ホウセンカ

えむら若奈

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サザンカの雫

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 これは私にとっての試練でもある。もちろんこの先も今以上に大変なことはたくさん起こると思うけど、いろいろなことをひとつずつ乗り越えていけば強くなれるはず。

 私も桔平くんも、まだ川岸に立っただけに過ぎない。激流に飛び込むのはこれから。先は長いんだし、もう少し肩の力を抜かなくちゃね。

「ありがとう、ヨネちゃん。気持ちが軽くなったよ」
「んふふぅ。それなら良かったぁ。甘いものはー元気の源だからねぇー」

 ほんと、その通り。スイーツを食べれば幸せな気持ちになれて、また頑張ろうって思える。落ち込んでスイッチを入れ直して、また少し落ち込む。きっと、その繰り返し。みんなそうやって這いつくばりながら、目的地へ向かっているんだ。

 その後、ヨネちゃんおすすめのバスグッズのお店へ行って、新しいバブルバスを買った。桔平くんが帰ってきたら、一緒にゆっくり入ろうと思って。少しでもリラックスしてほしいから。
 
「あ、おかえり」

 夕方に帰宅すると、桔平くんがキッチンに立っていた。今日は新聞社との打ち合わせが終わったら、そのままアトリエへ行くって言っていたのに。

「あれ、アトリエ行かなかったの?」
「肉屋で、ほほ肉が安くなってたんだよ。だから今日仕込みしておこうかなって」

 桔平くんはキッチンバサミを使って、お肉と野菜を器用に切っている。
 少し食欲出てきたのかな。でもきっと、ほとんど私のためだよね。ほほ肉が安くなっているのを見た瞬間、私が喜ぶって思ってくれたんだろうな。そう考えると、胸がキュンとした。
 
「ひとりでウダウダ考える時間ばっかり作っても仕方ねぇからさ。今日と明日は、愛茉とゆっくりするわ」
「ほんと!?あのね、新しいバブルバス買ってきたんだ。後で一緒に入ろうよ」
「まーた泡かよ」

 食材を手際よく赤ワインに漬け込みながら、桔平くんが笑う。その柔らかい表情に、少しホッとした。

 この日は個展や絵の話を一切しなかった。一緒にお風呂へ入って他愛のない会話をして、同じタイミングで眠りにつく。久しぶりに、お互いぐっすりと眠れた。
 翌日は牛ほほ肉の赤ワイン煮込みを作って、美味しいねって言いながらたくさん食べた。桔平くんに食欲が戻ったことが嬉しくて、ついつい私も食べ過ぎちゃったよ。

 疲弊しているとはいえ、桔平くんの瞳はまだ死んでいない。こうやって笑い合えているうちは絶対大丈夫。この時は、そう思っていた。
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