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愛しのホウセンカ
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「はは、すげぇ涙出た。びっくりした」
「あはは、私もびっくりしたぁ。桔平くんが泣いたの、初めて見たもん」
お互い酷い顔だと言って笑い合う。
険悪になりそうな時も、感傷的な気分になった時でも、気がついたらいつも2人で笑っていた。だからオレは、愛茉がいれば大丈夫。それだけは父さんの前で言える。
「ここに、桔平くんのお父さんがいるんだね」
「そうだな」
「じゃあ、また会いに来ようね」
またオレの左手を強く握って、愛茉が言った。
オレがどれだけ情けない姿を晒そうが弱さを露呈しようが、愛茉は幻滅することなく懸命に支えようとしてくれた。
そしてどんな時でも同じ温度感でいられるから、愛茉の隣はオレにとって一番居心地がいい場所だ。
こうしてオレと愛茉が一緒にいるのは、遺伝子に刻み込まれたこと。理屈なんかじゃない。このホウセンカが、実を弾けさせて子孫を残そうとするのと同じ。何もかも産まれる前から決まっていたことなのだろう。
オレと愛茉が出会ったことだけではなく、父さんと母さんとの出会いも、すべてが運命として命に刻み込まれていた。
そういえば愛茉が、ベターハーフだと言っていたな。不完全な人間は、常に片割れを求め続けているというわけだ。だからこそ、こんなにも強く儚く美しい。
「不完全な美か……」
「え?」
「思い出したよ、父さんの言葉。……いや、覚えてはいたんだけどな。大切にしすぎて、手の届かないところにしまい込んでたんだ」
一緒にいた僅かな時間で、父さんはたくさんのことを教えてくれた。
それなのにいつの間にか、オレは完全な美に固執するようになっていたんだな。不完全な人間に、完全なものなど描けるわけはないのに。
完璧なものには魔が差す。日本で古来から言い伝えられていることだ。日光東照宮は敢えて柱の柄を逆さに作り不完全な物にしているし、本来は魔除けの意味を持つ着物の帯も、ほとんどの柄が非対称的。完璧を避けるため、中心に柄が描かれていることは少ない。
つまり、不完全こそが日本の美を象徴している。父さんが描きたかったのは、そんな美しさだ。だからこそ一点の曇りもない清らかさが生まれて、多くの人を惹きつけている。
誰よりも浅尾瑛士の絵を見てきたはずなのに、今になってようやく気がついたのか。
いや、今でなければ気づけなかったのかもしれない。多くの人と正面から関わるようになった、今でなければ。
「愛茉。ここに連れてきてくれて、ありがとう」
すべての出会いがここへ導いてくれた。そして隣に愛茉がいたから、道が拓けた。本当に、オレにとって幸運の女神だよ。
「一緒に来られて嬉しいよ。ありがと、桔平くん」
そう言って、愛茉はオレの左手をしっかり握りながらホウセンカの花を見つめた。
「あはは、私もびっくりしたぁ。桔平くんが泣いたの、初めて見たもん」
お互い酷い顔だと言って笑い合う。
険悪になりそうな時も、感傷的な気分になった時でも、気がついたらいつも2人で笑っていた。だからオレは、愛茉がいれば大丈夫。それだけは父さんの前で言える。
「ここに、桔平くんのお父さんがいるんだね」
「そうだな」
「じゃあ、また会いに来ようね」
またオレの左手を強く握って、愛茉が言った。
オレがどれだけ情けない姿を晒そうが弱さを露呈しようが、愛茉は幻滅することなく懸命に支えようとしてくれた。
そしてどんな時でも同じ温度感でいられるから、愛茉の隣はオレにとって一番居心地がいい場所だ。
こうしてオレと愛茉が一緒にいるのは、遺伝子に刻み込まれたこと。理屈なんかじゃない。このホウセンカが、実を弾けさせて子孫を残そうとするのと同じ。何もかも産まれる前から決まっていたことなのだろう。
オレと愛茉が出会ったことだけではなく、父さんと母さんとの出会いも、すべてが運命として命に刻み込まれていた。
そういえば愛茉が、ベターハーフだと言っていたな。不完全な人間は、常に片割れを求め続けているというわけだ。だからこそ、こんなにも強く儚く美しい。
「不完全な美か……」
「え?」
「思い出したよ、父さんの言葉。……いや、覚えてはいたんだけどな。大切にしすぎて、手の届かないところにしまい込んでたんだ」
一緒にいた僅かな時間で、父さんはたくさんのことを教えてくれた。
それなのにいつの間にか、オレは完全な美に固執するようになっていたんだな。不完全な人間に、完全なものなど描けるわけはないのに。
完璧なものには魔が差す。日本で古来から言い伝えられていることだ。日光東照宮は敢えて柱の柄を逆さに作り不完全な物にしているし、本来は魔除けの意味を持つ着物の帯も、ほとんどの柄が非対称的。完璧を避けるため、中心に柄が描かれていることは少ない。
つまり、不完全こそが日本の美を象徴している。父さんが描きたかったのは、そんな美しさだ。だからこそ一点の曇りもない清らかさが生まれて、多くの人を惹きつけている。
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いや、今でなければ気づけなかったのかもしれない。多くの人と正面から関わるようになった、今でなければ。
「愛茉。ここに連れてきてくれて、ありがとう」
すべての出会いがここへ導いてくれた。そして隣に愛茉がいたから、道が拓けた。本当に、オレにとって幸運の女神だよ。
「一緒に来られて嬉しいよ。ありがと、桔平くん」
そう言って、愛茉はオレの左手をしっかり握りながらホウセンカの花を見つめた。
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