ホウセンカ

えむら若奈

文字の大きさ
上 下
378 / 407
愛しのホウセンカ

2

しおりを挟む
「うーん、植物には神経や脳がねぇからなぁ。子孫を残そうとするのは、遺伝子のプログラムに沿っているだけかもな」
「遺伝子のプログラム?」
「遺伝子については知ってるか?」
「しってる。生物を形作っている設計図でこれに沿ってデオキシリボ核酸の塩基配列が決まってその情報に従って細胞のもとになるタンパク質が作られる」
「おぉ、桔平はすげぇな!まぁつまりな、その設計図は“子孫を繫栄させなさい”って使命みたなもんが前提にあると思うんだよ。ただオレにも詳しいことはよく分かんねぇし、後で一緒に図書館行って調べてみるか?」

 父は知ったふりをしない。自分の推測を言ったとしても、それを正解として話を終わらせることはなかった。こうしてオレの好奇心にとことん付き合おうとしてくれるところも、父を好きな理由のひとつだ。
 
「うん、いく。それでホウセンカの種子については?」
「あぁ、そうだったな。ホウセンカはな、花が枯れた後に2cmぐらいの楕円形の実ができるんだ。熟すと緑色から黄色がかった色になって、それが乾燥すると弾けて種を飛ばす」
「はじけるの?勝手に?」
「熟したら勝手に弾けるし、少し触っただけでも弾ける。花は綺麗なのに、気性が激しくてな。だからオレはホウセンカが好きなんだ」
「ぼくも、これ好きだよ」
「そうか。お前は情緒ってもんが分かる子なんだな」

 父が好きと言ったから、自分も好き。本当は、そんな単純な理由だった。ただ今なら分かる。父は、この花が持つ二面性を愛していたことを。
 
「人間も同じようなもんだ。誰もが持ってんだよ。息を吞むほどの美しさと、目を覆いたくなるような醜さを。闇があるから、光に眩しさを感じる。清廉潔白なんてものは幻想だ。そんな生き物は、いやしねぇ。完全な善人はいないし、完全な悪人もいない。自分から見える一部分だけで周りを評価して、それがすべてだと思い込んでいる」
「思い込みは、悪」
「そうだ、そうなんだよ!お前は本当に頭が良いな!よし、昼飯食ったら図書館行こうぜ」

 父に頭を撫で回されるのが好きだった。オレも大人になったら、こんな風に大きく温かい手を持つ人間になりたい。いつもそう思いながら、父の後ろをついて回った。

 新聞社や出版社との打ち合わせで東京へ行く時も、絶対についていくと駄々をこねたから、最初は仕方なく連れて行ってくれたのだと思う。

 父が打ち合わせをしている間は、コレットに預けられてミックスジュースを飲んでいた。そして絵を描いたり本を読んだりして過ごし、迎えに来た父と一緒にカレーを食べて、欲しい本を買ってもらって鎌倉へ帰る。こんな贅沢をしていることは姉2人には内緒だと言われて、オレはささやかな優越感に浸っていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

10のベッドシーン【R18】

日下奈緒
恋愛
男女の数だけベッドシーンがある。 この短編集は、ベッドシーンだけ切り取ったラブストーリーです。

保健室の秘密...

とんすけ
大衆娯楽
僕のクラスには、保健室に登校している「吉田さん」という女の子がいた。 吉田さんは目が大きくてとても可愛らしく、いつも艶々な髪をなびかせていた。 吉田さんはクラスにあまりなじめておらず、朝のHRが終わると帰りの時間まで保健室で過ごしていた。 僕は吉田さんと話したことはなかったけれど、大人っぽさと綺麗な容姿を持つ吉田さんに密かに惹かれていた。 そんな吉田さんには、ある噂があった。 「授業中に保健室に行けば、性処理をしてくれる子がいる」 それが吉田さんだと、男子の間で噂になっていた。

長い片思い

詩織
恋愛
大好きな上司が結婚。 もう私の想いは届かない。 だから私は…

冷徹上司の、甘い秘密。

青花美来
恋愛
うちの冷徹上司は、何故か私にだけ甘い。 「頼む。……この事は誰にも言わないでくれ」 「別に誰も気にしませんよ?」 「いや俺が気にする」 ひょんなことから、課長の秘密を知ってしまいました。 ※同作品の全年齢対象のものを他サイト様にて公開、完結しております。

そこは優しい悪魔の腕の中

真木
恋愛
極道の義兄に引き取られ、守られて育った遥花。檻のような愛情に囲まれていても、彼女は恋をしてしまった。悪いひとたちだけの、恋物語。

彼氏が完璧すぎるから別れたい

しおだだ
恋愛
月奈(ユエナ)は恋人と別れたいと思っている。 なぜなら彼はイケメンでやさしくて有能だから。そんな相手は荷が重い。

夜這いを仕掛けてみたら

よしゆき
恋愛
付き合って二年以上経つのにキスしかしてくれない紳士な彼氏に夜這いを仕掛けてみたら物凄く性欲をぶつけられた話。

腹黒上司が実は激甘だった件について。

あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。 彼はヤバいです。 サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。 まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。 本当に厳しいんだから。 ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。 マジで? 意味不明なんだけど。 めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。 素直に甘えたいとさえ思った。 だけど、私はその想いに応えられないよ。 どうしたらいいかわからない…。 ********** この作品は、他のサイトにも掲載しています。

処理中です...