷いがあると見るや急加速。行く手に立ちはだかった敵に体を引っ掛けてレイアップシュートに持ち込んだ。
「ピッ」
審判の笛。グーにした右手が挙がる。
つかさの手を離れたボールはボードに当たってからリングに吸い込まれた。
審判が挙げた手を振り下ろす。
バスケットボールカウントワンスロー。
シュート動作中にファウルを受けた場合、そのシュートが入れば得点が認められ、なおかつフリースロ―一本が与えられる。
フリースロ―は一本につき一点。
これを決めれば通常のシュート二点プラス一点で三点プレーとなる。
試合の入りとしてこの上ないプレーが決まった。
だが御崎サイドは盛り上がらない。
遥はつかさに駆け寄る。称賛のためではない。何かあったのではないかと心配だった。
先ほどのつかさの動き。口にこそ出さなかったが遥も「遅い」と感じた。
もっとも、トップスピードで仕掛けるのがすべてではない。現につかさも普段の練習から状況に応じてスピードを制御、使い分けをしている。
しかし件のプレーはそのスピードを抑えた動きとは決定的に違っていた。キレやなめらかさの質以前の問題である。遥の目にはよろけていたように映った。
審判がオフィシャル席に向かってファウルコールをするなか、つかさはフリースローサークルへ向かおうとする。ところが案の定と言うべきかその場にへたり込んでしまった。
「だ、大丈夫つかさちゃん」
「無理かも」
胸が波立つ。不安が形を変えて次々と押し寄せてきた。
「どこか怪我したの」
つかさは腹に手を当てた。
「おなかがへってちからがでないわ」
「え、おなか、へった?」
聞き違えた可能性もなくはなかった。
「なにもたべてないから」
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