ホウセンカ

えむら若奈

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番外編:キキョウの蕾が開くまで

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 バーで出会ったのは、やたらと明るい女だった。セックスレスが原因で彼氏と別れたのだと、あっけらかんとした顔で言う。
 適当に飲んでいると終電の時刻を過ぎたので、近くのホテルへ入った。

「私、運命って信じてるんだよね」

 この女もか。どうしてセックスの後に会話をしたがるんだ。ピロートークなんて、恋人同士だけのものだろう。

「出会った瞬間に“この人!”って思うような出会い。絶対あると思ってるんだ」
「ふーん」

 今日は、煙草の味がいつもより不味く感じる。感覚がまともな証拠だな。
 
「桔平君はかっこいいしエッチもめっちゃいいんだけど、運命は感じないかなぁ。永遠の愛は誓えそうにないもん」
「そりゃ良かった」
「冷たいフリしちゃって。本当は、すごく優しいんでしょ?エッチの仕方で分かるもん」

 妙に腹が立つ。鬱陶しいな、何もかも。女に背を向けて、ほのかに柔軟剤が香る布団を被った。

「あれ、なんか気に障った?」
「別に。もう寝るわ」

 運命の出会い。確かにあると思う。ただし“堕落した人間を除く”という注釈がつくはずだ。たとえ目の前に運命の相手とやらが現れても、明るい場所にいなければその姿を見つけられない。だからオレには無理だろう。

 自分自身への嫌悪に吐き気がする。この期に及んで、まだ“誰か”を求めているのか。どうしてこんなに弱いんだ。

 ひとりでも眠れるようになれ。誰かに何かを求めるな。オレは孤独でいい。そうすればきっと、求めている絵が描ける。

 そんなことを考えていたからか、ベッドは広くて心地良いのに、あまり眠れなかった。

「お互い、永遠の愛を誓える運命の人に出会えるといいね!じゃあね~!」

 朝起きて、何の未練もなくあっさりその女と別れた。いつも通りのことだ。

 夏の朝日が眩しい。もうこんなに暑くなっていたのか。今になって、ようやく感覚神経が正常になってきたらしい。気がつけば、季節はどんどん移り変わっていた。

 あの部屋を出よう。突然そう思った。何かを変えるには自ら動くしかない。留まっても沈んでいくだけだ。

 いっそのことマンションでも買うか。そこを終の棲家にしよう。どうせ長生きはできないだろうしな。
 静かな場所で、広い部屋がいい。そして誰の色も入れず、ベッドは今より大きなサイズのものに新調する。

 オレに必要なのは、永遠の愛を誓える運命の相手ではない。自分がひとりだと感じられる場所だ。そこで、ひたすら絵を描く。オレにはもうそれしかない。

 過去をなかった事にはできないし、どうやっても変えられない。それなら、この先の未来をどうするのか考えて動くだけ。

 そう決めたら、少し体が軽くなった。心なしか街が明るく見える。
 きっとこの先に、浅尾瑛士が見た景色があるはずだ。突き進もう。ひたすら真っ直ぐに。いつか必ず、花開く日がくると信じて。
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